第28話 新人ダンジョンマスター、最凶最悪のギミックトラップを作り出す。
「よ、弱い…」
ケセランパサランの能力の低さに驚きを隠せない。ステータスを見てみたが、お世辞にも戦闘向きのステータスとは言えず、唯一のスキルと言えば相手を10秒程度、麻痺させるだけのものだった。少なくとも、この一匹で来襲者を迎え撃つなど不可能だろう。
ふわふわと宙を泳ぐ白い物体は、『わたしだってやれるんだから!』とでも言いたげに空中で三回転ほどして体を震わせた。
「ふわ…!ふわわ…!」
「うん…やる気まんまんなのは嬉しいけど…このままじゃゲームオーバーだよ。はぁ、どうしようかな…」
「ふわぁ…!」
ケセランパサランは大きな目に力を込めるように震えだす。
「ふわわ!」
白い体からバチバチと電気のようなエネルギーが発生し、帯電し始めた。
バチバチバチ……
「な、何を…」「ふわぁ!!」
やがて瞳の全体が光るほどのエネルギーを纏うと、一気に解放した。
「あばばば!」
ケセランパサランのスキルを直に受けた俺は、そのまま硬直して倒れる。
(これが、麻痺の魔眼!?)
何故かは分からないがケセランパサランの攻撃を身をもって受けることになってしまった。もしかしたら気合を入れてくれたのかな?
10秒間は指一本動かせず、一切の行動ができなかったが、体の自由はすぐに戻ってきた。外傷もないようだ。
「う、うう。…急になんだ?」
「ふわ…ふわ…!!」
ケセランパサランは小刻みに俺の周囲を飛び回り『まだ諦めんじゃないよ!』と言いたげに肩に小さな体をぶつけてくる。
「なるほど、この力で助けてくれるってことだね?」
「ふわわ!」
頷くように大きく宙返りしたケセランパサラン。
「そうだよな…諦めるにはまだ早い。自分にできることを全力でやりきらなきゃだな。」
気合を入れ直し、ダンジョンマスターとしての仕事を全うしようじゃないか。
「とは言っても…あと、俺にできることと言えば……」
トラップを設置し、時間を稼ぐことくらいしか思いつかない。だが、既存のトラップは足止め効果が低いのにも関わらず、消費するポイントだけは高い。設置できたとてせいぜい数えるほど。
「既存のトラップやこの子の能力じゃ "時間" 稼ぎにくらいしかならないし――」
ダンジョンのトラップ一覧をスクロールさせてボーっとしていると、数学の先生が言っていた言葉が頭を過った。
『いいですか、末包君。時間は大切です。時間は誰にとっても唯一平等に与えられた、貴重な資源です。私たちの人生における様々な成果や経験は、この時間という変数に依存する関数として表すことができます。』
(そういえば、数学の先生も "時間" について、なんやかんや言ってたっけ――)
『そしてその関数は、時間をかければかけるほど、その値そのものが大きくなる傾向、つまり単調な増加性を持つのです。相転移のように1の努力が実を結び、やがて臨界点から1以上になる日が来る。日々の勉強もそれと同じで――』
「――ん?待てよ。」
― 時間 ―
その言葉が頭の中で反芻し、やがて糸口のようなひらめきを掴む。
「そ、そうだ…来襲者を退ける方法は、何も "倒す" ことだけじゃない。 "時間" を稼ぐことだって、立派な撃退法につながるはずだ!」
すぐにトラップウィンドウを開き直し、使えそうな素材を片っ端から閲覧し直す。
あれでもない、これでもないと何度もツールを開いては、頭の中で構想を練る。数時間もの間、ウィンドウと睨めっこを続けた。ちなみに、その間ケセランパサランは空中を優雅に泳いでいた。
「時間稼ぎ……そうか、これだ。いや、これしかない!!」
リストの中にある数多のものから、人の丈ほどある大きくて錆びた歯車を選択し、1pで生み出した。大型船のパーツのひとつとして使われているものだ。
ズドォン……
ボタンを押した途端に森の土が陥没するほどの重量感ある歯車が生み出された。厚さもシェルター並みにある。ただし、これひとつでは何の役にも立たない錆びた鉄の塊。
「これを使うぞ!ケセラン……ケセパサ!」
ケセランパサランだと呼び辛いので名称を省略した。
「ふわふわ?」
次に、オーブを設置する専用の小さな部屋を海通路エリアからつなげる。これで残り20p前後。
オーブ部屋と通路との隔たりにギミック連動用の扉(-5p)を付けて、オリジナルギミックの設置準備が整った。
「なんや!なにがおきてんねん!?」
マグロのおっさんも海面から顔を出して、ダンジョンの変貌を見届ける。
「まぁ、見てなって。次に、この大きくて錆びた歯車を扉の前に設置、これを10個繋げるぞ。」
オーブ部屋を隔てる扉の前に、縦一列に歯車を設置していく。
最後に連なった歯車へ専用の突起型レバーを直接くっつければ完成だ。
「なんやけったいな!こんなゴミみたいな歯車くっつけあって何ができんのや!?通路に置いたら泳ぐのに邪魔なんやけども?」
「落ち着けよ。これはな、来襲者を撃退するギミック&トラップさ!」
「はぁ~!?トラップぅ!?そもそもなんやこれ!殺傷性もくそもないやんけ。」
「その通りだよ。これ自体は、歯車を回すことしかできない。」
マグロのおっさんの横槍を受け流しつつ、パネルを操作し、それぞれの歯車をギミック扱いにして連動させる。最後にレバーが回るように設定した。
「よし、できた。」
「んなアホな……ちなみに聞くけども、どんな仕掛けなん?」
「この仕掛けは、10個の歯車が連動して動く、ちょっと変わった扉の開閉装置になっているんだ。」
「ほぉ~ん。んで、それがオーブをどう守るんや。レバー回して歯車を動かせばいいだけやろ?そして扉が開くと。…トラップでもなんでもないやんけ。」
「最後まで聞けって。順を追って説明するから。まず、この仕掛けは専用レバーを回して、最初の歯車を10周まわすと、次に連動する歯車が1周だけ回まわるようになっている。その歯車が10回まわると、また次の歯車が1回まわるってな具合でな。こんな感じで10個の歯車が順番にゆっくりと動いていくんだよ。10番目、つまり最後の歯車が10周したら、オーブ部屋が開く仕組みになっている。文字通り、"時間" さえかければ、誰がやっても必ず開く仕掛けになっている。」
ちなみに、最初の歯車が一周するのにかかる時間は10秒程度だ。レバーを回す位置は海通路にあり、とても環境が悪い状況でレバーを回し続けなくてはならないので、人やコンディションによってはもうちょっとかかるだろう。更に、俺にはケセランパサランという秘密兵器がある。
ギミックありの部屋や扉は『不壊』属性のため、力づくで突破することはルール上できないはずだ。
だが、マグロのおっさんは不機嫌そうに答えた。
「んなカンタンすぎるやろ。力のある来襲者なら一瞬で最後の歯車がクルクルしてまうで?ええんか?」
「ふふ、そう思うだろ?まぁ、俺は罠特化型じゃないから、これが抜かれたらもうおしまいだけど、でも、大丈夫だと思う。」
「そないな……こんなんワシでも突破できるで」
「ふん、来襲者が来るまで時間があるから、できるならやってみな。」
残りポイントは5p程度しかない。最初の来襲者を迎える準備がギリギリで整った。
ようやく、光明が見え始めた。
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