試しに植えてみる



久しぶりの自然。

日本でいう僕の、お休み。


やっとのんびりできる。


そう考えただけで、涙腺が崩壊しそうになった……おっと危ない。

前世は34歳のおっさんだからな。年をとると、涙腺が緩くなるものだ。


山奥のすがすがしい空気を肺いっぱいに吸い込みながら、僕はあたりを走り回った。


ひゃっはー!気持ちいい!

若いっていいな!神様が言っていた通り、若返ったのかな。

あー、山奥最高っ。


ばたんっと草むらに、仰向けで倒れた。


「ふう…」

息をつきながら、僕はよいしょ、っと起き上がった。

そういえば、僕、神様に「農業がしたい」ってお願いしたよな。

農具も用意してくれるって言ってた。

農具もろもろ、どこにあるんだ?


あたりのことを知る、ということもかねて近くを歩いてみる。


ふむ。木しか見えんな…。

人が住んでいるような家は見当たらない。そりゃそうか、山奥だもんな、ここ。

と、小さな、こぢんまりとした小屋が建っていた。

ほんとうに小さい。お風呂場…よりかは、広いか。

これ誰かの家かな。…でも、窓がなければ名札もないし。

そもそもこんな山奥に人が住むなんておかしいだろ!


でも、一応ノックしてみる。


急に人が現れたらびっくりするかもしれないからな。

コンコンとドアをノックしながら僕は言った。

「す、すみませーん。誰かいますか?」

あのくそ社長たちのせいで、人間が怖くなってきてるんだよ!

怒られたらどうしよう、っていっつもビクビクしてる。

だから、山奥にしてもらったんだ。

しばらく待つが、人の気配はない。


…空き家か?


ドアの取っ手に手をかけ、引き開けてみる。

カギ…かかってないな。やっぱりただの空き家だったのかもしれない。

…でも、この家の外見からして家とは呼べないから、やっぱり小屋だな、これは。

少し顔をのぞかせて、小屋の中を見てみる。


「お、おぉ~!」


僕は思わずそんな声をあげた。

すごい。農具がそろってる!

クワ、シャベル、草かき。ボウシや長靴、軍手まで、なにもかもそろっていた。

農具のそばには、なにかごつごつとした大き目の巾着が置いてある。なんだ、ありゃ。

どうやら日本にあるようなトラクターとかはないようだけど、必要なものがそろっているだけありがたい。

実家にあった農具たちが全ておいてある。さっすが神様!


確か、神様は「どれだけ使っても疲れない」みたいなこと言ってたような…。


じゃあ、試しにクワを使って土を耕してみるか。

どちらにせよ、農業するには土を耕しておかなければいけないし。

僕は近くにあったクワを手に取った。

重いかなと思って身構えていたが、案外大丈夫そうだ。軽い軽い。


小屋の外に出る。


雑草はあまり生えていない。農業をするには最高の土地だ。

でも…これは広すぎるな!!

まあ、ちょっと試すだけだし。

全部耕すってわけじゃないし。

そう思い、とりあえず小屋の近くの土を耕してみた。


ざくっ ざくっ


ただ一二回クワを振り下ろしただけなのに、すでに土がふかふかになっている気がする。これは神様が与えてくれた道具だからか?


ざくっ ざくっ ざくっ


テンポよくクワを振り下ろしていく。

やだ…これ楽しい!

はい、第二ので人生初めての「楽しい」いただきました!


前世は仕事ばっかりだったから…こうやって農業ができるなんて。


もう死んじゃってもいいかも!

(…って、今転生したばっかりじゃん)

自分で自分にツッコみをいれてしまった。

えー、ごっほん。

それにしても、今話している間ずっとクワを振り続けてたけど…

まったく疲れないな。

こういうの、すぐ腕が痛くなっちゃうんだけど…痛くない。

若返ったからか?

それに、腕が勝手に動いてる…感じがする。


あれか。会社の通学路とか、ずっと通ってるともう勝手に足が動いちゃうみたいなやつか。


ま、実際は知らんけど。

一度、クワを地面に置いて土を触ってみた。

おお…すごいふかふか!

土!って感じのにおいがする(どんなにおいだよ)。

父ちゃんの畑で触ったような感覚の土だ。


感動していると、ふと巾着のことを思い出した。


そうだ。あの巾着袋…なにが入っていたんだろう。

結構ごつごつしてたけど。

さっそく小屋の中に戻って、クワを直し、巾着を手に取った。

お、結構重いな。

一度地面に下ろし、リボン結びされていたヒモの端っこを引っ張り、ヒモをほどく。


「……タマネギ?」


一瞬タマネギかと思った…が、よくよく見ればチューリップの球根にも見える。

といっても、小さめだ。

ちなみにチューリップの球根は、タマネギの小さいバージョンみたいなやつだ。タマネギとよく似ていているからといって、本物のタマネギを植えてもなにも育たないからな!

一粒手にとってみる。…うん、一粒も重めだな。

これ、植えていいのか?いや、そもそもタネかどうかも分かんないな。


ううむとうなりながら巾着を観察していると、なにやら説明書きのようなものがあることに気が付いた。


[これは、タネを植えるさいにイメージしたものがそのまんま育つ、不思議なタネであーる!]


と、たった一言書かれていた。

イメージしただけでなんでも育つタネェ?

そんなのあるわけなーって、異世界転生してる時点でちょっと現実味が薄れてきてるよな…。

それにしても、胡散臭い。言い方も内容も全てが胡散臭い。


―が、ここは異世界。現代とは異なる世界!


ひょっとすると、本当に、なんでも育っちゃうかもしれない。

試してみる価値はあるぞ。

一粒のタネをつまんで小屋を出た。

先ほど耕した土に、ぶすりとタネを突っ込む。

…あ、イメージしなきゃいけないんだっけ。えーとえーと、どうしよう。


「…そうだ。剣!剣にしよう!」


頭の中で、立派な剣をイメージしてみる。

…豪華で、金色で、強そうな剣がいいな!

ここは異世界。現代の山奥とは違う。だから、いつなにが襲ってきてもおかしくないし。


武器の一つや二つくらい、あったほうがいいだろう。


そう考えた僕は、「剣になぁれ、剣になぁれ」と念じながら土をかぶせた。

…そういや、向きとか植え方とか、よく書いてなかったから分かんないけど…この植え方でよかったのか?

でもまあ、指定はなかったしな。大丈夫だろう、たぶん!


一人勝手に納得し、やり遂げた気持ちで立ち上がる。


そういえば、水とか、やらなきゃいけないのか?

そんなこと書いてなかったけど…一応かけておくか。

小屋の中に戻り、ジョウロを手に持って再び外へ出ようとしたところでやっと気が付いた。


そういえば水ってどこにあるんだ?


水道なんて、小屋の中になかったし。

川…をやみくもに探すのは正直めんどくさい。

仕方ない。水は今度探そう。

ジョウロを戻し、外に出る。


もちろん、タネを植えた場所に芽は出ていない。


…ま、当たり前か。そりゃそうだよな。

異世界だからって、ちょっと期待した僕が悪かった。


ふわぁぁあ


「うぅ…今日はヤケに眠いな」

まだ外は明るいのに。

僕は大きなあくびをして、目をこすった。

それにしても、寝る場所がない。


……しばらく小屋の中で寝るか。


いつか、ちゃんとした寝る場所も用意しなければ。

僕はもう一回、大きなあくびをして、小屋に入った。


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