第5話 嫌な帰り道

「おい! 兄ちゃん! エルシアンに着いたぜ。起きな!」


 ロッソは呼ばれて目を開けた。目の前に中年男性が居て、困った顔で彼をゆすっていた。冷たい木の椅子の上に寝ていたロッソの体は節々が痛くだるい。


「次の客を乗せたいから早く降りてくれないか?」

「あぁ! ごめんなさい」


 慌ててロッソは足元にあったカバンを持ちあげた。ロッソが寝ていたのは馬車で疲れていた彼は、揺られている間に眠ってしまったのだ。慌てて馬車を降りたロッソの前には、大きな城門が建っていた。


「うーん! やっと着いたー! 遠かったなぁ」


 両手をあげてロッソは体を伸ばし城門をしみじみと見つめた。ここはロッソの故郷の近くにあるエルシアンの町だ。ロッソがコロナド砦からここまで帰って来るのに一ヶ月近くかかっていた。


「おっと」


 ロッソが伸ばした右手に背負った守護者大剣ガーディアンクレイモアの柄がぶつかった。彼は手を下すと次に腰をひねって体を回転させ、ずっと座って硬くなった体をほぐす。


「軽装にしておいてよかった。重装備で船と馬車の移動だったら大変だもんなぁ」


 魔王討伐時に着ていた全身を覆う頑丈な鎧は戦闘により、ボロボロになっていたのでロッソは、討伐軍に余っていた鉄の胸当にガントレットとすね当てをもらい装備していた。

 馬車を降りたロッソの周りには荷物を持った行商人やら、革の鎧を着た旅人のような人が行き交っていた。


「しっかし…… 魔王討伐が終わってから二ヵ月も拘束されるとは思わなかったぜ」


 石畳みの綺麗な通りに木造りの家が並ぶ町を見たロッソがしみじみとつぶやく。魔王シャドウサウザーが倒されてから三ヵ月が過ぎていた。なぜロッソが故郷に帰るのを、こんなに待たされたかというと…… 各国が魔王軍の残した財宝や魔大陸の統治権などの報酬の割合でもめたためである。

 魔王討伐の最大の功労者であった勇者キースが行方不明になったため、各国とも功績を自分勝手に主張した。勇者パーティの生き残りのロッソとミリアが提出した報告書が、各国とも気に入らず何度もやり直させられたのだ。最後はミリアが聖女アルティミシアへ報告し彼女の仲裁によりようやくロッソは解放されたのだ。

 しかし、各国は引き下がったが、あくまで表面上だけで本心では報酬に納得がいってなおらず。一部の国は武力で魔大陸を制圧しようと軍隊の準備を始めたという噂まである。長い魔族との戦いがようやく終わったというのに、今度は人間同士での争いが始まる可能性が高くなっていた。


「また戦争になったら…… いや。やめよう。もう俺に関係のない話だ……」


 世界の情勢が安定していないことを憂うロッソだった。しかし、彼は勇者でもなければ勇者の仲間でもなくなった。転生者という特別な存在であることも思い出したが、すでにそれは十八年前に自身で消し去った過去でもある。彼の今の希望は村に帰り唯一の肉親である妹と静かに暮らすことだけだった。


「さてどうするかな……」


 エルシアンの町からロッソが住んでいた、トロッカ村までは歩くと半日近くかかる。小さな村で馬車などはでていない。


「うっ…… まぶしい!」


 ふとロッソが顔をあげると、町を囲む城壁の少し上から傾いた、日の赤い強烈な光が彼の顔を照らしていた。日が傾き夕方になっていた。今から故郷の村へ帰ると確実に夜になるだろう。

 

「今日はここに泊るか…… ずっとも待たせるんだ今さら一日くらい」

 

 ロッソはエルシアンの町に一泊し翌朝帰宅することにした。

 馬車が停まった町の門の近くの広場から、ロッソは人通りの多い通りへ向かう。彼は子供の頃から父を手伝い何度も町を訪れていた。帰りが遅くなったら必ず泊まっていた顔見知りの宿もある。ロッソはその宿に向かって歩いて行く。


「そういえば、エルシアン饅頭はシャロの好物だったな」


 通りを歩いていると甘い香りと目の前に湯気が立ち込めていた。ロッソは立ち止まり湯気が空へ上る様子を懐かしく見ていた。

 エルシアンの町の名物である饅頭は妹のシャロの好物で、手伝いに来ていたころよく土産に買っていった。饅頭はふかふかで中身は果物を煮詰めたものが入っていてすごく甘い。彼の妹は饅頭を食べるといつも美味しいねって笑っていた。


