第21話 東条さんとデート(2)


 東条さんは、ノンカフェインのティーとクッキー。俺は普通のラテを頼み、カウンターから飲み物を受け取ると席に座る。


 彼女は目を輝かせながら飲み物を口に運ぶと、口角を緩やかに上げた。


(美味しかったのかな。それにしても、か、可愛い…)


「そ、それ、気に入りましたか?」


 思わず感想を聞いてみると、予想外の返し


「(…コクコク)…飲んでみます?」


「へ!?」


 それを聞いて、顔が一気に熱くなった。


(か、間接キスになってしまうんじゃ…!?)


「…?」


 東条さんはフリーズした俺に首をかしげ、飲みかけのティーを差し出した態勢で止まっている。


「い、いえ!大丈夫です!」


「……そうですか。」


(なんで残念そうに!?)


 妙な空気になりそうな気がしたので、話題を変える。


「そ、そういえば、ホント今更ですけど、東条さんは、下の名前はなんて言うんですか?」


「そうでした……みやこ、といいます。京都のキョウ一文字で、ミヤコです。お伝えできていなくて、すみません。」


「い、いえいえ!…そうですか…京さんって言うんですね……す」


(すてきな響きだ…!)


「す…?」


「あ、い、いえ…なんでもありません…はは。そそ、そういえば、東条さん、同い年くらい、ですよね?俺は、今高2なんで――」


「あ…一緒、です。」


「や、やっぱり!そんな感じしていました。でも、東条さんなんて苗字、黒沢高校で聞いた覚えがなくて…やっぱり違う学校に?」


「(……コクコク)はい…そちらには通っていません。」


 東条さんは、それだけ言うとクッキーを大切そうに口に運んだ。また口角が上がる。どうやらクッキーもお気に入りのようだ。


(う~ん、近辺だと、あとは私立名門校くらいしか残っていない。遠方に通っているということもあるかもだけど……)


 あまり言いたくなさそうなので、深くは追及しないことにした。別に知らなくても、二人の関係が何か変わるわけでもない。


「…優斗さんは、VRゲームの世界では、何をされているの?」


 今度は東条さんから話題提供をしてくれた。


「それは……」


(い、言えない……。AIに目をつけられ、キャラクリから失敗。気が付いたらモヒカンのならず者となり投獄され、囚人を総動員して脱獄。無事に指名手配された上、挙句の果てに騎士団を大量爆殺。騎士団長を卑怯な手で倒した後、町を乗っ取ったところです!いやぁ楽しいっすねー!ヒャッハー!なんて……言えない!!)


「えぇっと………自由に、生きて…ます。」


「…。」


 東条さんからのジト目が痛い。トートロジックな言葉を期待しての会話ではないことは言うまでもなく、自由に生きられるゲームであることは、東条さん自身もよく知っているわけで。


「えっと…ごめん。やりなおさせてほしい。……ゲーム内では、あまり、人に褒められたことはしていない…かな。自分が正しいって思うことをした結果、いろんなNPCを犠牲にしちゃったんだ。だから、ちょっとだけ言いづらかった。ちなみに、レーンの町ってところを拠点にしているよ。」


 東条さんは暫く考え込んで、言葉を慎重に選ぶように紡ぐ。


「そうですか……。でも…それは、優斗さんが、悩んだ先に起こした行動で…確信犯と覚悟してのことです。ゲームのことですから、私はそれを聞いた側面だけであなた個人のすべてを判断したり、否定したりはしません。」


 いつもの東条さんにしては長く、はっきりと主張した言葉だった。


「う、うん。……。」


(すごく優しくて、それでいて筋が通った意見だ…)


「なにか…懸念でも?」


「あ、ごめん…東条さんって、すごく優しい人だなって思って。気にかけてくれるし。どうしてだろうって。」


「特に、優しくしたりなんかは…」


「今日だって、時間を作ってくれているし。普通は、そこまでしないんじゃないかなって…。」


 東条さんは暫くだんまりで、ティーを半分まで飲んでから話を切り出した。


「……。少し、過去の話になりますが。」


「全然いいです。」


「…VRMMOテスト初日の話です…優斗さん、貴方はたしか、紹介状を忘れて、ベンチに座っていました。」


「あぁ、覚えています。あの時は焦りました。警備員さんに通してもらえず、雨宮さんからのメッセージも使えない状態でしたから。電話すればよかっただけなんですけどね。」


「…結果、貴方は会社に入れてもらえなかった。それから、他の人が貴方のことを差して、好き勝手言っていることを、偶然、目撃してしまいました。私も、その最終列に並んでいたので。」


(……そういえば列の最後に黙って俯くメガネの子がいたような気がする。)


 テスト初日、俺は書類を忘れ、警備員さんに門前払いされた。その様子を見ていた後列の人たちは、俺が無許可で入り込もうとしていた人と勘違いした。結果、あることないことを言って馬鹿にしていた気がする。だがそれ自体は、そこまで気にしていなかった。それよりも、忙しい雨宮さんにどう伝えるべきなのか、自分がどうするべきなのか、判断しかねていてそれどころじゃなかったんだ。


東条さんが話をしているのは、そのときのことだろう。


「なるほど…?」


 東条さんは俯いて、話を続ける。


「その場で、私は何も言えず、見なかったフリをして、列に続き、一度は受付に入りました。でも、なんだか心がモヤモヤして、すぐに優斗さんのところに戻ってきたんです。何か、自分にできることはないかって思って。……それからは、貴方が知っている通りです。」


