第4話 消えた勇者

 ロッソは絶望のように黒い真っ暗空間をさまよっていた。腹には激痛があり、体は重くしびれて指一つ動かすにも苦労する。


「これは…… あの人の…… 俺は行かなきゃ!」


 重い体に抵抗しロッソは必死に首を動かし何かを探していた。彼の耳に優しくどこか懐かしい音色が届いていた。聞こえる音色がはっきりとしてくると、彼の体は軽くなり腹痛はいつの間にか感じられてなくなっていた。


「うっうん……」


 急に目の前が白くなったロッソは、まぶしくなり目を開いた。光に目が慣れてないのか、目の前にぼんやりとした人影と茶色の天井が彼に見えた。頭はまだボーっとしていたが、目覚めて体に血が巡っていくと、全身がきしむように痛み走ってロッソの眉間にシワが寄る。


「ロッソさん! 気が付きましたか。よかった……」


 ロッソの耳に届いていた音色が消えた。ロッソの目の前が一瞬だけ暗くなり、緑色が多いぼんやりとした人影が顔を覗き込んで誰かが声をかけてくれてるのが見えていた。起きてすぐだから頭がはっきりしないが、彼はこの声は聞き覚えがあった。


「ミッミリアさん?」

「はい」


 うれしそうに弾んだの女性の綺麗な声がロッソに届いた。ロッソの目の前にいる女性はミリア・シモン、二十歳。彼女の声を聞いたロッソの意識はだんだんとはっきりとし、目の前にいるミリアの顔がはっきりと見えてくる。

 ロッソの顔を覗き込んだミリアは薄い赤色のふちの眼鏡の奥に丸く潤んだ薄緑色の瞳をした綺麗な女性だ。服装は、白い神官服に身を包み丸く白い帽子をかぶり、緑の長い髪を後ろで結んでいた。彼女もキースの仲間の一人だった。元々は修道院にいたシスターで、魔法使い家系の彼女は性格は大人しいが、戦闘時は木の杖を持ち、派手な攻撃魔法を敵に向けてはなつ。ミリアはキースの一番古い仲間で、キースが刻印の真贋を確かめに、聖女アルティミシアを訪ねた時にアルティミシアの命令で仲間になった。


「ミリアさんが呼んでくれたのか」

「えっ!?」

「君のリュートの音が……」


 ロッソはベッドの横に、立てかけられている表面が薄い緑色に塗られたリュートを指した。


「はっはい」


 嬉しそうにうなずくミリア、彼女はロッソのベッドの横でリュートを弾いていた。ミリアはリュートを趣味としてキースとの旅でロッソの笛とミリアのリュートで演奏し仲間たちを癒していた。


「ミリアさん…… ここは?」

「コロナド砦ですよ。あれから三日がすぎました……」


 ミリアがロッソにゆっくりと話をする。魔王の間の前に倒れていたロッソはキースを助けるために派遣された援軍に発見され、魔大陸の前線基地であるここコロナド砦まで運ばれた。

 砦に運び込まれてから彼は三日間うなされながら眠っていたという。寝ているの間の看病はミリアが担当していた。


「はい。どうぞ。喉が渇きましたよね」


 ロッソはベッドの上で体を起こした、ミリアはすぐにサイドテーブルに置いてあった水差しからコップに水を入れて渡してくる。


「ありがとう」


 コップを受け取ったロッソは、ゆっくりと口に水を含んで彼女の方を見た。水を飲むロッソの姿を見て彼女はほほ笑み少し寂しそうな目をした。


「でも、ロッソさんだけでも無事でよかった。せっかく魔王を倒したのに…… みんな居なくなってしまって残ったのはあなたと私の二人だけなんですもの……」

「二人だけって他の仲間は?」

「キース様、アンソニーさん、ジェリス君、ラブリちゃん、アンナちゃんの五人は行方不明です。他の七人はみんな殺されてしまいました」

「えぇ!? キースが行方不明?」

「はい。兵士の皆さんで魔王城の捜索は続けていますが死体もなく手がかり一つありません」

「そうですか……」


 キースと四人の仲間が行方不明となったと聞いて驚くロッソ。魔王を討伐したキースはロッソを刺した後の消息不明となったようだ。

 ロッソはキースの行動の意味がわからず考え込む。ただ一つ気になるのは、彼はロッソが転生者ということ知っていたことだ。おそらくキースがロッソを殺そうとしたのは、その辺りに理由がありそうだが、本人が消息不明では確認することもできない。黙って考え込んでいたロッソにミリアが話かけてくる。


