第22話 雨宮の憂鬱


「あはは。これはマズいね!」


 雨宮はディスプレイに映し出された文字列から目をそらし、自身の眉間を指で強く抑えて笑った。


 画面には、警告を示すマークや文言がプレイヤーデータについている。


「笑いごとじゃないんですって……ふぅ。」


 雨宮の明るい空気とは真逆に、側で資料を抱えていた同僚が大きくため息をついた。


 二人の目線の先は、優斗が作成したキャラクター、『モヒカン』のパーソナルデータに注がれている。雨宮は自身のタブレットと見比べるように見直し、同僚に頷いた。すごく笑顔だ。


「ははは!」


 雨宮の笑い声を遮るように、研究員の一人が矢継ぎ早に報告をあげる。


「雨宮さん。やはり、末包優斗君の体調の変化と、不可解なデータノイズに明らかな相関性があるようです。原因は……不明です。」


「雨宮チーフ…。このデータはおかしいです。試験段階でこのような異常が発生したケースはありません。例の安全性は随分昔にパスされている問題です。装置も適切に稼働していますし…なのに、どうして今になって――」


 優斗と東条がショッピングモールで映画を楽しんでいた頃、アストラル社の研究室では雨宮と彼の同僚らが謎の不具合らしき症状と戦っている最中であった。


「君たち…その呼び方はやめてくれと言っているだろう。あと、少し落ち着こう。……この症状については、なんとなく心当たりがあるんだ。」


「チーフ、心当たりとは?」


「…。」


 雨宮はコーヒーを一口飲んだ後、目を細めて言った。


「詳しく見てみないと断定はできないが、優斗くんがVRシステムから現実に返ってくるとき、不調を示すデータが得られた。しかも一度だけじゃないんだ。今のところは軽微だが、慢性的に発生し続けた場合、身体への影響がないとは……言い切れなくなる。波形の変動が最も大きいのは、どれもログイン、ログアウト時だ。」


 雨宮の話を聞いていた周囲の研究員たちの顔色が青ざめる。


「ダイブシステムそのものに異常があると言いたいのですか!?…そ、そんなまさかですよ。雨宮チーフが開発した同期システムにはテスト開始まで何ら不備はありませんでした。データ処理が遅れて脳に一時的な負荷がかかっているだけでは…?彼はVRが初めてと聞いております。原因はそこでは…?」


「うん、ちょっと違うかな。この件について、私の考えを話そうか。……私は、ダイブシステムに干渉した『何か』があると考えている。君が言うように、システムそのものに問題はなかったはず。だが『システムがナニカによって書き換えられていたら』どうだろう。この不調、優斗くん個人の体質によるものとは考えにくいとも思う。考えてもみてくれ、テスターの中には初めての人も、学生も相当数いる。このまま様子見という後ろ向きな姿勢だけで解決などしないだろう。この件の対処が遅れてしまえばリリースは絶望的だ。」


「AIがシステムを浸食していると言いたいので…?それは…推察の域を出ないのでは……。」


「そうだね。」


「AIが浸食した『かもしれない』場所を調べるために、システム全体を止めるなんて論外ですよ。」


「ははは、そんな怖い顔しないでくれよ。」


 あまりにもハッキリと、だがあっけらかんとした雨宮の様子に、周囲の研究員は顔を見合わせた。


 気まずい空間を濁すように、雨宮は心当たりのある出来事を思い出しながら話す。


「コホン……あ、そういえば…彼のキャラクターが作成される際に何等かの不具合があったよね。テスターの中では一番のイレギュラーだったはずだ。そこに『原因』が生まれたと考えれば、彼だけに起こっている問題にもある程度の納得はできる。AIの不備は、彼との食事で聞いていたから、発生タイミングとしてはそこだろう。今もその『原因』が完全に取り除けていなかったとしたら……。」


「その原因って、確かAIの認識システムに不備があって、当日中に思考パターンのサブルーチンに修正を入れたはずでは――」


「うん。私もエンジニアからそう聞いているし、事実、他の人には特に問題が起こっていない。コアシステムには触らないように君にも言っていたはずだから、修正は表面的なものだったはずだ。」


「すでにAIによって手が加えられ、ブラックボックスとなった場所はそのままだと言いたいんですね?」


「さっきも言ったけど、調査してみないとわからない。だがカンタンに言えばそうだ。」


「ありえません。」「私たちのシステムが反旗を翻すなど…」「雨宮さんの考えはおかしい」


 研究室がどよめいている。


 雨宮は周囲からキッパリ否定されるが肩をすくめるだけ。


「チーフ、どちらにしても何等かの対策を講じなければなりません。優斗くんにはしばらく大人しく――」


「うーん…。それでもいいけど…。」


 同僚からの提案に首をかしげる雨宮は、やがて手で制して発言を止めた。


「チーフ?」


「そうだ、正式サービス後に実装する予定のイベントがあっただろう?」


「はい」


「アレであれば、問題のダイブシステムからの干渉はないはずだ。イベント世界の構築システムは一部を除いて切り離しができるように作らせていたはずだからね。要するに『ほぼ』独立スタンドアロン世界だ。優斗くんのための避難所…とは言い方が悪いが、修正が完了するまで彼にはそこにいてもらおう。」


「まさかチーフ…優斗君に新イベントのテストをさせるつもりですか…?彼はあなたの独断で入社させたばかりだと言うのに…それはいささか彼に肩入れをしすぎな――」


「その考え自体を否定はしないが、調査改修の間、彼だけを除け者にするのかい?冗談じゃない。彼のおかげで、会社が傾きかねないほどの大きな不備をひとつ潰せたんだ。彼にはそういう才能があると思う。…それに、優斗くんの体調が心配だ。かと言ってこのタイミングで休ませるのは、いらぬ噂を立てかねない。少し無茶を言うが、次に彼が来てくれたタイミングでイベントのテストをしてもらうように指示しなさい。」


「はぁ……。かしこまりました。」


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モラル0のモヒカンサモナー 陣内亀助 @kamesukezinzin0617

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