第6話 教会を襲撃する


 あれから俺とハゲは、スラム地区のボロ宿で身を潜めている。囚人たちを引き連れ、堂々と詰所の正面から脱獄し、現地解散したのだ。


 脱獄に際して、衛兵たちも決死の抵抗を見せたが、相手が装備をろくに着用していなかったこともあって、思いのほか数の暴力でうまくいった。


 外に出ると、囚人たちは喜びの奇声をあげながら、バラバラに逃走したが、ハゲだけは俺についていくと言って聞かなかったので、仕方なくお供させている。他の囚人たちについては、無事に町から出られることを祈るばかりだ。


 それから丸一日は、こそこそスラムで隠れて過ごしている。


 ゲーム内の次の日になっても、雨宮お兄さんが起こしに来ることはなかった。現実世界と時間軸が違うにしても、ここまでたっぷり遊べるなんて思っていなかった。


 長時間遊べるのは喜ばしいことだったが、そんな感情とは裏腹に、ゲーム内での俺の立場は割と追い詰められている。


 脱獄後は落ち着くまでは潜伏と考えていたが、思いのほか退屈だし、どちらかと言えば町の事態は悪化していたのだ。大通りを偵察したときには、騎士や衛兵どもが「モヒカンを探せ!」と叫び、慌ただしく走り回っており、捜査の手が緩む気配がないし、道のあちこちに、似ても似つかない凶悪な面相をしたモヒカンの手配書が出回っているのだ。


 どうしてモヒカンばかりが追いかけ回され、ハゲの手配書がないのか。不満である。


 そんな隠遁生活(ゲーム内にて約一日)があまりにも退屈だったので、もうクラスチェンジして普通に冒険したいとゴネた。チュートリアルにしても長すぎなのだ。


 ハゲの盗賊おっさんと隠遁を続けるゲームになんの魅力があるというのか。だから俺はクラスチェンジしてとっとと冒険するのだ。


「…俺は、もうクラスチェンジして普通に冒険したい。外に出たい。」


「旦那、クラスチェンジって……もしかして教会に行くつもりか?今はやめておいたほうがいいぜ。」


 どうやら、教会とやらでクラスを変えられるらしい。尚更、こんなところに居たくない。


「何故だ…。」


 ハゲは窓から外の様子を伺いつつも、声を潜めて諭すように言った。


「何故って……旦那、状況わかっているんですかい?…今出たところで、また牢にぶち込まれるのがオチでさ。」


「それでもだ。行動せねば何も始まらないだろう。」


 ハゲは呆れたように「やれやれ…」とつぶやいた。


「まぁ、百歩譲って、教会に行くこと自体はできなくはないだろうさ。教会に幾らか払えばクラスチェンジの恩恵を受けられる…。だが…。」


「問題があるのか。」


 含みを持たせたと思えば、やがて顔をしかめて続ける。


「問題しかねぇ。旦那が教会に行ったところで神官は、嫌がって祝福を授けようとはしないだろうさ……なんせ俺らは札付きの悪党だぜ。神官共は、ご立派なルールとやらで悪には加担しないと豪語しやがるからな。行ったところで、『神に誓って~悪には屈しませ~ん!』とか何とか言って、聞いちゃくれないだろう。まっ旦那の外見であれば…あるいは…脅せばどうにでもなりそうでやすが…」


 ハゲは自信なさげに肩をすくめてみせた。


(ゲームの仕組み上、おたずねものは町の施設を使わせてもらえないとか、そういう類の話なのかな。バケツ一個壊したくらいでそんな…ペナルティにしては重過ぎる気が……。あれ?ハゲはクラスに就いていたような…?)