「フフ……」


 妹が笑顔で饅頭を頬張る姿を思い出し、自然と頬が緩むロッソだった。


「土産に買っていってやるかな。でもなぁ。あいつ厳しいからな。お土産を近場で買うと怒りそうだ……」


 腕を組み通りに並んだ店の店先に置いてある、蒸し器からでる湯気を見ながら、ロッソは村に残してきた妹のシャロのことばかり考えていた。


「いい加減しろ!!!!!!! 早く出ていけ!!!!!!!!!!!」

「あぁん!? なんだと!!!!!」


 通りの先の方から怒鳴りあう声が聞こえてきた。怒鳴り超えを聞いた行き交う人々は足を止め振り向き、通りの建物からは人が窓からのぞいて様子をうかがっていた。


「何だ?」

 

 十メートルほど通りの先にある、饅頭屋の前で白いエプロンをつけた店主らしき中年の男が、客の男二人を怒鳴りつけたようだ


「どうして俺たちには売ってくれねえんだよ?」

「だからさっきから言っているだろ! これはもう予約済みだ。お前たちに売れねぇんだ!」

「俺たちはなぁ。今まで魔王軍と戦って来たんだよ! 一つくらい売ってくれてもいいじゃねえか!」

「魔王軍と戦ったからなんなんだ!? ただでさえ生活が苦しいのに今までお前らにどれだけ協力したと思っているんだ!」


 話の内容から男二人はロッソと同じ魔王討伐軍に居た帰還兵のようだ。

 白いエプロンをつけた店主は頭髪が薄く手を組み男二人を睨んでいた。男二人は革の鎧を着て腰に剣をさしてボサボサの髪をした一人は立派な髭を口の周りに生やしている。男と二人は頬がこけ装備や服に血や泥の痕などの汚れが目立ち、世辞にも清潔な感じではない。


「早くどこかへ。汚ねえ下級兵士の貧乏人! お前のせいで戦争は終わっちまったんだよ! 余計なことしやがって…… お前たちに感謝するひつようはない! うちから饅頭を買わないで他で買え!」

「なんだと!? てめえ! 命をかけて戦った俺たちにむかって……」

「うわ!」


 髭の男の一人が店主を突き飛ばして剣に手をかけた。ロッソの体は自然と男たちへ近づく。すでに人だかりができていたが彼はかき分けて中へ。


「馬鹿にしやがって…… 俺たちは…… 命をかけて…… なのに饅頭もろくに買えねえって……」

「おい! やめろ! こんなところで人を斬ったら……」

「うるせぇ!」


 剣を抜いた髭の男を、もう一人の男が止めた。だが、興奮した髭の男は、怒鳴り店主に向かって剣を振り上げた。


「おい! 待て! やめろ! やめろ!」


 ロッソは人だかりを抜け、男二人に声をかけた。髭の男は剣を振り上げたまま、ロッソに視線を向けて睨み付ける。


「もう戦争は終わったんだぞ。いま、人を斬って捕まったら罪に問われる。せっかく無事に帰ってきたんだからやめておけ」

「なんだぁ? てめえは! 関係ねえだろ! すっこんでろ!」

「あっあんた? 確か勇者キースパーティの?」


 髭がない方の男がロッソを見て声をかけてきた。ロッソは背負った守護者大剣ガーディアンクレイモアに手をかけ、ゆっくりと男二人にむかって頷く。

 男たちの顔が青くなっていく。勇者パーティではロッソの実力は低いほうだったが、そこら辺の一般兵に比べれたら彼の戦闘能力は抜きんでている。剣を抜いた男に髭のない男が顔を近づけロッソを指す。


「おい。あいつは勇者パーティの赤髪のロッソだぞ。剣を収めろ! 叶うわけねえよ」

「チッ! わかったよ……」


 髭の男は不満そうに剣を鞘におさめ、ホッとした様子で髭の無い男はロッソに頭を下げた。男二人はロッソに背を向けゆっくりと歩きだした。五メートルほど歩くと髭の男が振り返る。


「おい…… 勇者のパーティに居たあんたもここじゃ厄介者だ。忘れるなよ」

「もうやめろよ! 行くぞ!」


 髭の男は髭の無い男に強引に引っ張られ連れて行かれるのだった。


「厄介者だと?! いったい何のことだ」


 男の言葉の意味がわからず首をかしげるロッソに、ニヤニヤ笑いながら中年の店主が近づいて来た。


「ありがとうございます。あいつらこの饅頭が領主様の献上品だって言ってるのに…… 無理矢理買っていこうしましてね。何が娘へのお土産だ。将校や貴族ならまだしも貧乏なただの兵士になんか売りませんよね」

「おっおう……」


 冷たい目で店主を見るロッソ。彼は男二人との会話や今の態度からこの店主は、客を下に見ている感じがして嫌悪感があった。しかし、饅頭の作りの腕前は確かなようで、店先のケースに並んでいる饅頭はふっくらと蒸しあがりおいしそうだった。

