第33話 万屋荘臨時女子会
御束アリヤがわからない。
一学期の終業式は過ぎ去り、七月の末。
学校での集まりに出掛けて帰宅し、着替えた後。
皓子は日に日に頭を悩ませることがらに、とうとうたまりかねて相談をすることにした。
なにせ、アリヤがそれはもうガンガンくる。
好きだとはっきり言われたわけではないのに、行動の端々が異性の付き合いを匂わせる。
外堀埋めも同時並行で行っているのか、諏訪はアリヤの肩を持つような立ち位置にいて、吉祥もとやかく口を挟んではこない。
つい最近発覚したのだが、ギフトセットなど吉祥好みのものをアリヤが贈っていた。冷蔵庫によく日本各地の名産品や世界各国の食品があるなと思っていたら、まさかであった。
本気で誘惑するという有言実行っぷりに戦々恐々とする日々だ。
ただ、幸いなことは無理矢理手出しされないことだろうか。
手は繋がれたり、意味深に触れられたり手の甲をなぞられたりはするが。決定的な行動……つまり、口づけたりとか男女のアレソレに進展するようなことは、してこしない。抱きしめられたのは不審者然とした大門が現われて逃げるときだけだった。
まるできっちりと線引きをして、ゲームをするみたいに皓子に構う。
遊ばれているのか。面白い反応をする玩具みたいにみられているのか。
好きなのかと聞いても「好きだよ?」と悪戯っぽく言われて終わり。なんだかはぐらかされている気さえする。
皓子の力で害意や敵意はないということはわかっている。それが余計に混乱させた。
好意なのだとは、わかっている。
だが、なぜ、どうして、で足踏みしてしまうのだった。
そして、皓子がアリヤに好意を抱き始めているかさえも定かではない。ドキドキはする。緊張もする。
だけれど、それが恋や愛に発展するかはよくわからなかった。
そういう風に皓子が思い悩む様こそ、アリヤは心底楽しんでみているのだが、いっぱいいっぱいな現状では気づけるわけもなく。恋愛で頼れる相手なら、と万屋荘の住人であるノルハーンを頼ることにしたのだった。
幼馴染で恋人持ちの忍原でもよかったのだが、終業式後は諏訪と共に実家へ戻って忍者の修行があるらしい。皓子が知る限り幼稚園ぐらいからの毎年恒例である。内容は機密のためどんなことをしているのかは不明だが、終わった後はげっそりしていることが多いため、きっと大変なのだ。
ノルハーンは皓子の誘いに一言返事で了承すると、ちょうど帰宅してきた田ノ嶋を捕まえて高らかに宣言した。
「万屋荘臨時女子会をいたしますわ!」
娘のスーリを世流に任せて、いざゆかんとノルハーンが瞳を輝かせる。
皓子たちを引っぱって地元のファミリーレストラン、ユアラクへと向かうこととなった。
万屋荘女子会は、その名の通り、万屋荘に住む女性陣の集まりだ。
とはいえ、吉祥はもっぱら参加することもなく、水茂は甘い菓子がないと出席率は低い。
そのため、田ノ嶋とノルハーン、皓子が固定のメンバーである。
なお、万屋荘男子会なるものはないが、アリヤの猛攻の最中で飛鳥とアリヤを中心に交流しているらしいとノルハーンから聞いた。
メニューをウキウキと見て選ぶノルハーンはとても楽しげだ。
元の世界ではファミレスなんてものはないうえに、こんな安価で質が良い料理とサービスがくるのが素晴らしいのだと以前絶賛していた。お気に入りはお子様ランチで、一家で来たときには娘のスーリと分け合って食べているという。
一方、田ノ嶋はメニューデザインを見ながら口元に手を当てて考えている。
ユアラクは田ノ嶋の会社、すなわち佐藤原の数ある企業のうちの一つと協賛中なのだ。子会社の提携でどんなサービスなのかを観察しては納得したように「ふうん」と唸っている。
田ノ嶋は、皓子が見ているとわかるとパッと明るい顔をして、「どれにするぅ?」と聞いてきた。
「わたくしは、この期間限定ゴージャスパルフェがいいわ。とっても美味しそう。お二人は?」