 俺はメニューを呼び出し、ハゲのステータスを確認する。すると、やはりクラス名が表示されていた。


「……そうか。だがお前のクラスは『兇賊きょうぞく』とやらになっているみたいだが。それは教会で得られたクラスじゃないのか。」


「…俺のは…スラムの連中共と、賊まがいの生活を続けていたら、いつの間にかな…。ま、クラスの獲得方法はひとつじゃねぇって話だ。……旦那、いっそスカウト系のクラスになってみねぇか?それなら今、俺が教えてやれるし、教会に行くリスクを負う必要も、騎士どもに追われる心配もねぇ。盗賊はいいぞ!」


「絶対嫌なんだが。」


 俺の即答に対し、ハゲは悲しそうな表情とつぶらな瞳でこちらを見ている。


「…。」


「嫌だぞ。」


「旦那…二回も言わなくても伝わるからな。ちょっと傷ついたぞ。…それなら、どうするつもりなんだ?旦那がどんなクラスになりたいかは知らねえが、専門的な技能を得られるツテがないなら、教会に行ってクラスチェンジするしかなさそうだぞ。少なくとも俺たちじゃあ、選択の幅は狭い。」


「それなら、もう、襲撃しかないな…。」


「おいおい、なんでそこで襲撃になるんだ…… 潜入して、神官でもさらうとか、やりようは色々とあるだろうに… 。」


「では、まずは襲撃して、それから神官を担いで逃げればいい。」


「一度、襲撃から離れちゃくれやせんかね…?」


「俺は、えん罪でぶち込まれたことを割と怒っているんだ。それに…」


「それに…?」


「まずは襲撃から、と相場は決まっているんだよ。」


「なんの相場だよ…?いや、そんなことよりだ。旦那…。やっぱ外に出るのだけはやめようぜ。」


 ハゲはボロ家の入口に立って、外に出るなと必死に説得を試みる。


「今や俺たちゃ、ただのならずものじゃあない。賞金首だ。町のいたるところに旦那の手配書が貼られているし、逃げた囚人も一日だけで何人か捕まったと聞きやした。イゾベルも躍起になって、旦那を首謀者に祭り上げたあげく探しているって話でさぁ…。」


「俺は悪いことはしていない。」


 バケツは壊したけど、奪い返した荷物の所持金はすっからかんだったのだ。きっと衛兵が奪ったんだ。それなら、もう、弁償金は本人に渡っていて、貸し借りはなしのはず。


「……衛兵を牢にぶち込んだあげく、囚人を全員解放したのはどうなんでさ。」


「コラテラルダメージだ。」


「コラテ……なんすか…それ。あのなぁ……旦那、あんまりこの町の騎士を信用しないほうがいいぜ。奴らは表立っては正義を謳っていやすがね、性根は俺らと同等か、それ以上に腐っている。本当に助けて欲しいときは見ないフリして、路地では子供や動物を蹴り上げるような奴らばかりだ。」


「……。」


「旦那が良いことをしてようが、悪いことしてようが、騎士団にとっちゃどうでもいい。俺たちみてぇなのをしょっ引くことに生きがいを感じている奴らに、何を言っても無駄だ。また外に出れば、牢屋にぶち込まれるのがオチだぜ。奴ら、歩いてるだけで難癖つけやがるんだ。俺は旦那には、きっちり生きててもらいてぇんだよ。俺たちゃ『奴らの顔色を伺いながら、いざという時には言いなりになってりゃ、すべてうまくいく』……簡単な話だろう?」


「それは…。できない。いや、したくない。」


 ハゲは俺をよくしてくれているが、こればかりは譲れない。


 権力者から指示されたり、言いなりになるなんて、正直、まっぴら御免である。月並みであっさい感情かもしれないが、もう嫌なんだ。もう、うんざりなんだ。そんなこと。


(俺、なんだか考え方がおかしくなっちゃったのかな。このアバターのせいかもしれないけど。)


