第13話 まずは襲撃からと相場が決まっている。


 ヴァルザック騎士団


 レーンの町を活動拠点とし、実質的な支配下に置いている鉄の集団は、領主の館にも匹敵するほどの本拠地を町に置いていた。


 常駐の騎士団数は300にもなり、剣や魔法を得意とする者で構成されている、いわゆる武力組織だ。一介の町を守護するには、過剰な戦力だったが、町の安全と周辺魔物の掃討を掲げた彼らは、更なる組織の拡大を公言している。


 領主もそれを是とするかのように、資金を惜しむことなく騎士団に投入し続けており、妄信に近い信頼を寄せていた。


 今では、騎士団の言葉は領主の言葉にも等しく、彼らの存在こそが町での絶対的な戒律にも等しかった。


 のみならず、レーンの領主は、本来騎士には判断させないような政治、統治、税などの判断に至るまで、騎士たちの意見を仰いでいる。


 傍からみれば、あまりに騎士団へ依存的な領主に見えるが、この愚策に至るにも理由があった。昔、騎士らの介入があるまでは、この町が領主もお手上げの、あらくれだらけの無法地帯であったことが強く影響しているのだ。


 藁にも縋りたい状況で差し伸べられたその手は、さぞ輝いて見えたことだろう。


 やがて、町からならず者たちを追い出した騎士団は、町のヒーローとなった。領主をはじめ、町民たちは彼らをたたえ、また彼らも、正義と勝利をかみしめていた。


 だが、それも長くは続かなかった。


 増長した正義は時間と共に歪み、善悪の境界線をすべて騎士団が管理をする。誤った執行に異をとなえれば、正義の名の元に『異』は『悪』とされる。


 そして、腐った果実は、隣の果実も急速に腐らせていく。



 ⚜⚜⚜⚜



 ヴァルザック騎士団の本拠地は、大規模な人員を運用するため、大きな敷地内にいくつかの重要施設が役割に別れ、点在している。


 騎士たちを訓練するための練兵所、武装を保管、管理するための管理棟、日常生活を過ごすための宿舎。そして魔物を解体したり、犯罪者や不審者を一時拘留しておくための場所。他にもあるが、敷地内で特に目立った建物はこの辺りだろう。


 ちなみにこの拘留所はモヒカンが投獄された場所とは別である。


 それぞれの棟には日夜、キチンと見張りを置いているものの、教会の襲撃以降は人的リソースを町に割いているのか、数は平時よりも明らかに少ない。


 鉄壁の要塞の中、最近、不穏な噂が飛び交うようになったため、駐屯兵を減らさずにはいられなかったのだ。


 いわく、騎士団員が忽然と消えた。


 いわく、アンデッドが突如として表れて団員を容赦なく倒していった。


 騎士団内外で広がり続ける不穏な噂。


 ・・・


 次第に噂が大きくなり、無視できないレベルで広がっていくと、イゾベルは騎士団内でこの話をもち出すことを禁止し、罰則も設けた。根拠のない話や小さな恐怖は掟を揺るがすからだ。


 イゾベルの策は一定の成果を出したが、噂が縮小することはなかった。


 犠牲者の数が、日に日に増え続けているからだ。


 イゾベルはアンデッドの噂の真相を見破るため、ほとんどの騎士を町と周辺地域に送り出した。


 しかし、その策は裏目に出ることとなる。



 ⚜⚜⚜⚜



 深い霧に包まれた不気味な闇夜、頼りない松明に照らされた見張りの騎士は、不安げにな様子で周囲を警戒している。見張りとしてはやや頼りなく挙動不審な有様だ。


 現在、見張りとして駐屯している兵はわずか2名。共に入口の両端を守る位置にいる。


 無様な相方の様子を見ていた騎士の一人は、見かねて口を出した。


「おい、さっきから何キョロキョロしてんだ。俺たちは管理棟の守りを預かる騎士だぞ。今のお前は、まるで居もせぬ何かに怖がっているように見える。騎士ならば、堂々と立っていろ!」


