第5話 マッドハウスの発動

ユウたちは守護者との試練を乗り越え、迷宮の奥に進む力を手に入れたものの、慎重を期して一度戻ることを決めた。彼らはこの力の扱い方をまだ十分に理解していないし、何よりもこれ以上の危険を冒す前に、他の冒険者たちとの情報共有が必要だと考えたのだ。


「戻って、他のパーティとも話をしよう。ここでの無茶は禁物だ」ユウが仲間に言うと、全員が同意し、再び来た道を戻り始めた。


迷宮の廊下は相変わらず冷たく、静寂が続いていた。彼らの足音だけが響く空間に、不気味な緊張感が漂っている。先ほどまで感じていた守護者との戦いの余韻がまだ消えない。だが、それ以上に、ユウたちの胸には漠然とした不安が渦巻いていた。


「なんだか、嫌な感じがするわね」リナがふと呟く。


「わかる……何かが起こりそうな予感だ」カイも同意し、周囲を警戒しながら進んでいた。


その時――突如として、空間が歪んだような感覚が彼らを包み込んだ。ユウたちはその異様な現象に足を止めた。まるで、現実の空間が揺らいでいるかのような、異次元の波動が彼らの体を通り抜けていく。


「これは……!」ゼンが顔を強張らせた。「間違いない……“マッドハウス”が発動している!」


「マッドハウス!?」リナが目を見開いた。


「どういうことだ、ゼン?」ユウが問いただす。


「この迷宮の特殊な現象だ。ダンジョン内で特定の条件が揃うと、空間が閉じ込められ、プレイヤー同士の対決を強制させられるんだ。つまり、今、この空間にいるのは俺たちだけじゃない……!」


「まさか……プレイヤーキラーか?」カイが剣を構え、警戒心を高めた。


「その可能性が高い……しかも、マッドハウスが発動した以上、誰かが既にプレイヤーを殺している」ゼンは冷静に分析しながらも、緊張が滲み出ていた。


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ユウたちはすぐに行動を起こした。迷宮内の安全な場所に集まることはできない以上、相手の出方を見極めるしかない。すでに他のパーティは、マッドハウスの中で殺し合いを強いられている可能性が高い。


「カイ、リナ、ゼン、ここからは慎重に動こう。相手がどこから現れるか分からないが、プレイヤーキラーを見つけたら容赦しない」ユウが指示を出し、全員がそれに従った。


「了解!」リナが弓を構え、遠距離からの援護に備える。


「俺も準備はできてる。早めに片をつけたいところだな」カイが不敵に笑い、剣を握り直す。


迷宮の空間はますます歪んでいくように感じられた。突如として、遠くから金属が擦れる音が聞こえた。誰かが彼らを見つけたのだろうか――それとも、相手も同じようにこの空間に閉じ込められたプレイヤーなのだろうか。


その時、通路の奥から人影が見えた。それは一人の男だった。鋭い目つきをしたその男は、手に血で汚れた剣を握っていた。


「……見つけたぞ」男が低く呟き、ユウたちに向かって歩み寄ってくる。


「プレイヤーキラー……!」ユウはその男の姿を確認すると、すぐに剣を構えた。「こいつが、マッドハウスを発動させた張本人か……!」


「油断するな、相手はすでに何人かを手にかけているかもしれない」ゼンが警戒を促し、カイも戦闘態勢に入った。


男は静かに笑いを浮かべ、剣を持ち上げた。「俺はこの迷宮で生き残るために、何度もプレイヤーを殺してきた……お前たちもその例外じゃない。さあ、楽しませてもらおうか」


その言葉と共に、男は一気にユウたちへと突進してきた。


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「リナ、援護を頼む!」ユウが叫びながら男の攻撃をかわし、反撃の構えを取った。