(だから、最初に尋ねた言葉が『大丈夫ですか?』だったんだ……俺の心境を慮ってのことだったのか。)


「俺のことを気にかけてくれたんですね。……ん?でも待ってください。東条さん、あのとき、招待状を持っていたのですか?」


「はい…実は、そうです。というより、正確に言えば違うのですが……」


「正確?」


「……いえ、なんでもありません。」


「そう…?」


「ともかく…最初はただ単に、問題を見て見ぬフリをした自分が許せなかったんです。でも、初めてお会いする、それも異性の方とは上手くお話ができず。……それでも貴方は、分け隔てなく接してくれました。それが嬉しかったから。」


(それだけじゃない気がするが、あまり突っ込むのもヤボかなぁ)


 この話だって、切り出すのは勇気が必要だったはずだ。


「わかりました。キッカケはともかく、今はこうして友達として接してくれているのだから、俺としてはアクシデントがあっても、結果的には良かったと思っています。東条さんのような方とお友達ができたのは嬉しいですし。」


「(……コク)」


「ところで話は少し変わりますが…東条さんのキャラと、拠点って……?」


 東条さんはギョッとした表情で固まる。


(聞いたらまずかっただろうか…?)


 ひとしきり目線を泳がせると、動揺したように答える。


「え、え…えと…そうだ!…死にました!」


「え!?し、死んだ!?」


「は、はい!死にました!」


「何故!?どこで!?」


「………ご、ゴブリンに殴られて!森で!…えと後ろから!棒で……こう!」


 東条さんはわたわたしたジェスチャーで、こん棒を振り回すように握り拳を振った。


「そ、そうなんだ……!」


「は、はい……。」


 最弱のモンスターにやられるなんて、やろうと思ってもできない気がする。だが、油断して多数に囲まれれば……スキルの取捨選択によっては……そういうことも起こりうるのかもしれない。俺はずっと町の中で衛兵と戦っていたので、このゲームにおけるモンスターの強さは測りかねている。


「それなら、まぁ、復活して活動すれば…ところでキャラの名前――」


「いえ!私の中であのキャラクターはゴブリンとの死闘の末、死にました!…なので、復活はせず、新しいキャラクター作成をしようと思っています。その……レーンの町で。」


(どんな縛りプレイ…!?)


 今でこそ、あまり聞かなくなったプレイヤーロスト。それを自ら制約として背負うとは。この女の子、実はとんでもない修羅なのやも。


「あ…でもβテスト中って、新しいキャラクター作成はできなかった気がするんだけど…」


「それは……雨宮さんに、頼んでみます。」


(いくらあの万能なキツネお兄さんでも、さすがに厳しいんじゃ…?)


 一見、花のような女性が、修行僧のような縛りプレイをするとは、人とは見かけによらないものである。その道は色々と無茶があるが、俺はただ、友達として黙って応援してあげることにした。


「俺の口添えも必要であれば、言って下さい。一緒にお願いすれば、もしかしたらいけるかも。」


「……ご心配には及びません。」


 東条さんはペコっと軽く頭を下げると、残り1個となったクッキーを口に運んだ。



 ⚜⚜⚜⚜



 二人で映画を見終わった頃には15時前後、そろそろ帰宅を視野に入れて行動せねばならない時間となっていた。


 ちなみに内容は、アクション映画『危険!カバ人間の逆襲!』というB級感溢れるものであった。


 主人公はとある研究所の警備員で、誰も居ない夜中、ひょんなことから極秘に開発されていたカバ因子を、体内へ取り込んでしまう。


翌日になり、筋肉繊維がカバ因子によって究極進化した主人公は、リンゴを人差し指と親指で潰してしまえるほどの、圧倒的な身体能力を得たのだ。


そして、仕事帰りの朝に事件は起こる。近所で火事があったのだ。たまたま居合わせた主人公は、逃げ遅れた人を救うべく、持ち前の能力を使い、常人では不可能な救出劇を繰り広げた。


それがキッカケにSNSで拡散され、瞬く間に話題となり有名に。その身体能力を見込まれ、国がらみの陰謀に巻き込まれていく。


 そんなありふれた話だった。


 俺としてはまぁまぁといった総評であったが


「カバ…カッコよかった……。」


 東条さん的にはB級もどストライクだったようで、とても楽しんでもらえたようだ。


「そうだね……うわ…もう、こんな時間に…」


 映画館から出てスマホの時間を確認すると、東条さんが慌てて頭を下げた。


「あ……ごめんなさい、優斗さん。私、そろそろ行かないと…アストラル社で、少々、やらなければならないことが、できてしまいました。」


(βテストの件かな?…あ、そうだ…俺も習い事の先生のところに顔出しておこうかな。)


「そうなんだ。じゃあまたβテストの日にでもおしゃべりしましょう。」


 ずっと隠蔽し続けるのも難しい。余っている時間は有効活用しなくては。


「…はい。それでは優斗さん、ごきげんよう。」


 軽く会釈をすると、彼女は立ち去り、後ろ姿は人混みに紛れて消えた。見えなくなるまで見送ると、俺もショッピングセンターから出た。


 ・・


「さて、俺も習い事に顔出ししなきゃ。」


 テニス教室の先生は、久しぶりに顔を出したということで、再会を喜んでくれた。しかし、リハビリに基礎体力をつけろと言い、ハードなトレーニングをさせられた。ボールには一度も触らせてくれなかった。


 気まぐれではあったが、気軽に顔を出したことを後悔した。


 帰り際には全身筋肉痛となってしまった。

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