 脱獄が成功したとき、自分の中の何かがハズれたような気がした。生への実感を、あろうことか仮想空間の舞台で感じ取ってしまった。


 生きているって気がしたんだ。


 自由の味を知った小鳥は、もう二度とカゴには戻らないだろう。


 空を飛ぶこと自体に意味はないかもしれないが、飛ぶことそのものが生きがいなのだ。


 たとえ翼が折れることになったとしても。大型の鳥の餌食になったとしても。寒空に体を切り裂かれるような思いをしてもだ。


 そうしたいのだから、仕方がない。


 ただそれだけの、シンプルな本能である。


「ハゲよ、俺は…奴らの顔色をうかがってまで、ここで生きていたいとは、思わない。これは反逆であり、俺たちは決して屈しないという…意思だ。不条理で、非効率なのは、十分に理解している。」


「……旦那。」


 しばらく考え込むと、ハゲは覚悟を決めたように頷いた。


「ふうむ……旦那。その気概…嫌いじゃないぜ。そうだな……どうしても教会を襲撃するって言うのであれば……あっしもついてきやす。それが絶対条件だ。」


「いいだろう…それで手を打とう…だが少し待ってくれ。」


(その前にレベルアップの処理をしておかなきゃね…。)


 俺は覚えたての操作でウィンドウを呼び出すと、ステータス画面を開いた。ステータス画面を見るには「ステータス」と呟くか念じるだけでいい。偶然知った機能だが、AIさんはそんな基礎も教えてはくれなかったからね。


 ___________________


 [ステータス]

 [ NAME: モヒカン(AIによって自動命名) ]

 [クラス: ]

 [ LV: 5 ] < EXP: ■■□□□□ 36/100 >

 現在のカルマ値: -200


 ※ステータス未振り分け: 25

 [ HP: 500 / 500 ]

 [ MP: 100 / 100 ]

 [ STR: 20 ]

 [ DEF: 15 ]

 [ AGI: 15 ]

 [ INT: 15 ]

 [ LUK: 1 ]


 <装備>

 右手: (クギバット)

 左手: (装備中の防具名)

 頭 : (装備中の防具名)

 胴 : (ボロの服)

 足 : (装備中の防具名)


 <スキル>

 (習得済みのスキル名)

 (習得済みのスキル名)

 (習得済みのスキル名)


 <称号>

 【脱走の蛇】 

 ・永久的に、カルマが0から上昇しなくなります。

 ・悪属性のキャラクターから好感を得られやすくなります。


 ___________________


 いつの間にかレベルがあがっていた。脱走クエストをクリアしたお陰だろうか。


 余計なカルマ減少に加え、変な称号、そしてキャラクター作成のぽんこつAIさんによって、俺の名前がくそダサい「モヒカン」と命名されている。タップしても何も起きず、名前の変更ができないようだ。


(手配書などで薄々感じていたが、まさか正式名称がモヒカンとは……かっこ悪すぎる。それになんか運だけめちゃくちゃ低くないか……これもAIさんによる仕業なのか?だとすればさすがにムカつくぞ!)


 後ほど、雨宮お兄さんに報告して、あのAIさんを叱ってもらおう。


(武器は…よしよし、ちゃんと装備できているな。武器の装備は手に持つだけでいいんだな。)


 武器は脱走の時に取り返したバット。勇者の服はダサすぎて捨てた。衛兵の武器などは、店で換金するなり武器として使うなりしようかと思ったが、奴らが使っている武器なんて死ぬほど使いたくなかったし、売ったところで足がつきそうなのでやめた。この町で衛兵の装備なんか買い取る商人なんて、いないだろうし。


 血のしたたる鈍器を、これ見よがしに見せびらかせながら、大通りを闊歩するのもどうなんだとは思うけれど…今はこれで十分である。


(ステータス未振り分けが25…?これを能力値に加えていけばいいのかな?)


