佐々木めぐみの受難

オオサキ

第1話

私の名前は佐々木めぐみ。どこにでもいるような普通の女子高生。


顔は人並み、成績も人並み、運動神経も人並みのthe・平凡人だ。まあただ一つ交友関係というか、友人だけは普通じゃないんだけど・・・・・・それ以外はまるで普通の女の子だ。


そんな私は今日も普通に授業を受けている。科目は世界史で、ナポレオンの逸話について語る先生の声が、非常に眠気を誘う。窓から見える空は、曇っていてすぐに崩れそうだった。(私の席は窓際の一番後ろなので空がよく見える)


低気圧のせいか、少し頭が痛い。


もういっそのこと寝ようかと、私が机の上に突っ伏しにかかると、すぐに肩の辺りをちょんちょんと肩をつつかれた。


「・・・・・・なに?」


「今寝ようとしてましたわよね?ダメですわよ、授業中なんですから」


「はいはい、私が寝ようとしたってよくわかったねー・・・・・・」


「当たり前ですわ、幼馴染ですもの」


彼女はそう言って、にこっと笑った。笑顔かわいい。


彼女の名前は華照院咲(かしょういんさき)。苗字と口調から察せられる通り生粋のお嬢様で、私の幼馴染だ。家が隣同士で、昔から家族ぐるみで仲がいいという、オーソドックスな幼馴染だ。真っ白い絹糸のような長髪に碧眼、儚いほどに白い肌・・・・・・かなりの美少女、正直言って、女子の私でもくらっときてしまいそうなくらいの美少女だ。


まあ中身がちょっとあれだけどね・・・・・・。


さてと、怒られちゃったし授業に集中しようか。


と、私が前を向こうとすると、ふと教室の前の方にある空席が目についた。


「そういえばひなたちゃんまだ来てないんだね」


私が咲ちゃんにこそっと言うと、咲ちゃんは今度は私を注意せず、嘆息して話に乗っかってきた。


「そうなんですの、もう二限目にもなるのにひなたさんまだ来てないんですのよ・・・・・。心配ですわ、やっぱり普段からああいう格好をなさってるからお腹壊しちゃったんじゃないかしら・・・・・・」


「ああ、確かにありうるね・・・・・」


確かにありうる。あのかなり衝撃的な格好を常にしてるとなったらそんなことくらいになってもおかしくない。というか、逆になんで今まで何事もなくいられたのか不思議なくらいだ。


と、私たちがそんなふうに話していた時だった。


ふと窓の方を見ると────そこに彼女がいた。本当に突然だった。さっきまでそこにはいなかったはずなのに、ちょっと目を離した隙に唐突にそこに現れた。


いつの間にか窓が開いていて、桟の上に仁王立ちした彼女は、ところどころハネたくせっ毛の真っ赤な長髪に髪色と同じ目、八重歯を見せて獰猛に笑う彼女は────全裸だった。


うん、見間違いとかじゃないね。確かな全裸だ。前貼りとかもなしの余すところない全裸だった。


そう、この子こそさっきまで私たちが話題に上げてたひなたちゃん、上井(かみい)ひなたちゃんだ。この子は日常的に全裸で過ごしているという、私が人生で出会った人たちの中で類を見ないほどの変人なんだよ。こんな格好してるからてっきりお腹でも壊したか風邪でも引いたかと思ったんだけど、どうやら杞憂だったみたいだね。


で、急に現れた彼女に驚くクラスメイトたちをよそにひなたちゃんは教壇へ向かって歩いていく。


そして先生のそばまで来ると、


「ごめんごめん!寝坊しちゃった!」


と、あっけらかんと言い放った。


流石の先生もひなたちゃんの格好に戸惑い、服を着ろと怒る────ことはなく。


「もー、今回は大目に見てあげるけど、次はないからね」


そう言って全裸については特に言及することなく、ひなたちゃんは普通に席についた。最初こそ先生とかクラスメイトとかも色々言ってたものの、ひなたちゃんの全裸についてはもう慣れたもので日常茶飯事なんだ。


え?男子の目線とか、色々大丈夫なのかって?まあ大丈夫なんじゃないかな?なんか胸とか大事なところは白い光が差しててよく見えなくなってるし大丈夫だと思う。これがあの有名な謎の光ってやつだね。


猥褻物陳列罪とかは・・・・・・まあよくわかんない。そこら辺はどうして大丈夫なんだろうね?


一度ひなたちゃんにそこら辺のところを聞いてみたんだけど


「大丈夫なんだよ!何せ全裸だから!」


と返された。


いや全裸だから大丈夫じゃないんだって。そうツッコんではみたもののひなたちゃんは『全裸だから!』の一点張りだった。


そう、ひなたちゃんは全裸ならなんでも出来ると思い込んでる節がある。


今日、突然窓から教室に入ってきたことについて後から聞いてみたんだけど、どうやら校舎の壁を走って登ってきたらしいんだ。壁走りだ。


よくそんなこと出来たね、と私が言ったら


「全裸だからね!」


と返された。いや意味がわからないんだよ。


で、そんなひなたちゃんのことを咲ちゃんは


「さすがはひなたさんですわね・・・・・・」


ライバル視しているんだ。


ライバル────別に、咲ちゃんは運動でも勉強でもひなたちゃんには負けてない。普通に勝ってる。うん、壁を走って登ってくるひなたちゃんにだって咲ちゃんは普通に勝てる。