リナはすぐに矢を放ち、男の動きを制限する。しかし、男はその矢を難なくかわし、さらに素早い動きでカイに向かって剣を振り下ろした。


「くそっ!」カイは剣で男の一撃を受け止めたが、その衝撃は並大抵のものではなかった。彼はその場から後退し、距離を取る。


「強い……こいつ、一筋縄ではいかないぞ」カイが冷静に分析しつつも、再び戦闘態勢に戻る。


「このままやられるわけにはいかない。ここで倒す!」ユウは決意を固め、剣を強く握りしめた。


「お前たちがどんな力を持っていようが、俺を止めることはできない」男は不気味に笑いながら、再び剣を振りかざした。


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ユウたちは、プレイヤーキラーとの正面戦闘が厳しいと判断し、すぐに戦術的な策を講じることに決めた。相手の力は圧倒的で、力押しでは勝ち目がない。しかし、彼らがいる迷宮には数多くの罠や仕掛けが存在している。これを利用すれば、勝機は十分にあるはずだ。


「正面からぶつかっても無駄だ。俺たちでこの迷宮を活用して、相手を罠に誘い込むんだ」ユウは冷静に指示を出した。


「了解!」リナは素早く反応し、周囲の状況を確認しながら弓を構えた。「この辺りには仕掛けがありそうだ。まずはそのポイントを見つけよう!」


カイもすぐに行動を開始し、迷宮の壁や床に目を凝らし始めた。「この迷宮、何度も罠に遭遇してきたからな……ここにも仕掛けがあるはずだ。俺が探す!」


「ゼン、敵を引きつけてくれ。時間が欲しい」ユウが頼むと、ゼンは頷いて、プレイヤーキラーの前に出た。


「俺に任せろ……こいつを引きつけてみせる!」ゼンはプレイヤーキラーに向かい、大きく挑発の言葉を放った。「お前がどれほどの強さか見せてもらおうか! だが、俺たちを倒せると思うなよ!」


プレイヤーキラーはゼンの言葉に不敵な笑みを浮かべ、再び剣を振り上げた。「いいだろう……お前から倒してやる!」


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ゼンはプレイヤーキラーの攻撃を受け流しながら、迷宮内の複雑な通路へと巧みに誘導していった。彼の狙いは、時間を稼いで、カイとリナが仕掛けを見つけるまでの間、敵を撹乱することだった。


一方で、カイとリナは急いで迷宮の罠を探していた。迷宮の壁にはいくつもの仕掛けが隠されており、過去の冒険者たちが記録した情報を元に、カイはある石板に気づいた。


「ここだ! 罠のスイッチが隠されている!」カイはその石板を押し、床下の仕掛けを作動させた。直後、迷宮の一部が微かに振動し、床の一部が開き始めた。


「よし、これで罠が準備できた!」リナが弓を構えたまま叫ぶ。「ゼン、もう少し敵を引きつけて! タイミングが重要よ!」


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プレイヤーキラーはゼンを執拗に追い詰めていたが、ゼンはその攻撃を辛うじてかわし続け、罠のある場所へと誘導していった。ユウはその様子を見守りながら、決定的な一撃を放つ準備をしていた。


「カイ、リナ、もうすぐだ。準備しろ……!」ユウが静かに声を上げると、全員が緊張感を高めた。


「さあ、こっちだ!」ゼンが最後に大きく飛び跳ね、罠の真上にプレイヤーキラーを誘導する。プレイヤーキラーは一瞬の隙を見せ、そこに飛び込んだ。


「今だ!」ユウが叫び、カイが罠のスイッチを押した瞬間、床が崩れ落ち、プレイヤーキラーがそのまま足を取られて落ち込んだ。無数の棘や刃が待ち構えていた穴に、プレイヤーキラーは落ち、動きが封じられた。


「やったか……?」カイが息をつく。


「まだだ……油断するな!」ユウはすぐに警戒を促した。


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プレイヤーキラーは罠の中で苦しげな声を上げたが、その執念深さは消えていなかった。彼はまだ完全に倒れてはいない。


「こいつは……まだ動いてる……!」リナが弓を再び構えた。


「とどめを刺す!」ユウが剣を握りしめ、罠の中で身動きが取れなくなったプレイヤーキラーに向かって突進した。


「ここまでだ……!」ユウは力強く剣を振り下ろし、プレイヤーキラーの体を貫いた。


「……これで、終わりか?」ゼンが息を切らせながら言った。


プレイヤーキラーは静かに息を引き取り、マッドハウスの発動も次第に収束していった。異様な空気が消え、迷宮は再び静寂を取り戻した。

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