 1レベルのときから5ポイント振り分けできたようだが、ウィンドウの出し方もわからなかったので仕方がない。このタイミングで振り切ってしまおう。


(こんなもんでいいか。)


 ___________________


 [ HP: 500 / 500 ]

 [ MP: 100 / 100 ]

 [ STR: 20→30 ]+10

 [ DEF: 15→20 ]+5

 [ AGI: 15→20 ]+5

 [ INT: 15→20 ]+5

 [ LUK: 1 ]


 ___________________


 ゲームに詳しい友達はこういうパターンは「極振りがいいよ!」と言っていたが、どういうことかよくわからない。何をどう振り分けるのか基準すら曖昧なのだ。なので、素人は素人らしく、ひとまずバランスよく振っておく。知見の有る者が見ればアレコレ怒りそうだが、初心者なので許してほしいところだ。


 運は低すぎて上げる気がしなかった。そもそも1ってなんだよって話。気が向いたときにあげておこうとは思うが…。


 モヤモヤする部分はあるものの、ハゲがソワソワし始めたのでこの辺りでウィンドウとの睨めっこを切り上げた。


「さて、襲撃に向かおうか…。俺たちが隠れているだけのくそったれだって考えを、変えてやろう。」「あいよ!!」


 モヒカンとハゲによる、教会襲撃計画が企てられた。



 ⚜⚜⚜⚜



 聖ヴァルザック大聖堂


 誰一人座する者の居ない横長の椅子たち。それを一望できる司教座に背を向ける男が一人。


 天使のような純白のローブを纏い、神の石像に向かい、静寂の中で熱心に祈りを捧げていた。

 

「…全能の神インダムよ。どうか迷える子羊たちをお救い下さい。愚かな民を導き給いし、汝の御力と栄光を、どうかお示しください。…全能の神インダムよ――」


 星空に輝くステンドグラスの下で、壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返して祈りを捧げ続けるが、石像は静かに沈黙を守るばかりである。


 司教の側に控えていた修道女が、申し訳なさそうに告げる。


「オーウェン様、その、申し上げたきことが…。」


 祈りを邪魔されたのが気分を損ねたのか、司教は不満そうな様子を隠しもせず、鋭い目で修道女を一瞥する。その眼光は、司教や慈悲とは程遠いほど冷たいものだった。


「…なんだ、イレーネか。こんな夜更けに何用だ。明日は、貴族様のクラスチェンジが控えているであろう。」


 イレーネと呼ばれた女性は、若干狼狽えながらも胸に手を当て、握り拳を作ると、心を強く持って答えた。


「祈りの最中に、申し訳ございません。ですが、どうしても聞いていただきたいのです……最近、町の外で、ひどく魔物が活発化している影響で、怪我人が後を絶ちません。以前も申し上げました通り、無償で、神の御心の奇跡の元、癒しを施してあげるべきだと具申いたします。昨日も小さな子が魔物から逃げ遅れてひどい怪我をされていて――」


「またその話か、もうよい。」


 イレーネの話を途中で制すと、咳払いをして司教はステンドグラスを見上げる。


「……ゴホン。よいか、イレーネよ。神とて、救いの手を差し伸べる相手は選ぶものだ。万人に差し伸べては、本当に救いを必要とする人に目が届かなくなる。寄付金はそのための、選別だ。故に治療費を無くすなどということはできない。突然そのような措置を始めれば、過去に対価を払った者の気持ちはどうなる?…それが当たり前になれば、どうする?医療は公平であるべきなのだ…分かるかね?」


 優しい先生のように、ゆっくりと言って聞かせる姿勢はどこか反抗を許さない雰囲気を纏っていた。


「ですが、オーウェン司教様。その考えは、物資が有限である場合の話です。私たちの術は一日休めば、また何度でも使えるようになります。我々が安寧の日を送っている間でさえ、苦しんでいる者がいます。……小さな子供が差し伸べる手が、本当に救いを必要とする手ではないと、どうして言い切れますでしょうか。すべての人、すべての職業、すべての年齢の人に対し、一律に同額の値段を設定するのは再検討の余地があるのではないでしょうか。このような危機的状況ですよ……それに、慈悲の対価を決めたのは、神ではなくオーウェン様です。第一、寄付金だって高額すぎて子供たちには到底――」


