プロローグ
毎日会社の社長に怒られて、妻には「お金がないから」と言われ、家を出て行かれた。
自慢じゃないけど社畜だから、毎日朝から夜までバリバリ働いて。
眠る時間は、多くて三時間。なんなら、五徹したこともあった。
休みなんてロクにとれなくて、毎日毎日、仕事。
のんびりできる時間なんてなくって、逆にそんな時間、僕にとってはお金で買いたいくらい貴重なものだった。
僕、
どうしてこうなってしまったのだろう。
そう考える日々が続いていった。
そうとしか考えられなくなった。
ああ、人生をやり直したい。
もし、第二の人生があるとしたら、今度は社畜なんかじゃなくて、のんびり暮らしたい。実家に帰りたい。癒されたい…。
そして今日も、そんなことを考えながら、僕は一人オフィスに残されていた。
頭が痛い。ガンガンする。
いつも通りの残業。社畜仲間の同僚も、今日は早く帰ってしまった。
仕事は終わるまで帰れない。泣きそう…。
仕方なくパソコンと向かい合い、カチカチとキーボードを操作する。
それからどのくらいが経ったのだろうか。
気が付けば夜の十一時を回っていた。
ちょうど仕事も片付け終わり、パソコンの電源を落とす。
真っ暗になった画面には、顔色の悪い、クマのできた僕の顔がうつりこんでいた。
めっちゃくっ…ちゃ、眠い。お腹もすいた。
何徹目だろうか。そろそろ新記録を更新しそうだ…。
よろよろとイスから立ち上がり、オフィスを出る。
エレベーターのボタンを押して、僕は一階へと向かった。
見回りの巡回さんに、「お前さん、顔色よくないけど大丈夫かい?」と心配されたが、答える気力もなかった。
適当にうなずいて、会社を出る。
夜の風は冷たくて気持ちがいい。少し目が覚めた。
晩御飯はどうしようか…そこらへんのコンビニで買おう。
そう思って、横断歩道の向こう側にあるコンビニに向かって歩き始めた―のだが。
信号無視なのか、それとも僕の姿が見えなかっただけなのか。
―ドン!
体に衝撃が走り、僕は吹っ飛ばされた。
一瞬何が起こったのか分からなくて、何度も瞬きをする。
トラックの運転手さんは轢いたという自覚がなかったのだろう。
なんだろう、というような表情で降りてきて僕を見ると、蒼白になって、「す、すみませんっ!今救急車を―」なんて慌てだした。
いや、ベツに救急車は呼ばなくていい。
いっそ、この場で死なせてくれ―。
それが僕の願いだった。
ここで救急車を呼ばれて、必死に治療したとしても、また社畜になるだけなんだから。
それなら、死んだほうがマシだ…。
だんだんと意識が遠のいていく。
どくどくと、体から何かが流れだすような感覚もする。
そう。それでいい。
ああ―そういえば、東京に出て実家に一度も戻ったことなかったな。
父ちゃん、母ちゃん。先に死んで、ごめんよ。
僕は、とんだ親不孝ものだ―。
遠くで、救急車の音がする。
僕は、救急車が到着する前に、息絶えた。
♢♢♢
『そなたに、異世界にての生き返りの権利を与えよう』
…異世界にての生き返りの権利?
幻聴かな。僕、もう死んだはずだけど。
異世界…ってあれか。最近流行ってる、ああいうやつか。
そもそもここがどこかすら分からない。視界が閉ざされている。暗い…。
ていうか誰!?
