第19話 アンビバレンス
東条さんとお出かけを約束してから週の半ば。
成り行きとはいえ、人生で初めてのデート?のようなもので、嬉しさが大半を占めていたが、月曜日~数日経過しても未だどこで何をするかなども決めておらず、あと二日程度で約束の日であることを自覚し始めてからは、頭の中は嬉しさから一転し「どうしよう」で埋め尽くされた。
当然ながら焦っているわけだが、都合よく「ここはこうしたほうがいいね!」「このコースがデートにオススメだよ!」なんて専任アドバイザーが、唐突に降って湧いてくるわけでもないし、相談できる相手などいるはずもなく。
学校の授業内容や課題も頭に入らず、頭の中は東条さんとデートするためのプランをノートに書き出して考えている始末。
父母に関しては、論じるまでもなく相談相手としてはありえないし、授業の合間…つまり休み時間を使って友達に相談しようものなら、その日から面白がってからかわれるのがオチだ。
「あ~…クソ。これじゃダメだ……」
「優斗、お前さ…最近ちょっとヘンじゃね?」
ぼやいたところ、放課後に話しかけてきたこいつは、黒沢高校に入学してから、ずっと話し相手になってくれている、数少ない友達の一人…名前を『
身長が高く、短髪で目が細い。活発な印象で人懐っこい奴だが、なぜかインドア派で無類のゲーム好き。
「ん?変って…?何が?」
「ん~よく分かんないけど、雰囲気がちょっとサバサバしているっていうか――それに輪をかけて、最近は上の空っつーか。」
「サバ……魚か?」
「さか……ちげーよ!はっきり言うようになったって言いてえんだよ!」
「そうか?別に普通だけど…」
「そういうところだ。ちょっと前だったら、もうちょっとこう、なんというか。モジモジしてたっていうか、自分の意見とか意思っての?言うタイプじゃなかったろ」
「うーん…」
(全く心当たりがない。バウンドレス・レルム内で、一人の『優斗』という人ではなく『モヒカン』として過ごす内に、自分の気持ちを表に出すことに抵抗感がなくなってきたのもあるのかな…それとも――)
俺の思考を打ち切るようにハキハキとした声で切り出してきた。
「お前、何か新しいことでも始めたのか?それとも環境の変化があったとか?」
突然、謎の身辺調査が始まった。手でアゴをさすりながら目を光らせ、探偵めいた表情でこちらの様子を伺ってくる。
「そーだね…」
「…ゴクリ」
こいつなりに心配してくれてのことなんだろう。早く帰ってデートコースの構築をしなくちゃいけないんだが。
「あった、といえば、あったな…」
「なになに!?」
すぐに顔を近づけてくるのが、こいつの変なところだ。
毎回押し戻して話を進めなきゃいけなくなる。
「まぁ…ゲームとか、そんな感じ……」
(本当はもっとあるけど…嘘は言ってない!)
「え!?優斗がゲーム!?……明日、雪でも降るんじゃないか…!?」
本気で心配したようにまた身を乗り出してきた。失礼なやつである。
「ほっとけよ!」
「あはは……でもさ、お前の家、クソ厳しいとこじゃん。ゲームとかぜってぇ許されないっつーか、その辺、どうしてんの?」
「そこは…ほら、うまく誤魔化して……」
「秘密にしてんの!?ほぇ~!!」
「……なんだよ」
「いや、お前、本当に変わったな。というか、本当に優斗か?偽物じゃないよな?どれ、ちょっと顔の頬を引っ張ってやる…!」
「あだだだ!!」
「お前は……誰だ!姿を…表せ…!」
「顔面がはがれるような特殊メイクして学校にいけるわけないだろ!」
手で払って抗議すると、柳澤はすぐに両手をあげた。
「ご、ごめんごめん!いや、まじでビビってさ。まさかお前がねぇ……いや、まて。冷静に聞きたい。そのゲームはそんなに面白いの?俺、ゲームには詳しいけど、これだ!ってゲーム…いわゆる『俺セレクション』っての??今までお前に見せてきたろ。それでも『見るだけのスタンス』を変えずだったお前がそんな自分から行動するなんてなって…思って。で、そんな引力のあるゲーム、俺の知らないゲームなわけがないだろうし、なぁ…ゲームの名前は…?教えてくれても別に問題ないだろ?お前の親にチクるわけじゃないんだし」