「黙れ…!」「っひ……!?」


 安らかな佇まいはどこ吹く風か。今の司教は鬼の形相で修道女を睨みつける。いとも簡単に剥がれ落ちた慎ましやかな慈悲のメッキは剥がれ落ち、言葉は乱暴なものへと変化した。


「…黙って聞いていれば、慈悲だ救いだ?危機的状況だぁあ??修道女の分際でいつから司教に説教をできる立場になったのだ?えぇ?正論並べて、知ったような口を聞くんじゃない!それに…たかが薄汚いガキ一匹、なんだと言うのだ。そんなゴミ、どうせスラムで野垂れ死にするのが関の山だろう!治療するだけ時間の無駄だ!魔物など、騎士団が駆逐するまで待てばいい!その間に出た犠牲など、我々が関与する必要はない!!金持たぬものに、生きる資格など無い!」


「な、なんてことを…!」


 畳み掛けるようにイレーネを指し、激しい口調に交じって唾を飛ばすオーウェン。イレーネはその姿に絶句する他ない。かつて彼女が理想を見た師は、もはや見る影もなかった。


「いいか!イレーネ!…次同じことを言ってみろ。無駄口を聞けないようにしてやる。わかったなら、もうくだらないことで祈りの邪魔をするな!!」


 言いたい放題言うと、司教は急速に胡散臭い笑みを取り戻し、優しい声に切り替わった。


「………イレーネ…今日は部屋に戻って、祈りを済ませ、もうゆっくり休みなさい。明日は貴族様をお迎えする予定があるのですよ。」


「……。」


 腐敗に塗れた司教の顔には、救いの二文字など微塵も無かった。あるのはただ、金と権力への執着を塗りたくった、救いようの無い笑みだけだ。


 教会は、腐敗に堕ちている。それこそ、一度すべてを白紙に戻さなくては、修正ができないほどに。


 今、この教会に根差す救いの教義など、ただの世迷言と同義だ。『強者のための救い』に、救いの本質たらしめるものなど如何ほどあろうものか。修道女から見ればそれは、ただの淘汰である。


 だがそんな夢想をしたところで、修道女一人にできることなど限られている。


(私は、なんて無力なんでしょうか……。)


 イレーネは力なく座り込んでしまった。彼女の手には、孤児から貰ったガラス玉が握られている。


(救いを求める子供たちに、明日からどんな言葉をかけてあげれば良いのでしょうか……。)


 きっと子供たちは、悲しむだろう。そう思うだけで、彼女の胸の奥は張り裂けそうなほどの痛みに支配されていく。


(いったい、どうすれば……。)


 そんなときだった。別の修道女の一人が、慌てて飛び出してきた。


「オーウェン様!…オーウェン様ぁ!」


「次から次へと…今日は一体なんなんだ、騒々しい!」


 その修道女はオーウェンの睨みを気にも留めず、慌てて入り口を指す。


「賊の襲撃です!既に火の手が回っております!」


「…なんだと!?よもや教会の寄付金を狙って……?くそ、どこから嗅ぎつけたんだぁ!?えぇい…!やむを得まい!」


 オーウェンは慌てた様子で演説台の下の隠し扉を開く。すると大量の"寄付金"が顔を覗かせた。これだけの金があれば、スラムのみならず、たくさんの人を救うことができたのに。