『生き返りの権利とは、つまり、第二の人生を与える機会をやっているのだ。喜ぶがいい』
な、なるほど。
よく分からんけど、僕が望んでいた第二の人生が送れる…ってことだよな。
「ぜひお願いします」ってしゃべりたいけど、口がないのか、うまくしゃべれん…。
『そなたの声は聞こえておる。ほれ、第二の人生を謳歌するのかしないのかはっきりしろ』
あ、そうなんですか。聞こえるんですか。
なら会話もできるんだな。
(ええーと、じゃあ、ぜひお願いします。その、第二の人生、謳歌したいです)
『うむ、よく言った。そなたは、どうやら厳しい人生を送ってきたようだな。第二の人生は、そういった苦痛はないようにしてやろう』
(は、はあ。ありがとうございます)
とりあえずお礼を言う。
苦痛のない人生、か。僕にとっては最高だな。
『そなた、なにか望むものやことはないのか?ないのなら、もう異世界に送り込むが』
(えっ。…望むもの、ですか)
正直そんなこと考えてなかったな。
生き返れるなんて、ファンタジーな世界でしか起こらないと思ってたし。
そもそも、社畜じゃないのならなんだっていい。
(僕は、社畜で、休む暇がなかったので…とにかくのんびり暮らしたいです。人気のない、静かな場所で)
社長や課長に怒られまくって、人間が嫌いになりつつあるのだ。
まあ、自分も人間だけど。
『なるほど。では、場所は山奥にしてやろう。では、そろそろ転生させるが―』
(あ、ちょっと待ってください!僕、農業がしたいです)
『農業?』
(は、はい。さすがに、二個はダメですかね…)
農業は、僕の父母がやっていた仕事だ。
昔、父ちゃんの仕事を間近で見て、やってみたいと思ったのを今でも覚えている。
…どうしても都会が知りたくて東京に出たっていうのは間違いだったかもしれんがな。
だから、できれば農業もやりたいなぁ…とは思っているのだが、二個はさすがにずうずうしかったか。
『ふむ。そなたはこれまで苦しい人生を送って来たのだろうから、トクベツにサービスじゃ。農業もさせてやろう。わしは優しいからな、ついでに農具も用意しておいてやろうぞ』
(いいんですか!?ありがとうございます!)
…自分で優しいから、って言うんだ。そこはちょっと引いた、けど農具を用意してもらえるのはありがたいな。
(僕の願いはこれだけです。いろいろとありがとうございました)
『ふぉっふぉっふぉ、よいのだよいのだ。ちなみに、肉体は真新しいものにしてやろうぞ。ま、性別は女男どっちになるかは分からんがな。では、さっそく転生させるぞ』
(はい!)
じいさん…たぶん、神様はそう言った。
なんと、新しい体を用意してくれるのか。実にありがたい。
体はないはずなのに、なんだか自分が光る感覚。
…ああ…第二の人生が始まる。
第二の人生は、きっと悔いのないような、いい人生にして見せる。
―感覚的に、もう目を開けてもいいと思う。
ぎゅっと瞼に力をこめてから、ゆっくりと目を開けた。
ぱちぱちと何度か瞬きをしたあと、手をぎゅっぱっと広げたり握ったりしてみた。
ちゃんと動く…。これが新しい肉体か。
ためしにジャンプしてみた。
うっひょお、体が軽い!
調子にのって、連続でジャンプする。
おお、全然疲れない。…まあ、子供はたかが一二回ジャンプしただけで疲れんだろうけどな。
鏡がないのがもどかしいい。自分がどういう顔をしているのかとか、いろいろ気になる。
一つ分かるのは、白髪の長い髪の毛だということ。白い髪の毛を一本にまとめていた。服は、質素な服だ。ワンピース…に近いが、ズボンのようなものをはいている。
体…は、小さくなってる気がする。
あー、と声を出す。高くも低くもない、普通の声だ。
ある程度自分の姿や声も分かったところで、きょろきょろとあたりを見回した。
木、木、木。
どうやら、本当に山奥のようだ。
よし。じゃあ、さっそく第二の人生を謳歌しますか!
……第一の人生は、暗い印象で、ザ・陰キャの社会人って感じだった。
でも、第二の人生は明るい印象のザ・陽キャになろう!!
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