「面白いよ。自分で決めたことが、ゲームに反映されるからね。そこにいるのは、自分って感じがする。まぁ、栁澤が、他の奴に漏らさないって秘密守ってくれるんだったら、教えてもいいけど…?」
「いやお前、それってもしかして…答え言っているようなもんだが、確証はないか。…分かった。この漢、俺サマの言葉を信じてくれ。他には漏らさない!秘密は守る!」
教室に響くくらい大声で言ってる時点で説得力がない。だが、他の奴らも雑談してざわついているせいで、特に怪しまれなかった。
「声と顔がうるさい!」
「す、すまねぇ…ておい、顔がうるさいってどういう意味だ?」
ほとんど接点がなく、こいつの話を聞くだけの関係性だったが、思えば、きちんとまともな受け答えをして、共通の話題を持ったのは、これが初めての気がした。
「ちょいと耳をかしてくれ…」
「ん?いいぞ!」
柳澤は『顔』を近づけてきた。
「耳を貸せって言って顔を近づけてくるな。圧倒的に顔がうるさい。くさい。『耳』を近づけてこい。」
「す、すまねぇ。ておい…」
「(VRMMO の……Boundless Realm『バウンドレス・レルム』)だよ」
「……?」
柳澤はおふざけ半分でニヤけていた顔が真顔になり、前のめりになっていた姿勢を戻し、椅子に座ったままキョトンとした表情になった。ちょうど、魂が抜け落ちたといった表現を辞書に乗せるなら、今のこいつの顔を写真に収めるべきだろう。
「柳澤…?ど、どうした?」
「ば、ばうんど…もしや?いやいや、いやいや、まさか。俺としたことが、ゲームの名前を聞き間違えちゃったなぁ~。いや~、失敬。あまりにもやりたいゲームの…やりたくてもできないゲームの名前だったもんで、幻聴が聞こえたんだわ。ははは、で、ゲームの名前、なんだったっけ?」
心なしかこいつの目が血走っているように見えてきた。怖いぞ。
「バウンドレス――」
「あぁボンレスハムね、うまいよね。わかるわかるー。でも今はゲームの名前を聞いているんだ。」
「バウンド――」
「あー!!あああ!!」
それ以上聞きたくないと言わんばかりに両耳を塞いで叫ぶ柳澤。
柳澤の奇声は教室に響き渡り、何事かと注目を集めるが、彼が犯人であることを認めると、みんなそれぞれの雑談に戻った。柳澤が程よくぞんざいに扱われている証拠である。
「ありえないだろ……お前、もしかしなくてもβテスト受かったってこと?」
「あ、うん」
「っく……お前が変な様子だったり、話の前振りが慎重じゃなかったら、百パー嘘だって思ってたわ。でも、お前の様子から、嘘をついているようには見えない。つまりお前は世間で噂されているアレを……アレをおおおお!!信じられねぇえ!!お前、テスターの壁がどんだけ厚いかわかってんのか!?俺だって通らなかったんだぞ!」
「おちつけよ…なんで俺が説教されているみたいになってんだよ…」
「優斗……あ、いや…様!」
教室で突然土下座しても、咎められない。それが彼である。
「だれか柳澤を止めてくれ」
「優斗様、どうか俺をその話を聞かせてくださいませ。あわよくば、テスターの責任者に一席開けてもらえるように打診をば……」
「できるわけないだろ……みんな公平に応募してるんだし……柳澤、あきらめろ!」
「わたくしめのことは、どうぞヤナギンと愛称でおよび下さい。」
「キモい提案をするんじゃない!」
「ひらに、ひらにご容赦ください!」
「なんで謝っているみたいになってんだよ」
「うおおおお!!忖度のほど、よろしくお願いしまああああっす!!」
「叫んでもダメです」
言うべきじゃなかったかなと多少後悔しつつも、どうにかヤナギンを撒いて下校した。
今は東条さんとの一件があってそれどころじゃなかったのである。
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