第18話 東条さんとコミュニケーション…と思いきやデートの約束
「……くん……優斗くん。」
ぼんやりと意識が覚醒に向かっていく。誰かの声だ。聞き覚えのある優しい声。
だが、まだ意識は高ぶったまま。俺は思いの丈をそのまま言葉に乗せる。
「…町を、制圧してやったぞぉう……うう。………ん?」
そして気がつく。
自分が今"どちらか"であるかを、ログアウト直後に判断するのは難しい。
意識が現実に引き戻されるタイミングで、"向こう側の自分"として言おうとしていた言葉が、現実に出てしまうことは、そこそこの頻度で起きるらしい。
「うう……VRヘッドセットの…文字?」
はっきりと視界のピントが合い始めると、装着していたVRヘッドセットから[ログアウト中]の電子テキストが浮かびあがっている。
「ああ、そうか……戻ってきた…。」
つまり、ここはリアルで、フルダイブが"誰か"によって中断され、俺はその誰かに呼ばれている。
何度か経験しているが、まだ慣れない。
強烈で新鮮な記憶を無理やり植え付けられてたみたいだ。
だが、現実に戻ってきたのだ。
ようやく状況が飲み込めた最中、そんな俺の呟きに苦笑したメガネのお兄さんは、優しい表情とゆっくりとした声質で尋ねる。
「町を制圧なんて、面白そうだ。いったいなにをやらかしてたんだい?」
「雨宮さん……ってことは、ここは、リアルですね……。ううん…すこしフラフラする。」
体を起こそうとすると、ふらつきがあった。なので側にいた雨宮さんが手を貸してくれた。きっとフルダイブを中断したのも雨宮さんだ。
「おっと、大丈夫かい?優斗く……む…このノイズデータは……」
「……っ。支えてくれて、ありがとうございます、雨宮さん。……でも、突然フルダイブを中断するなんて、何か問題があったんですか?」
雨宮お兄さんは何かを呟いている。どうやら、俺のダイブデータのログが気になっているようだ。タブレットを取って、難しそうなデータの羅列とにらめっこをしていた。
「ん~……いや、これは。興味深い。」
「雨宮さん…?」
「…」
「おーい」
研究者というのは、自分の世界へと突然入ってしまうものなのだろうか。こうなっては考えがまとまるまでは、待った方がよさそうだな。
1分程度、ぼーっとしていると、雨宮さんはひとまずの結論に行きついたのか、持っていたタブレットに向けて頷いた。
「……うん。やはり、数あるテスターの中で優斗くんだけ、戻ってくるときの負担が大きいな。データを取ってノイズを減らさないと…。長期的なダイブの影響、リスクも再検討すべきか。」
言っている意味は相変わらず、よく分からないが。
「雨宮さん?」
雨宮さんは、ハっとすると、苦笑したまま目を細め、俺を起こすと悪びれる様子なく簡単に謝罪する。
「あ、あぁ……ゴメンゴメン。そうそう、優斗くんの退勤時間が迫っていたのと、君にお客さんが来ていたんだ。少し早いが、起きてもらったよ。」
部屋の時計を確認すると、短い針は五を指していた。夕方に帰宅するにしても、あと一時間くらいプレイできそうだったが、お客さんとあらば対応せねばならない。
「お客さん?…俺に?」
「そ、君に。」
雨宮さんがタブレットへ目を向けたまま、ダイブ室の入口に体を向けて指さすと、俺の目線も同様に入口に移動する。やがて、女の子の姿が目に入った。
きれいな長髪の黒髪で、メガネをかけている。
俺と目が合うと、すぐに俯いてしまった。
「あ…」
(
雨宮さんとのやりとりをずっと入口で見ていたのだろうか。出会った日から感じていたことだが、不思議な子である。
アプリで連絡先を交換して以来、音沙汰がなかったが、もしかしたら何かまずいことをしてしまっただろうか。
「雨宮さん、ありがとうございます。少し話を聞いてきます。」
雨宮さんはニタニタした表情で頷いた。
「うん、わかったよ。いってらっしゃい。…食堂が空いているから、君のセキュリティカードで通していいよ。食事や飲料も二人分注文するといい。休憩が終わったら、そのままあがっていいよ。」
「何から何まですみません。」
雨宮さんにお礼を伝えると、ゆっくりと立ち上がって部屋を後にした。
⚜⚜⚜⚜
東条さんを引き連れ、社内の食堂にやってきた。相変わらず空いている。
適当な席に座ると、彼女も俺の斜め向かいに座った。そこでようやく口を開く。
「…突然、ごめんなさい。」
「え?」
「……その…頭は、大丈夫、でしょうか……。」
「え、あたま!?」
「……(コクコク)」
東条さんは神妙に頷く。
これは、文字通り「頭が大丈夫なのか」的な意味で言っているのだろうか。それとも、思考回路的な話であろうか。もしそうなら、唐突な喧嘩の吹っ掛け方であるし、斬新なシチュエーションに他ならない。だが、多分、体調を心配してくれているに違いない。そうじゃなきゃ泣くしかない。
「だ、大丈夫。だと思う。」
東条さんは俯きつつも、時折こちらの顔色を伺っている。俺の言葉に対して、心底残念そうな表情をして言った。
「そう……ですか。」
(だからなんで残念そうな表情になるんだよ…!?泣くよ!?いいの?)