 イレーネは、賊が出たという事実よりも、司教が大量に金を隠し持っていたという事実にただ絶句した。司教のたわごとは、まさしく、たわごとだったのだから。


「まずい、すぐに、全部…全部持ち出さなくては…!」


 やがて両手いっぱいに抱えた眩い黄金たちが、無遠慮にこぼれ落ち、オーウェンの目線もそれを追いかける。慌てて屈めば、更に金貨が散らばる。


「あわわわ…私の、大切な金貨たちが…!」


 尻を突き出し、転がる金貨を必死で追いかける司教。


 聖職者とは思えない無様な姿に、イレーネの目つきは自身でも信じられないほどに、次第に冷たく、鋭くなってく。


 襲撃を知らせたもう一人の修道女が手伝いを申し出るが…


「オーウェン様!その…お手伝いいたしましょうか?…火の回りが早く、そろそろ避難した方が…」


 司教はその手を払いのけた。


「えぇい!その汚い手で触るな!触るなぁ!この金は、私の、わたしだけの金だぁ……!きんぴかを、触るんじゃあないいぃ!!」「も、申し訳ございません!」


 そうこうしているうちに、賊共が姿を現してしまった。賊共は、慣れた手つきで油を撒くと、壁側や椅子に火を放ち向かってくる。


 オーウェンがすぐに避難をしていれば、避難は間に合ったかもしれない。だが、金に溺れた司教はそんな危機感を感じ取ることすらできなくなっていたのだ。


「オーウェン様!賊が来ました!もう逃げましょう!」


 教会の入口には、松明を持ったハゲと鈍器を肩にかけたモヒカンの二人組が…!



 ⚜⚜⚜⚜



「ヒャッハー!理由は知らんが、旦那に言われた通り、火をつけるぞぉおお!!」


 襲撃に否定的だったハゲは、いざやるとなると、俺なんかよりもずっとイキイキとしていた。油を手際よくぶちまけると、松明で火をつけていき、教会の敷地を効率的に放火していく。


 火をつける意味は特にないが、これで襲撃っぽくなっただろう。形から入るのも重要だ。


 俺はそれらしい言葉を並べてハゲを称賛した。


「よくやった、ハゲ。いい調子だ。教会を燃やせば、司教は驚く。やがて俺たちに恐怖し、クラスチェンジをしてくれる。完璧な作戦だ。」


「そうか?それならいいんだ! ヒャッハー!!火をつけるぜえ!!熱くなるぜぇー!!」


「うむ…次は一番大きな建物だ。いくぞ。」


 俺は意味深に頷き、教会で一番大きな建物の扉を蹴り開ける。ここに重要なNPCがいる気がするんだ。


 バァァァン!


 両開きの扉が半壊しながら開く。


(どうだ…!)


「旦那、あいつがこの町の司教だ!何度か町で偉そうにしているところを見たことがあるぜ!」


 ハゲが目ざとく松明で指した先、奥で偉そうな人が金貨を抱えたまま驚いている姿が見えるじゃないか。


「よし、火で退路を塞げ。俺たちが逃げられる程度に抑えておけよ……。」


「へい!」


 司教らしきNPCはこちらを賊と認めるや否や、悲痛な声で叫び散らす。


「ごみ共がぁあ!!……神聖な教会を汚したのは、お前たちか!畜生めがぁあ!!…何が目的だ!金か!金が目的なのか!ビタ一文やらんぞぉおお!!」


 ハゲは作業を終えるや否や、その凶悪な顔を松明の火で照らす。


「へへへ……司教さんや。そう興奮しなさんなって…てめぇに恨みはねぇが、うちの旦那が必要としているんでなぁ?…ちょいと旦那をクラスチェンジさせてくれやぁ…!」


 司教はその言葉を受け、目を丸くする。金貨を拾い集める手は止まったままだ。


「なんだと!?金が目的じゃないのかぁ!」


「…クラスチェンジだ。」


 俺の気迫に圧倒される様子の司教だが、彼はこの期に及んで自我を曲げない男だった。焼け落ちていく教会の中、額に汗を垂らしながらも、オーウェンは口の端を吊り上げてみせる。


「っは!…はははは!……なるほどな!!合点がいったぞ。…お前はまだクラスチェンジしていない新参の賊と見た。であれば、絶対に断る!!」


「なんだとぅ~!?燃やしてやろうか!立派に整えたヒゲからいってしまおうか!あぁん!?火は熱いんだぞぉ!!」


 ハゲが司教の前に詰め寄り、松明を振り回して威嚇した。食事の場にいたら盛り上がりそうなファイアーダンスのパフォーマンスに見えなくもない。


「…こ、怖くないぞ!!賊めが!!我が金…いや、教会をこんなにした者の…それも賊の言うことなど、死んでも聞いてたまるか!!第一、普通はもっとこう、金を積むとか秘密裏に取引するだろう!いきなり火を放ってお願いするとか、貴様らは頭おかしいんじゃないかぁあ!?」


