家を育てる
そんなこんなで、天使族のティスが仲間になった。
…仲間いっても、同居人?って言えばいいのかな。よく分かんない。
でも、さっきたどり着いた川にはいつでも行けそうだし、なんとかなりそうだ。
それにしても…このタネで家が育つのか?
―そう。さきほどティスが言った無茶ぶり。
それは、家を育てろ、ということだ。
そうしないと、このタネの効果を信じてくれないらしい。
剣も育ったし、「なんでも」って書いてたから大丈夫だとは思うが。
手のひらにあるタネを握りしめながら、僕はティスと一緒に小屋を出た。
「ここに植えるの?」
「そうだ。植えてみるか?」
「いいの!?」
目をキラキラと輝かせて、ティスは僕からタネを受け取った。
丁寧に土の中にタネを置き、ゆっくりと土をかぶせていく。
「あ、ちなみにここでイメージしなきゃダメだからな。住みたい家の外装とか、中とか」
「え、そうなの!?…えーとえーと、そうねぇ…」
なにやらブツブツ言っていた。そのブツブツは早すぎて、僕には聞き取れなかった。
もしかして、今のが家のイメージか?もうほぼ願いじゃん!
「終わったわよ!」
「うん…あの、さっき何言ってたの?」
「なんのことかしら?」
ティスの視線が、タネを植えた場所から僕へ向く。
あ、圧。圧が強いっ。
「いや、な、なんでもナイデス…」
「水はかけなくていいの?こういうの、わたしの里にもあるけど、みんな水をかけていたわよ」
「いや、たぶん、あげなくても大丈夫。剣もちゃんと育ったし」
「ふーん…あとどのくらい待てばいいの?」
「剣のときは一日で育ったからな。家の場合は…どうだろう、よく分かんない」
「へえ~」
ティスは興味深そうにうなずいたあと、再びタネを植えた場所に視線を戻した。
♢♢♢
ティスはついさっき、僕のために狩りに出かけた。
どうやら、食べれるものをとってきてくれるらしい。ありがたい。
落ちこぼれと言われているらしいが、実際どうなのだろうか…。
ついていきたい気持ちもあったが、ティスに、
『あんた弱そうだから、足手まといになりそう。だから待っときなさい』
と言われてしまった。
なので、剣を預けてやった。
小屋の中でのんびりしながら、ティスの帰りを待っていると。
「マシロ!お待たせ、狩ってきたわよ!」
「え?…って、うわあぁぁぁっ!?」
バンと小屋のトビラが開き、血まみれのティスが現れる。
こ、こわっ!怖い怖い怖いって!!
なんで血まみれ!?なぜっ!?
しかも、手にはなにやら獣の頭らしきものが…。
とにかく、ティスの服からも、獣の頭からも、そして剣からも血がぽたぽたとたれている。
怖え!!
しかも、そのままズカズカ小屋の中に入ってこようとしている。ヤバい!
剣だけはもらって、ティスの背中をぐいぐいおした。
「と、とに、とにかく、一回、獣を外に置こう。な?」
「え、どうして?」
「ま、まあまあ。獣を中に入れるのもイヤだし…」
怖いし!!
ティスがしぶしぶ小屋の外に出る。
僕もそれにつづき、恐る恐る外に出た。
「はい、これ。上級のボアよ。毒はないから安心して」
ボ、ボアって…イノシシのことか。
ティスさん…一体、どこが落ちこぼれなんだか。まあ、剣の効果もあるかもしんないけど。
ティスが落ちこぼれって言われるくらいなら、ティス以外の天使族はもっと強いのか…!?
恐るべし、天使族。
「で…これ、どうやって調理するの?」
「え?生に決まってるじゃないの」
「生!?」
「ええ。逆に、他にどんな調理法があるというの?」
「えええ、ほら、火であぶったりとかあるじゃん」
「なるほど。…ほっ」
ティスはそう言うと、手から炎を出した。
うわああああああああ!
な、何気に初めて見た。魔法っ…。
そもそも、ティスって魔法使えるんだな。
その手を、イノシシに当てる。一瞬で焼き目がついた。
こ、こわ…。
ビクビク震えていると、ティスがにっこり微笑みながらこちらを向いた。
「あぶってみたわよ!これでどう?」
「う、うん…?」
あいまいな返事をしつつ、そっと近づく。
フォーク…とか、あるわけないよな。
素手で食べるしかないか…。
ティスがイノシシの毛皮をべりっと剥がす。その行為にもビクッとした。
い、異世界人はすごいな…。なんというか、度胸が。
ティスにしか会ったことないけど。
「はい。ボアの中で一番おいしい部分、分けてやるわよ」
ぶっきらぼうにそう言われ、肉を渡される(素手!?)。
「あ、ありがとう…」
ひ、火、通ってるのか?
正直素手で食べたくないけど仕方ないっ!
生ではなさそうだったから、口の中に肉を入れた。
「あ…お、おいしい!」
ちゃんと火が通ってる。疑っててごめんな!
味もしないかなと思っていたのだが、案外ちゃんとした。塩味?
ティスがふふんっと自慢げに言った。
「ふふん、でしょ~!わたしにかかれば、こんなの余裕なのよ!」
そこ自慢するところかな?と思ったけれど、これで何とか腹の減りは満たされた。
ティスには、まだ出会って間もないけれど―いいやつ、なのかもしれないな。
♢♢♢
どうやら、ティスは外でも眠れるらしい。
…というか、今まで外で寝てきたらしいから、小屋の中で寝るのは僕に譲ってくれた。
まあ、汚いところで寝たくないってだけだろうけど。
この山に入って、野宿に慣れたらしい。
空を見上げると、現代と同じように、紺色の空になっていた。
てんてんと光っているのは、星だろうか。唯一違うところとすれば、月が二つあるところだ。
たくさん歩いたし、なんかいろいろあったから、今日はずっしりと疲れた。
…ので、もう寝ることにした。
小屋の中に入る前、僕は聞いた。
「そういえば、ボア?…だっけ。あれ、どこで手に入れたんだ?」
まだ食べきっていないボアの死体を眺めながらそう言う。
ティスは小屋の横に座っていて、艶のある黒い髪をいじっていた。
「あれ、結構近くにいたわよ。集団でいたけど、わたし優しいから一匹しか殺さなかったわ」
きた。わたし優しいからのセリフッ。
ていうか、集団でいたのか。どうして僕のときは見つからなかったんだろう…。
まあいいや。ティスがいるなら、食料もすぐ手に入るだろう。
「ティスは里に戻らなくていいのか?」
何気なく聞いてみた。そもそも、ティスはこの山の魔物を退治にやってきたのだ。
仕事放棄の罪とか、そういうのにはならないだろうか…なんなら残業!?
…って、ここは現代と違うんだった。
ティスはそっぽを向きながら、言った。
「ベツにいいのよ。あんな里に戻ったって、いいことはないわ。それに、ここにいる
ほうがずっと居心地がいいもの」
「そ、そうか」
…ティスが里に戻るのは、正直いやだ。
ティスと出会ってまだ何時間くらいだけど、僕はティスが強いことを知っている。
実際には見たことないけど。
でも、ティスがいたほうが助かるし、なにより安心だ。
僕は「おやすみ」とだけ告げて小屋の中に入る。
と、そのとき。
「…ありがとうね」
風に紛れて、そんな声が聞こえた。僕は足を止める。
ティスの声…か?
「な、なんか言った?」
ひょっこりとティスの目の前に顔を出す。が、ティスは「なんでもないわ」と微笑んでいた。
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