じゃあなんのライバルなのか。


それは露出。露出のライバルなんだ。


咲ちゃんは露出狂の変態さんなんだ。


・・・・・・うん、どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。小さな頃はいっつも私の後ろに隠れながらついてきてたような、あの咲ちゃんがなんでこうなっちゃったんだろう。私史上最大の謎だ。


「今日もわたくしは上下とも下着をつけてきてないんですが、その程度じゃ太刀打ちできませんわね、勝てませんわ・・・・・・」


「ちょ、ちょっと何してんの!?ちゃんとつけなよ!・・・・・・いや具体的にどうなったら勝ちなのかよくわかんないけど、それでも十分勝ってるんじゃない?」


「全然ですわ。ご覧くださいまし、あれを」


私が咲ちゃんの指差す方に目を向けると、「あれー?確かに入れたはずなんだけどなー?」とひなたちゃんがバッグの中の教科書を探していた。全裸でもバッグはちゃんと持ってきてある。


「かがんでバッグの中を探すふりをしてお尻の穴を見せつけておりますわ」


ああ、あんな儚げだった咲ちゃんもついにお尻の穴とか言うようになっちゃったか・・・・・・。


「いや普通に教科書を探してるだけだと思うんだけど・・・・・」


「いえ見せつけてるに間違いありませんわ!」


「そうなの・・・・・・?」


「強いですわね・・・・・・あんな強い方に本当に勝てるのかとお思いですわね?」


思ってないけど・・・・・。


「確かに実力差がありすぎる上、理性派タイプのわたくしにとってパワータイプの露出狂は相性が悪いかもしれませんわね」


「なに言ってるの・・・・・・?」


能力バトルものの能力者じゃないんだから・・・・・・。


というか露出って勝ち負けとかあるものなんだっけ?ちょっと違うような気がするんだけど・・・・・・。


「ですがわたくしは負けませんわ!必ず知恵と工夫とプレイの内容で打ち勝ってみせますわ!」


なんだろう・・・・・・少年マンガの主人公かな?


「さて、そろそろ授業に集中しませんといけませんわね」


「ああ、うん、そうだね・・・・・・」


色々とツッコみたいところはあるけど、授業中騒ぐわけにはいかないからぐっと我慢して、私たちは先生の方へ向き直った。



下校することにはやっぱり雨が降っていた。


幸い天気予報を信じて傘を持ってきてたから、私は雨が止むまで待ったりせずに帰れた。


と、帰り道の途中で段ボール箱に入った捨て猫を見ている咲ちゃんに出会った。しゃがんで、猫の方へ傘を差し向けてる。


普通だったら儚げな美少女が捨てられた猫を慈しんでいる非常に美しい光景だね。


だけど私にはわかる。咲ちゃんは猫に向かって露出をしているんだ。咲ちゃんは今パンツを履いていない。その状態でしゃがむことによって、猫に自分のその・・・・・・それを露出してるんだ。


どうしてそんなことがわかるのかって?・・・・・・見ればわかるよ。頬を紅潮させて涎垂らしてたらそりゃあ誰だってわかるよ。


「咲ちゃん・・・・・・」


「ハッ!じゅる・・・・・・め、めぐみさんでしたか。びっくりしましたわ」


「うん、あんまり外で発情しないでね・・・・・・」


「外で発情するのは露出使いの特権ですわ」


「なに言ってんの・・・・・・」


そこで私たちは言葉を切って捨て猫を見た。


「私んちで飼うのはちょっと難しいそうかな・・・・・・」


「わたくしの家で飼うのも難しいと思いますわ」


「そっか、うーんどうしようかな・・・・・・」


私たちはしばらく黙って、ただ捨て猫を眺めた。捨て猫は何もわかってないようなキラキラとした無垢な瞳で私たちを見上げていた。


と、しばらくして微かに雨音とは違う水音が聞こえたかと思うと、咲ちゃんが急にふるっと小さく震えた。


まさか・・・・・・


「まさかとは思うけど・・・・・・おしっこした?」


「ええ。これはこれで気持ちよかったですが・・・・・ですが、まだまだですわね。この程度ではまだまだひなたさんには到底勝てませんわ」


・・・・・いやもう十分勝ってると思うんだけどな・・・・・・少なくとも私から見ればはるか遠いところにいるよ・・・・・・。


「さてと・・・・・・わたくしがお父様に掛け合ってみることにしますわ」


「いいの?」


「わたくしの家では飼えないと思いますけど、わたくしのお父様のご友人に動物好きの方がいるので、その方が飼ってくださると思いますわ」


咲ちゃんは猫の入った箱を持って立ち上がった。


私は猫を見た。


いい?咲ちゃんの大事なとこなんて幼馴染の私でもそうそう見れるものじゃないんだからね。その上おしっこしてるところを見れるなんてめちゃくちゃ羨ましいんだからね。


そう言いってやりたい気持ちをぐっと飲み込んで、私は猫を撫でてあげたのだった。


それにしても、咲ちゃんがしゃがんでたとこの水たまりが気になるね・・・・・。

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