第29話 やたら人間くさいAI


 考えうる限り、時間稼ぎに特化したギミックを設置した後すぐ、マグロのおっちゃんはレバーに頭突きを繰り返し、思いのほか力強く歯車を回してみせた。本気で解除するつもりだったらしい。


 しかし、10分経たない内に『これ、どんだけ回せばええん!』と癇癪をおこしてあきらめた。


 レバーに頭突きを繰り返していたせいか、おでこにケガをしてしまったようなので1pで絆創膏を買って張ってあげた。まったく世話の焼ける魚だ。


 その直後のこと。


「マスター、敵がきよったわ!敵の気配や!あと10分くらいで来るで!」


 急にマグロがわめきはじめたのだ。


「え…お前、そんなのわかるのか?マグロなのに?」


「ええから、準備せんかい!ワシも打って出る!」


 おでこに絆創膏を張り付けたマグロのおっちゃんが、慌てて海面から跳ね上がる。


「いやいや、普通の魚が冒険者相手に戦えないだろ。お前たちと俺はオーブ部屋に立てこもって来襲者が去るまで待つんだよ。何のために大量のポイントをギミックに費やしたと思ってんだ。」


 だがそういう戦術はマグロのおっちゃん的には納得がいかないようだ。


「っは!自分も立派な魚なら正面から戦えや!旬の魚の力なめたらあかんで!」


「俺は魚じゃねぇ」


「なんやその立派な背ビレ頭上につけておいて!魚ちゃういうんか!?」


「これは髪だ!もういい。強制的に移動させるぞ!」


 やかましいマグロとふわふわ浮いているケセランパセランを強制的にオーブ部屋に移す。


 ダンジョンマスターの権能のおかげで、ダンジョン産のあらゆるオブジェクトとモンスターは来襲者がダンジョンに入るまでの間、一瞬で自由に配置換えができるのだ。


 ウィンドウ内のメニューを操作すると、一人と二匹は前触れなくダンジョン入り口から消え去り、オーブ部屋に転移した。


「おお、初めて使ったけど便利だな、これ!」


 オーブ部屋の広さは十二畳分程度しかない。一番安く買える部屋がこれだったのである。地面も壁もむき出しの土で、光源はオマケで最初から松明っぽいのが壁にかかっているだけだ。控え目に言って質素な部屋である。


 部屋の中央には、立食用によく使われるようなテーブルの上にオーブを配置してある。


 目の届く距離に、オーブ部屋における唯一の入り口兼出口の木製扉が置かれている。来襲者がこの扉を開けるためには通路上に設置してあるあのギミックを解除する必要があるということだ。


「ふわふわ!」


「ケセパサも楽しいかぁ、そうかそうか~!よしよし」


 ふわふわした体を撫でまわしていると、足元から苦しそうな声が聞こえてきた。


「う…マスター。ワシのことも、忘れんといて…な!」


 苦しそうに土の上でエラ呼吸する魚が哀愁を漂わせていた。


「……仕方ないな。まったく…!」


 仕方がないので1pで買える手狭な水槽に海水を浸し、入れてあげた。まったく金のかかる魚である。おかげで残り2、3pくらいしかない。これで来襲者が撃退できなければ正真正銘のゲームオーバーだ。


「ぷ…ぷはぁ!転移するなら水槽くらい最初から用意しときや!」


「今日の晩御飯にしてやろうか」


 俺の言葉を意に介する様子もなく、さらっと受け流したマグロは水槽から顔を出して叫んだ。


「んなことよりマスター!敵さんや!オーブに映っているで!?」


「なんだと?」


 マグロのおっちゃんが言う通り、オーブが一人でに発光して外の様子を映し出し始めた。


「なるほど、これで外の様子がわかるようになっているのか。で、とうとうお出ましってか…!」


「ワシですら攻略できなかったギミックやで。敵さんにはちょいと荷が重いやろな!」


「はいはい…」


 いちいちうるさい魚である。


 ・・・


 最初の来襲者が来た。


 まるで、こちらのダンジョンの位置を最初から把握していたかのように、二人組の男がこちらの方角へ迷いなく歩いてくる。


(最初のウェーブ、絶対に乗り切ってみせる!)


 一人は大柄な男で、無精ひげをたくわえた強面と、人の丈ほどあるハンマーを背に装備しているのが印象的だ。一目見ただけで力持ちなのが分かる。


 対して、もう一人の男は小柄だ。武器らしい武器は腰につけているダガーくらいで、大柄のハンマー男の後ろを歩いている。少し猫背で、周囲をせわしなく見回していることから、スカウト系のように見えた。松明を片手に、ハンマー男の顔色を何度も気にしている様子から、チームの上下関係はハンマー男の方が上なのだろうか?所々やたら人間くさい動きだ。


「こいつらが来襲者か?」


「せやで!嫌な臭いがプンプンや!こいつらはマスターのオーブを狙う不届きモンや!」


 今のところ二人しか姿は見えない。


「数はこれだけか?」


「クンカクンカ……魚レーダーにはかかってこんわな!」


 マグロのおっちゃんは空気中の臭いを確かめるかのような仕草をしている。


「魚レーダー?何だそれは。マグロのスキルか?」


「おっちゃんの感やで!」


「さいですか…。」


 マグロのおっちゃんが言う通りなのが若干癪だが、少し待っても最初の襲撃だからか二人しかいない。加減されている可能性は十分に考えられるか…?


「お、入り口まで来たみたいやで!」


 二人組は洞窟の入り口で松明を前にかざし、顔を見合わせた後に侵入してきた。強面の男が小柄な男の背中をせっつき、先に入れと指示をしているように見える。


 渋々といった感じで、小柄な男は背後を気にしながら入り口に入った。


「意外と躊躇なく入ってきたな…。」


 そして、入り口から海通路エリアに入った小柄な男は、唐突な海面通路に驚く間もなく足を踏み外すように水面へダイブした。


「あ!海通路エリアにダイブしたで!?すぐに海エリアはさすがに予想外だったんちゃう?」


「…これさ『足元注意!』とか『注意!入り口を抜けるとすぐ海水に浸された通路があります!』とか看板に書いておいてたほうがいいんじゃないか?」


 マグロのおっちゃんはヒレをヒラヒラさせた。否定の意味だろう。


「んな親切心はいらんねん。奴らは盗人やで!?マスターのオーブを狙う敵に容赦はいらんて!」


「それも…そうか?」


 そうこうしているうちに、小柄な男がハンマー男の手を借りて引き上げられた。


 一度入り口まで退散すると、何かを話し合っている様子。


 やがて、小柄な男が軽装の鎧を入り口の前に脱ぎ捨て、海通路エリアに入った。


「ハンマー男は、奴を斥候というかオトリに使っているようにも見えるな。」


「でかいのは体だけってことやな!」


 大柄な男は身長があるので、通路の水は肩下程度に留まっている。小柄な男では足がつかないので、泳いで先行していくようだ。


「本来なら、このあたりで海の魔物を出して攻撃するべきなんだろうけど…」


 二人組もモンスターを警戒してか、進む速度が遅い。


 しばらくして、ようやっと例の歯車ギミックが置かれている場所まで到着した。つまり俺たちの目の前である。


「お、来たか!」


「抜かれませんように…」


 二人組は顔を見合わせ、歯車の全体像を見たりレバーを細かくチェックしたりしている。やがて小柄な男がレバーを回すようにジェスチャーを入れると、ハンマー男が頷いて、恐る恐る回し始めた。


 鉄と鉄がこすりあうような鈍い音が響くと、大きな歯車が動いていく。


「さて、二人はどれほど頑張ってくれるかな?」


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