 ロッソは蒸しあがった饅頭を指さした尋ねる。


「俺も饅頭がほしいんだけど…… この饅頭っていくらなんですか?」


 店主はロッソの言葉に一瞬だけ動きが止まり、顔から先ほどまでの笑顔が消え怪訝な表情に変わった。


「あんたもかい? あのねえ。これは全部領主様が予約されているんだ。だから売れないよ」

「助けてやったんだから…… 一つくらい良いじゃないか」

「はぁぁぁぁぁ。もういい! とっとと帰ってくれ!」


 不満そうに店主は大きくため息をつくと、ロッソを手で払う動作して出ていけと怒鳴りつけた。男たちと違いロッソは店をさっさと後にするのだった。まだ、通りにはいくつも饅頭屋はあるので、揉めてまでここで買う必要はないからだ。

 しかし…… ロッソは隣ある店や通りの他の店を数件まわったが、みんな領主様が予約していて売れないと言われた。


「なんだ!? どこも領主様の予約済みって!? ここの通りの饅頭屋は売ってくれなのかよ……」

 

 何件か回り肩を落としてつぶやくロッソ。しかもまわった店の人達はロッソを迷惑そうな顔で見ていた。


「はぁ…… 本当に俺も厄介者なのかよ。ごめんな。シャロ……」


 饅頭を買うのを諦めロッソは、通りの端にある顔見知りの宿屋へと移動するのだった。宿はかぶった看板がかけられ、木造りのこぢんまりとした二階建ての小さくてせまい宿だった。狭くて小さい宿だが、おかみさんのが明るく迎えてくれてなおかつ料理上手という良い宿屋でもある。

 宿の扉をあけるとすぐにある、店のカウンターに座っていた恰幅のよい黒髪のおばさんがロッソを見た。


「ロッソちゃん?」

「あぁ。久しぶり!」


 うなずくロッソにおばさんは目に涙を浮かべる。


「あんた確か魔王軍との戦いに行ってたんだろ?」

「そうだよ。今日帰ってきたんだ…… ただいま、おばちゃん」

「よかった…… 無事に帰ってきたんだね…… お帰り」

「ありがとう。今日、泊まりたいんだけど部屋空いてる?」

「何を言ってんだい。うちはいつでもガラガラだよ。それに…… たとえ満室でもロッソちゃんのためなら誰かを放り出してでも空けてあげるよ」

「はは…… それは気まずいからいいや……」


 宿屋のおかみとロッソは顔なじみだ。小さい頃から常連として通っているため、ロッソちゃんとおばちゃんと親しく呼び合っている。ちなみにロッソはおばちゃんの名前は知らない。ちなみにおかみの名前はビエスという。ロッソは気づいてないが、ほこりのかぶった看板にはしっかりとビエスの宿と書かれていた。

 ペンを借りてカウンターの上の宿帳に記帳する、ロッソをビエスがジッと見つめてきた。


「なんか元気ないけどなんかあったのかい?」

「えっ!?」


 ビエスは幼い頃から見ているロッソの異変に気付いたようだ。彼はさっき饅頭屋であったできことを伝えた。おばちゃんはすごく悲しそうにため息をつき彼を慰める。


「そうかい。そりゃあひどい目にあったね。大丈夫だったかい?」

「平気だよ。でも、どうしてここの通りの饅頭屋は俺に売ってくれないだ?」

「あぁ、この辺の饅頭屋はみんな領主様にしか売らなくなったんだよ」

「えぇ!? どうして?」

「魔王軍との戦争で外国では嗜好品の甘い物の値段は大きく上がってねぇ。そこに目を付けた領主様は饅頭を高い値段で買い占めてさらに高い値段で外国に売り始めたんだよ」


 戦争による物資不足で、客よりも高く饅頭を領主が買うようになったため、わざわざ一般の客には売る必要はなくなっという。話を聞いたロッソは少し寂しそうにつぶやく。


「でも、それって戦争が終わったらもう……」

「そうだよ。多分あと一ヵ月もしたら世界中で復旧作業が進んで元のように人や物が行き交うようになる。だから戦争を終わらせた魔王討伐軍を恨んでる人達もいるくらいだよ」

「えっ!? それって俺たちを恨んでるってこと……」


 ロッソはショックで呆然として固まった。自分達は命をかけ、この世界を魔王の手から守るために、必死に戦って来たのだ。それなのに町の人々から恨まれ疎まれている。髭の男がいう厄介者という言葉が彼の心に突き刺さる。


「あぁ!? ごめんね。町のほとんどの人はロッソちゃんたち魔王討伐軍に感謝してるんだよ。平和になればまた人が行き交うようになってにぎやかに……」

「うん。わかってるよ。ありがとう」


 ビエスはハッという表情をして慌ててロッソをまた慰めるのだった。


「そうだ! 後でこの辺で普通の人にも饅頭を売ってくれるお店を紹介するよ。前に話してた妹へのお土産だろ?」

「ありがとう。助かるよ」

「任せなよ。さっ荷物を置いてきな。久しぶりにおばちゃんの料理一杯食べさせてあげるからね!」


 腕をまくる動作をしてビエスは屈託ない笑顔をロッソに向ける。ビエスは言った通り、美味しい料理をたくさんロッソにふるまった。

 翌朝、彼はビエスに紹介された饅頭屋に行き、シャロへのお土産を購入しの町を後にしたのだった。

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