「だ…だがなぁ。」


「なんだ…!」


「い、いやだって、お前。あの話が怖くないのか?みんな出払ってしまったし。」


「あの話?」


「……はぁ、ほら、最近、夜になるとアンデッドが現れて、少人数で編成された騎士たちを襲っているっていう……お前も知っているだろう?」


 最近の騎士団内は、その話題でもちきりだった。当然、表だって噂すれば懲罰ものだったため、密かに語られるに制限されていたわけだが。


「お前……その話をするのは団長に禁止されていただろう。……まぁいい。こんな夜に二人だけだ。どうせ誰も聞いていないか。…アンデッド…だったか?……馬鹿な話だ。どうせ、騎士たちがやらかしたヘマを面白おかしく誤魔化すために流した噂か、そこらの不届き者が我々を脅かすために画策しているってオチだろう。アンデッドなど、この町に出現するはずがないからな。」


「なんだってそんなに自身満々に断言できるんだよ?」


「そりゃ、お前。考えてもみな。この町は壁に守られているだろう。アンデッドのような、見るからに異様な魔物が外からやってくれば、道中、誰かが気が付かなきゃおかしい。夜とは言え、町は活気がある。冒険者の往来もある町の中と堂々と歩いてここまでやってくるのか?しまいには、突然現れるなんて、もっとおかしい。聞いたこともない。不可能だろう。」


「そうかもしれんが、生き残った騎士が、震えあがって、アンデッドだのなんだのって、うわ言のように何度も言ってたじゃないか……。」


「強い相手と対峙したとき、人は恐怖故に、相手を何かにみたててしまうものだろう。我々がイゾベル様をハンターウルフのように称えるのと同じだ。相手が相当にタフだったというだけだ。だが、しょせん賊の域を出ていないだろうがな。」


「……だけどよ。今日は俺たち以外、管理棟の見張りは居ないし、こういう時に現れそうじゃないか…俺は怖いんだ。もう帰りたい!」


 目線の先を周囲に向け、怯える相方に活を入れる。


「…いいかげんにしろよ!騎士ともあろうものが、そんなへっぴり腰で仕事が務まるのか!?」


 そういう彼も、内心は少し不安だった。全く怖くないと言えば嘘になる。だからこうして奮い立てるように、自分自身に言い聞かせるためにも大声で叱咤した。


 大声を出すと、強くなった気分になり、不安をかき消してくれる。そうでもしなきゃ、不安が伝播してしまうところだったのだ。


「うむむ……。」


「なんにせよ、俺たちは明け方までここに立ってなきゃならん。どうせ噂だ。万一出てきても、人には違いないんだ。人が相手なら槍でつついて、それでしまいだ。わかったな!?」


「……。」


 二人の会話が途切れたその時、管理棟の裏側から物音がした!


 ―カラカラカラ……―


「…!? 誰だ!」「ひいいい!」


 騎士の内、怯えていた一人は腰を抜かし、もう一人は槍を構えて周囲を見渡す。


 やがて、物影から闇の尖兵が姿を見せた。


 大きな体格、窪んだ両目はどこまでも深い闇を映している。剣をひとつ佩いて、防具は何も着用していない。背中には大きな荷物を背負いこんでいた。


 なによりも、おぞましいのは、それが骨だけで動いているということだ。


「カタカタカタカタ……!!」


「あ、あああ!あああ!!アンデッドぉおお!でたぁぁあ!!やっぱり噂は本当だったんだぁあああ!!」


 怯えていた騎士は頭を抱えて丸まってしまう。


「チィ……!!落ち着け!…こいつはアンデッドだが、みろ。最弱のスケルトンだ!冷静に対処すれば、怖くはない!……しかし、こいつ。ここまで見つからず、まるで管理棟から突如現れたようにみえる。いったい、どんなカラクリを使ったんだ…?」


 噂の正体が、本当にアンデッドであったことには驚いたようだが、相手がスケルトンと知るや否や、騎士は油断している。


「まぁいい。頭をつぶしてしまえば、こんな相手――」


「カタカタ……!」


 スケルトンは緩急を使ったような動きで、突然素早く動き始め、近くにあったタルを蹴飛ばして転がし、戦う意思のあった騎士を入口から放す。


「うおっと…!?」


 激しくバウンドしながら転がり向かってくるタルを回避するために数歩、入り口から離れる騎士だが、スケルトンはその隙を逃さなかった。影のように素早い動きで、怯えていた騎士の背後までまわり、首根っこを掴んだのだ。