「んー、昼食べてないからがっつりいきたい。肉がいっかなー。カツ定食で」
「ケーキセットにしようかなあ」
涼しそうなフルーツタルトとアイスティーに心惹かれて指させば、悩ましそうにノルハーンがほうと息を吐いた。
席を取ったテーブル上の隅に鎮座している、唇型の頭部をしたノルハーンの人形も同じように唇を動かした。
「まあ! それも素敵。こっこ、感想を教えてちょうだいね」
「あ、私も聞きたい。うちの子会社から卸してる果物使ってんのよねえ。佐藤原の星のとこじゃなくって、ふっつうのちゃんとしたまともな国産品だから安心して」
「わかった、任せて」
過去に佐藤原の母星産のとんでも素材を使った試供品で大変な目にあったらしい。田ノ嶋が人より丈夫な魔法少女だったからよかったものを、と愚痴を聞いた。
実際、田ノ嶋は魔法の力により免疫だとか回復力だとかが図抜けて高いという。おまけで人の外傷を治せるため、万屋荘の救急箱と自任している。ノルハーンが皓子の父、大門の魅了にやられたときも苦手分野で効き目があるかわからないけどと治療を申し出てくれた。
現在のノルハーンの様子を見る限り、普段と変わりなく元気そうだ。
自分の父がしでかしたことに何度も謝って、詫びの品も持って行ったが、ノルハーンはあっさりと許してくれた。
曰く、「たとえ魅了に掛かっても、わたくしの一番はダーリンと愛娘であるとハッキリしましたもの!」だそうだ。そして、魅了にはかかったがひどくならなかったのは水茂の守護あってのこと、万屋荘に住んでいたからこそと言ってくれた。
ちなみに魅了されていた最中のことを聞いたのだが、ちょっとした酩酊状態の良い気分で親しい友人みたいな感じに思えていたらしい。
今思えばあの犬の仮面をした上背のある不審者然とした男にそう思っていたのが不思議だとも言っていた。
注文をして、到着を待つ間に従業員が黒いパッケージの小袋が入ったカゴを持ってきた。
「期間限定のスイーツをご注文いただいたお客様に、コラボ商品の進呈をしております。よろしければこちらからお取りください」
「あら、そうなの。ではお一つ」
ノルハーンが一つほっそりとした指先でつまむ。従業員が礼をして去った後で「なにかしら」と早速開ける。
中身はコルクでできたコースターだった。
表面には蛍光ピンクの色でキャラクターが描かれている。グラデーションの長いポニーテールを靡かせた、つり目の女性キャラが懐かしい魔法少女らしいワンピースドレスでポーズを決めていた。
「麻穂! グッズを作ったなら教えてくださってもよかったのに! マホマホはスーリが好きなのです。星の方が番組を見せてくれてから、すっかりお気に入りで……きっとあの子、喜んでくれますわ!」
「佐藤原、無断で商品化してるううう!」
田ノ嶋が苦悶の声を上げて頭を抱えた。労わるつもりで、皓子はその肩を撫でてみた。寄りかかられて、甘えられる。
それを横目に、ノルハーンがコースターをつまんで持ち上げる。裏面にQRコードが印刷されたシールが貼られているのが、皓子には見えた。
「ノルハーンさん、後ろ。コードがあるよ」
「なにかしら?」
皓子が指摘をすれば、ノルハーンが片手を頬にあてて首をかしげた。それから裏面を上にして、巾着袋から携帯端末を取り出して読み取る。
途端、ポップな効果音と音楽が流れた。
ノルハーンの端末にアニメーションが再生された。聞き覚えのある声がする。田ノ嶋のマスコットの声だ。
『マーホマホ♪マーホマホ♪ きゅんきゅんきゅきゅん! あなたのハートに届いちゃえ☆ 魔法少女マホマホ参上! だっきゅん♪』
十数秒の短い間の映像に、田ノ嶋がひゅっと息を飲んだ。
田ノ嶋の魔法少女活動のアニメであった。佐藤原の惑星で流している映像は特撮風味らしいが、こちらはジャパニメーションめいた美少女が、変身バンクを挟んで決めポーズをつけていた。
「まーほまほ、まーほまほ」
「世流ママさんやめてぇ!」
半泣きで言う田ノ嶋に、ノルハーンはにこにことしている。