「うるせええ!!旦那を馬鹿にすんじゃねええ!!」


 ハゲがイキり散らし、ファイアーダンスのような威嚇動作が早くなる。司教のハートは思いのほか強かった。よほど金を生み出す施設を破壊されたのが気に障ったらしい。


(やはりちゃんとした手順でクエストを受けなきゃダメなのかな?)


 諦めかけたが、ハゲが機転を利かせた。


 松明で脅すのを止めると、その顔は悪い男の笑みに変貌したのだ。


「そうかそうか、司教さんや。いいのかい?そうこうしている間にも教会は燃え続けている。もう柱が落ちてきてもおかしかねぇ。あぁぁん!!このままじゃあ、その大事な大事な『寄付金』も使い物にならなくなっちゃうんじゃあないかぁ…?だが、頼みを聞いてくれるってんなら、運ぶのを手伝ってやってもいいと、旦那はそう言っているぜぇ……?」


 司教はハっとして、自らが抱える金に目をやる。


「っは…まさかお前たちは最初から時間稼ぎが目的で…!!」


(いや、全然違うけどね…。)


「このままじゃ、ご自慢の金ぴかが、お前の腹ん中みてぇに黒コゲだぁ!」


 ハゲのアイコンタクトが止まらないので、仕方なく頷いておく。


「うむ……。」


 俺が頷いたのを見ると、ハゲは付け加えるように言った。


「大人しく旦那をクラスチェンジしてくれるなら、今すぐ金の運搬を手伝おう。断ったら騎士団が駆けつけるまでの間、荷物を運ぶのを全力で阻止する。てめぇの大切なヒゲと金はコゲコゲだ。すぐ決めろ!」


(手伝う選択をしても、こっちとしては騎士団が来たら逃げるしか手はないけどね。)


 ハゲは重要なことを言わずに交渉を進める。まったく、悪い男である。


「そ、それでも…こ…断る!!どうせ用が済めば殺すのであろう!!賊に金を触られるくらいなら死んだほうがマシだああ!きんぴかに近づくんじゃあないい!!」


「ッチ……旦那。どうしやすか。ラチがあきません。気絶させて運ぶのも手だが、このおっさんは臭くて重そうだ。」


「うむ…。たしかに、臭くて重いのは運ぶのには向かないな……。触れたくない。」


「誰が臭いだああ!!畜生どもがぁああ!!誰か、騎士様を呼べえぇ!」


 司教が癇癪を起すと同時、修道女の一人がか細い声をあげた。


「あの…!! 私…私でもオーウェン様と同じことができます!!あなたを、クラスチェンジさせられます!」


 親の仇を見るようにオーウェンは目を丸くして叫ぶ。


「イレーネェエエ!!気でも触れたかぁ!!なぜ教会を焼く賊に手を貸すかあぁあ!!この恩知らずがああああ!!」


(何故かはわからないが、この子が協力してくれそうだな…。)


「旦那、それならこの非協力的な野郎はもう必要ねえだろ。どうする?」


 ハゲは司教の口を布で縛り、腕と足の自由をロープで奪う。放っておけばこの火事で死ぬことになるだろう。彼は協力してくれなかった。だがしかし、それはちょっとなぁと悩む。


「生かしておく…ただし…協力してくれなかった罰として、俺と同じモヒカン姿に刈り上げろ…!」


(そのあとで路上にでも放置しておけば、騎士団が俺と勘違いして、逃亡の時間稼ぎができるかもしれないからな。クギバットも彼の横に置いておけば完璧だ。)


「旦那…その仕打ちは、死んだ方がマシってもんでさ。…こいつは、たしかに腹立つ相手だが、モヒカン姿にしちまうのは、あまりにも残酷だ。……考えてなおしちゃくれやせんか。」


 それだけはいけないと、ハゲは真剣な表情で首を横に振った。


(なんだろう……俺の見た目について、滅茶苦茶に文句を言われている気がするんだが。気のせいだろうか?)