「ロッソさんはキース様のことで何か知りませんか?」

「え!? えっと……」

「わたくしが魔法をはなって出来た隙にキース様の剣が魔王を貫いたのところまでは見たんです。その後、突然光に包まれてわたくしは吹き飛ばされて気を失ってしまいました。ロッソさんは魔王の間の外にいらしたんですよね? キース様が出てきたところとか見てませんか?」


 必死にミリアはロッソの肩に手を置いて期待した顔で彼を見る。キースのことで何か知ってることは何でも聞きたいという感じだろう。ロッソの顔を見る眼鏡の奥に光る、彼女の綺麗な薄緑色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「ごめん…… 俺もグアルディアとの戦闘で…… 扉の前でずっと気絶してたから……」

「そうですか…… はぁ……」


 下を向いてミリアさんの瞳から視線をそらしてロッソが答える。

 ミリアはロッソの肩から手を離し、うつむいて残念そうにため息をついた。ロッソはミリアにとっさにウソをつき魔王城でキースに刺されたことを彼女に言わなかった…… いや、彼は言えなかったのだ。

 魔王を倒した勇者が最後に仲間を刺して逃げたなど、ミリアが信るはずがないと彼は思った。ロッソの前で目を輝かせて話を聞いてるミリアは、キースに好意を持っていた。キースが仲間を殺そうとしたなど、ミリアが信じるはずがなかった。

 ロッソは自分がキースに刺されたことを、ミリアに伝えても悲しませるだけだと思い黙った。さらに彼はいたずらにキースの不可解な行動を、伝えても世の中に混乱を与えるだけなどと、色々と言い訳を考えて強引にこの事を自分の中にしまい込むことにした。


「そうですか…… ごめんなさい。起きたばかりで色んなこと聞いて……」

「いえ……」

「ふふふ」

「なっなんですか?」


 ロッソの顔を見てほほ笑むミリアだった。自分の顔を見たミリアが、なぜ急にほほ笑んだのかわからないロッソは困惑しながら彼女にたずねる。


「ロッソさん…… 少し大人になりましたね」

「えっ!? まぁミリアさんと出会ってからなら確かに……」

「ふふ。あら!? もうこんな時間! 今、お食事をお持ちしますね」


 ミリアさんは柱にかけられた時計を見て立ち上がった。


「ぐぅギュルルルーー……」

「うん!? なんだこの音……」

「あらやだ! 私ったら恥ずかしい…… 私の分も持ってくるので一緒に食べましょう! 今日は牛肉のテールスープですよ!」

「はっはい」


 音はミリアの腹の音だった。腹に手を当て頬を赤くし、恥ずかしそうにミリアは、ロッソの部屋から出ていくのであった。

 魔王シャドウサウザーは勇者キースにより倒された。このニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、人々は歓喜に沸いた。大きな祝宴が開かれたるかと思われたが、祝宴は小さくしめやかに行われ、聖女アルティミシアによって神に感謝する言葉を述べられた。祝宴が縮小されたのは魔王討伐後に最大の功労者勇者キースが行方不明になったからだ。世界各国の指導者も功労者を差し置き、大きな祝宴を行うなどということははばかったようだ。

 各国から魔王討伐に集まった連合軍は解体され、皆それぞれの国へと戻っていった。

 ミリアは修行を継続するため、聖女アルティミシアがいる聖都アクアリンドへ戻る。ロッソは妹が待つ故郷へと帰る。また、ロッソには軍隊や貴族から好待遇で雇いたいという依頼があったが全て断った。キースとの戦いで数々の戦場を経験した彼は、もう軍人として働くのはこりごりで大人しくのんびりと暮らしたかった。

 キースに殺されたかけたロッソだが、彼を探すということはまったく考えなかった。魔王城でキースに刺された恨みはあるが、行方不明のキースを探してまで問い詰める気は起きなかった。キースと探し出して復讐しようとしたところで、ロッソと彼の実力は向こうがかなり上なのだ。転生者と自覚する前の血気盛んな若者ロッソであれば、復讐を考えたかも知れないが、今は転生してからの十八年に転生前の三十年が足されており、世界情勢や自分の立場をわきまえることができる。


「もうこの魔大陸に来ることはないだろうな」


 振り返り北の果にある雪に埋もれる大地を見ながらロッソはつぶやいた。

 魔大陸の港からロッソは故郷アクアーラ王国行きの船に乗りこんだ。彼は一刻も早く田舎に帰ってもうキースの事は忘れて、妹と二人で静かに故郷で暮らそうと思っていた。


「待ってろよ。シャロ……」


 船から見える大きな海を見ながらロッソは、数年ぶりの故郷と残された唯一の家族である妹へ思いをはせていた。長く苦しかった魔王軍との戦争は終わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る