「貴女の活躍は尊いものでしょうに。わたくしも応援しているのよ。こちらのテレビで流れないのが残念ですわ」
「それと恥ずかしさは別なんですぅ! あとで佐藤原しばき倒してやる……! 織本ちゃん、慰めて、潤いあるお話して!」
「そうでしたわ!」
話題そらしなのか、それとも言葉通りの慰めなのか、皓子の肩を横から揺すぶって田ノ嶋が懇願してきた。ノルハーンは田ノ嶋の言葉に、ハッとして口を開いた。
「恋のお話をするのでしたわね。ああ、お友達の恋の相談なんて初めて。こっこ、いっぱい聞かせて」
唇人形もノリノリで縦揺れをしている。そんなに心躍る話題だろうかと思いつつも、皓子は曖昧に笑う。
「恋、なのかはわからないのだけど……」
「だけど? こっこ、貴女、アリヤに言い寄られて踏ん切りが付かないけど、どうしようってことを言いたいのでしょう?」
皓子が持ち出した話を、ずばりとノルハーンに要約されてしまった。
(た、確かに、そうなのだけれど)
改めて言われると、なんとはなしに恥ずかしさがこみ上げてきた。皓子はたまらずうつむいて、小さく返事をする。
「ええー初々しい……そういうのもっと浴びたい……」
両手で口元を抑えて、田ノ嶋が呻く。
「いろいろ、わからなくて。恋とか好きとかってどんなものか聞きたいなって思ったんです」
「わたくしの愛については何度だって語ってあげますけれど、麻穂、貴女は?」
「ええっ、私? ないない。これっぽっちもまーったくなーんにもない! 出会いもないわよ、佐藤原と仕事のせいでね!」
「まあ! 勇士殿がいますのに」
「飛鳥くんは、私の救世主だからさあ。そういうのじゃないのよねえー」
呆れたようにノルハーンが「まあ」とまた声を上げた。それから皓子を見て、注意深く言った。
「こっこ。いいですこと? まずは自分の気持ちと周りをよく見ることが、大切ですわよ」
言外に、田ノ嶋は戦力外通告と見なしたようだ。ノルハーンは皓子の胸元へと手の先を向けた。
「そもそも、貴女、アリヤについてどう思いますの?」
「アリヤくんについて……」
「例えばですけれど、わたくしがダーリンについて思うことは一言じゃ言い切れないくらい愛して愛してたまらない人、というものですが」
「……優しい良い人、かなあ」
「では、その優しい良い人にどうされたの?」
「どうって」
例えば、皓子が所用を申し付けられたときに手伝いに名乗り出てくれた。
例えば、遊びに行こうよと誘われて楽しくご飯を食べてきた。
例えば、手を繋いだことに意識してしまったらにこやかな顔で見られたり。可愛いと言ってくれたり。
ひとつひとつ頭のうちで上げていくと、そのときのアリヤが浮かんでなんだかたまらなくなる。
皓子が返答をするよりも早く、田ノ嶋が軽く挙手をして言った。
「ハイ、世流ママさん」
「麻穂、どうぞ」
「あてくし、織本ちゃんと御束くんが二人でお買い物デートしてるの見ましたのことよ! あとお部屋デートも!」
「あっ、あれは普通にお手伝いとお礼で」
「仲良しに見えました!」
にやにやと田ノ嶋に見られて、つい、皓子が言い返せば肘で突かれた。
「いやあ、高校生のカップルってこう、キラキラしてるっていうか初初しくて微笑ましいっていうか……こう、いいのよねえ」
「あら、見たかったわ。こちらではそのくらいの男女はドロドロしないのね。素敵」
「世流ママさんの居たところは殺伐しすぎなんですよ」
「そうねえ。何せわたくしがちょっと迷子になったところで国葬するような権謀術数渦巻く場でしたし……あのあと世界規模で人類滅亡に瀕していたと勇士殿に聞いて卒倒しかけたものですわ」
きゃいきゃい離す大人の女性たちに置いて行かれている。
しかしながら、皓子とアリヤは傍目にも仲良く見えていると知れた。仲が良いといわれるのは嬉しいことだが、それが本当に男女の情なのだろうかと不安も募る。
黙って水を飲めば、注文していた品物が届き会話は一時中断となった。