「……ひとまず全員外に出ろ。そして司教は、刈り上げだ。すぐに、刈り上げだ…!!いいな!そして、その汚い金は外にでもばら撒いておけ。」


 俺の圧力に屈したハゲは、大人しく司教を刈り上げ始める。


「わ、わかったよ……ったく。ひどい仕打ちだぜ!」


「むううううう!?!?」



 ⚜⚜⚜⚜



 ハゲは司教を素晴らしいモヒカンに仕立てると、その辺の路上に捨てた。


「終わったぜ!旦那!…やべ、時間を使いすぎた。騎士団の連中がきなさったぞ!」


 青く清楚な騎士服に身を包んだ男共が、こちらに向かって走ってくる。ざっと数十人居るだろうか。そろそろ潮時だ。


「教会で火事だ!すぐに人を寄越せ!他の騎士団たちを集めろ!」「消化を急げ!生存者の確認もだ!」「お前は倉庫からだ!俺はこっちを当たる!」


 もはやここに留まる理由はない。


 虚ろな目をして横たわる司教の側にクギバットをお供えする。


「今日から、お前もモヒカンだ。良かったな。」


「…。」


 司教の虚ろな目から大粒の涙が零れ落ちた。


(そんなに嫌がらなくても……。)


 教会は燃え上がり、司教はモヒカンになり、俺はクラスチェンジの切符を掴み取った。ミッションコンプリート。


「…いくぞ。イレーネだったか。すまないが、君にもついてきてもらう。もうここでアレコレする時間が取れそうにない。」


「…はい、分かりました。」


 俺は修道女を抱え、ハゲと共に闇夜に燃え盛る教会を後にする。


 後に司教は、被害者として騎士団の取り調べを受けたものの、モヒカンたちが荒らしに荒らしまくったことがきっかけとなり、寄付金の不正横領が発覚した。更に、芋づる式に司教の悪事が露見。相応の処罰が下ることになったのだった。


 "ピコン!"


 ___________________


 SYSTEM: WARNING! カルマ値が -400 減少しました。

[要因]

・神聖な教会を襲撃 (カルマ-50)

・放火 (カルマ-50)

・人さらい (カルマ-50)

・司教を強制的にモヒカン姿にした (カルマ-250)

・司教の悪事を暴いた (カルマ+0)※称号により獲得値が0になりました。


 『Result』

 ・100%のEXP を獲得 !!

 ・修道女を誘拐 !!

 ・称号【畜生】を獲得 !!

 ※関わった人が悪属性になる可能性があります。


 [Next] [閉じる] 5秒後に自動でウィンドウが閉じます……


 ___________________


 [ステータス]

 [ NAME: モヒカン(AIによって自動命名) ]

 [クラス: ]

 [ LV: 6 ] < EXP: ■■□□□□ 1/100 >

 現在のカルマ値: -600


 ※ステータス未振り分け: 5

 [ HP: 500 / 500 ]

 [ MP: 100 / 100 ]

 [ STR: 30 ]

 [ DEF: 20 ]

 [ AGI: 20 ]

 [ INT: 20 ]

 [ LUK: 1 ]


 <装備>

 右手: (修道女)

 左手: (修道女)

 頭 : (装備中の防具名)

 胴 : (ボロの服)

 足 : (装備中の防具名)


 <スキル>

 (習得済みのスキル名)

 (習得済みのスキル名)

 (習得済みのスキル名)


 <称号>

 【脱走の蛇】【畜生】

 ・永久的に、カルマが0から上昇しなくなります。

 ・悪属性のキャラクターから好感を得られやすくなります。

 ・関わった人が悪属性になる可能性があります。

 ___________________


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