 そして、有無を言わさず剣を抜き、素早く騎士の首にあてがって、カタカタと不気味な音を鳴らす。


「ヒィ…!」


 状況は、スケルトンが騎士一人を人質にとって、管理棟の入口を押さえた形になった。


「カタカタ…!」


「ヒイイイ!!たすけ、たすけぇ!なんでも、なんでもぉ!なんでもぉぉするうう!」


「んな!?スケルトンが人質を使うだと!?術者が操っているのか!?」


 騎士が周囲を見回すが、術者らしき者はいない。


 スケルトンは管理棟の入口を剣で指し、騎士の首を斬るような(実際には斬らずの)動作で脅しをかけた。


 まるで「この管理棟の入口を開けなければ、こいつを殺す!」と言っているように見える。


 戦う意思のあった騎士はその機微を察するが、首を振った。


「スケルトンに意思があるとは驚いた。だが、お前の要求は飲めない。我ら騎士団は脅しに屈しないし、アンデッドになんて尚更だ!今すぐそいつを放すんだ!」


 だが、恐怖した騎士の意思まで同じとは限らなかった。


「いや、いやだあああ!鍵、鍵もってます!俺、の、右腰にかかっていますううう!」


 恐怖のあまり、鍵のありかをアンデッドに伝える。


「馬鹿!お前!」


 スケルトンは捕らえた騎士の腰から鍵を引き抜いて、人質を乱暴にぶん投げた。解放された騎士は脇目も振らず遁走。


 これで状況は、スケルトンが鍵を入手し、騎士とは一対一。どんどんアンデッド側に優位に状況が動いている。


 見極める能力がある兵であれば、この時点で鎧を着こんだ男を軽く投げられるスケルトンに警戒をするだろう。だが、焦りと興奮からか、騎士は疑問に感じず、一人でも戦うという最悪の選択をする。


「くそ…!最弱のアンデッドなど、すぐに冥土へ返してやる!我が槍を受けよ!」


 管理棟の入口を素早く解錠したスケルトンは、扉を盾にし、突き出された槍先を受ける。


「カタカタ…!」「な…!扉で槍を受けただと!」


 さらに、槍先が刺さった扉を、そのまま内側に引き込むようにして、持ち前の膂力を使い、騎士を管理棟内に引き込んだ!槍を放さず持っていた騎士も、そのまま引き込まれる。


「ぐぁ…!?なんて力だ!!」


 引き込まれた勢いで槍先の刃は扉から抜けるが、室内戦の状況を作られてしまう。管理棟内部は、重い荷物を置いておくため、たくさんの柱が立っており、長物を満足に振ることができない。


「き、貴様…最初から室内に誘導するつもりだったのか!」


「カタカタカタ!」


 スケルトンは、おぞましい笑みを見せるように、カタカタと頭蓋を揺らし、剣を抜いたまま騎士へと迫る。


「く、くるなぁーーー!」


 ―カンッ―


 パニックになった騎士は槍を振り回すが、運悪く刃先が木材の柱に当たり、抜けなくなってしまった。


 スケルトンは相手がその場から動かないと確信すると、管理棟内部の中心まで向かった。


「カタカタカタカタ……」


 ゆっくりと、背負いこんでいた荷物を下ろす。


「お、おい!お前、何をしている!!」


 騎士の言うことを気にも留めず、スケルトンは荷物をひっくり返して中身を地面に散らばせた。


「そ、それは……バクレツダケ…!!お、お、おま…お前、まさか!!」


「カタカタ…」


 スケルトンは『これが何か分かるか?』とでも言いたげに頭蓋を揺らし、発火性の草を取り出した。


「も、もしや自らもろとも、爆死する気か!?最初からこれが狙いで…!?や、やめろ。早まるな!」


「カタカタカタ!」


 スケルトンは手慣れた動作で、発火性の草に火打石で着火させた。やがて火は大量のバクレツタケに引火する。


「うわああああああ!!」


 騎士は全速力でこの場を離れる。


「カタカタカタ!」「あああああああ!!」


 ―ッボゥ―


 引火する。


「カタカタ!!カタカタ!!」「ばぁかあああああ!!」


 二人がまばゆい光に包まれ…



 ―ドガァアアアアアアアアン!!―



 闇夜を照らす、大きな炎が生み出された。


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