「う、うん……。それより、何か食べていこうよ、雨宮さんが出してくれるって。」
東条さんは言葉無く頷くと、席にあったタブレットから、デザートと飲み物をタップした。
俺はしばらく悩んだあげく、飲み物と、おにぎりをひとつタップ。
俺の注文内容を見た東条さんは、悲痛そうな顔をして両手を口元に持っていき、驚いたような様子を見せる。
「………!!」
それにしても言葉を使わない割に、喜怒哀楽がハッキリした人である。
(え…なになに、俺はどうすればいいの!?)
「ええっと……東条さん、どうしたの…?」
東条さんは目を閉じ、瞑想するように何かを思案し、「栄養が」「健康が」などと口ずさんでは眉をひそめた。やがて
「次は、私がお弁当を作ってきます。」
それだけ宣言したように言うと、決意めいた表情をして、到着したデザートに手を付け始めたのだ。
「え…?………ありがとう…??」
「はい。」
透き通るような声で一言返事をして、東条さんはデザートを一口。そして口角が上がる。
彼女が着用しているメガネ超しからは少し分かりづらかったが、改めて見ると綺麗な目をしている。顔立ちも整っており、そんな子が突然に笑みを浮かべようものならば、健全な少年の心を大きく揺さぶるには十分である。
(か、かわいい……っデザート、好きなのかな…?)
「か、かわ……っは!」
喉まで出かかった(というより出ていたが)言葉を飲み込む。
「かわ?」
東条さんはスプーンを持っている手を止め、こちらに注視している。まずい、切り抜けねばならない。
「か、か……川が見たい。川、良い。そう、川は良いもの。」
「…?」
「川、好きなんですよね。こう、流れる感じが、好きなんですよね。水だし、川最高。」
もはや意味不明である。
「…そう、なのですか?」
「え、うん。」
「それなら、見に行きますか…?」
「え"!?」
「川、一緒に……」
もしかして、東条さん「も」川が好きなのだろうか。いや、「も」というのはおかしいか。そもそも俺は可愛いという言葉を飲み込みかけて苦し紛れに発言しただけなのだから。お出かけ先として川が好きか嫌いかでいえば、好きだが、それにフォーカスして生きてきたわけでもなければ、専門的な知識があるわけでもない。
もし、東条さんが川ガチ勢だった場合、俺に落胆することになるだろう。何せ釣竿やキャンプ用品のひとつすら持っていないのだから。それだけは避けたいが、かと言って、友達となってから来た初めてのお誘いを断るのもマズイ。
「いや、なんだろ、その、俺は……そこまで――」
「嫌…でしょうか……」
東条さんがとても残念そうな表情をした。
(チクショー!どうにでもなれ!)
「行きましょう!!!だた、その、川じゃなくて、今回は、普通の買い物でも、いいかなーなんて。はは。」
「川じゃなくても、良いんですか?」
「ええもう、そうです。むしろ、今回は買い物がいいです。」
「……分かりました。」
どうにか川バッドエンドの運命から逃れたものの、東条さんが話したかった内容も聞きそびれてしまったし、流れで遊びに行くことになってしまった。(嬉しい)
俺としては、異性の友達と遊ぶなんて小学以来だ。人と仲良くできるのはとても嬉しい。
だが、冷静に考えてこれは二人きりのお出かけであり、世間一般的な常識に示し合わせてみれば、いわゆるデートの約束になってしまうんじゃなかろうか。と気づいたのは駅で東条さんに手を振った後であった。
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