やがて甘い物を補給しながら、ノルハーンは皓子に言った。
「ねえこっこ。恋をしていると判じるには、貴女はすこし浮かない顔をしているわ。何か不安でも?」
「御束くん、かなーり織本ちゃんのこと好きだと思うけどなあ。御束さん思い出すもん」
「あら、それならわたくしと同類でしてよ。そう、なんとなく近しい気持ちを覚えていたのはそれね」
上品な仕草で食事をするノルハーンが微笑む。きらきらとした紫の瞳が輝いて皓子を見る。
「私、アリヤくんには何もしていないのに。そんな、好きになられる理由がないんじゃ」
「わたくしのお話ですけれど、何も変わらないことが嬉しいこともあるのですわよ」
横で田ノ嶋は訳知り顔でうなずいている。
「ごく日常で受け入れてくれることの尊さを知って、惹かれるのです。穏やかさが愛しくてたまらなくて、小さな幸せがどんどんと大きくなって気づいたら無視が出来なくなるの」
「それで、世流パパさんを襲ったと」
「あらやだ、麻穂ったら! 愛が爆発しちゃったのですわ! んもう!」
頬に手を当てて身をくねらせるノルハーンはともかく、アリヤもそうなのだろうかと想像してしまった。
茶色と緑の色をしたアースアイが皓子を見る温度は、そうなのだろうかと。
「ま、私だったら気後れしちゃうわあ。だって光のイケメンよ、釣り合うかしらって心配になるじゃない」
「そう? ああいうタイプの男は周りからあれこれされるのが慣れてる分、好きなものには遠慮しないですわよ。こっこ、向き合うときは覚悟を決めなさいまし」
「え、ええ……?」
ペロリと大きなパフェを食べきったノルハーンがにっこりと言う。
田ノ嶋は「そういうもんかしら?」と首を傾げながら定食の汁を勢いよく飲んだ。スマートな見かけを裏切る食いっぷりの良さだ。
「というか、二人は付き合ってるのよね?」
田ノ嶋に聞かれて、皓子は目を瞬かせた。ケーキのタルト生地が思った以上に音を立てて割れてしまった。
「付き合ってる、のかな?」
「え、私に聞いちゃうの?」
きょとんと顔を見合わせていれば、ふと、田ノ嶋のビジネスバッグが振動した。くぐもった声が聞こえる。
「きゅうん、きゅん、マホマホ! 悪の手先の気配がするきゅん! 出動だっきゅん!」
にこっと笑った田ノ嶋がビジネスバッグに手を突っ込んで、何かを押しつぶすような仕草をした。すると「むぎゅ」と声がする。
「あの、田ノ嶋さん。それ」
「オホホ、なんのことかしら~。私には聞こえなかったわあ~」
「麻穂、マスコット殿が呼んでますわよ」
「世流ママさん!」
なおも鞄からはめげずに「マホマホ~」と呼びかけが続いている。田ノ嶋はしわくちゃの表情をして、バッグから財布を出すとお札を二枚出して置いた。
「いってきまあす……お会計よろしくう。あ、織本ちゃん、果物の感想また教えてねっ」
両の頬を叩いて見せて気合いを入れた田ノ嶋が、バッグを肩に掛けて片手を上げた。やけくそ気味に大股で店を出て行く姿を見送っていると、今度はノルハーンの巾着袋から着信音がする。
「あら、ごめんなさいね」
中を覗いて確認して、ノルハーンは残念そうな声を上げた。
「やだ、ダーリンに急な打ち合わせが入ったみたいですわ。スーリを見てほしいですって。戻らなくては」
田ノ嶋と同じようにお札を出して、田ノ嶋の分と合わせて皓子のほうへと置いた。
「恋の話題、話したりないですけれど。今回はわたくしと麻穂で折半をいたしますわ。また進展したら教えてちょうだいね。一人にするけれど大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。早くもどってあげてください。お仕事は大事です」
「ありがとう、こっこ。またよ。きっとよ」
優雅に手を振って、ノルハーンも足早に店を出て行った。
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