第4話 モラル0のモヒカン


 想定を超えた設備の数々に言葉を奪われる。雨宮お兄さんは、呆けた俺たちを他所に、エレベーターから降りて、筒状の建物の前へ向かった。首から下げたカードキーを認証端末に通し、専用の機械に顔を認証させると、手招きした。


「ほら、何してるの。優斗くんとそっちの子、おいで。」


「あ、すみません。今行きます。」「…っ」


 小走りで雨宮お兄さんに追いついた。女の子も後ろをついてくる。やがて扉を抜けると、これまた真っ白な廊下と明るい証明に照らされた部屋が続いていた。


 細長い廊下から無数に枝分かれする扉のないガラス張りの部屋には、すでに専用機でダイブしていると思われるプレイヤーたちがベッドで横になっていた。部屋割りは性別事に分けられているようで、入り口には同姓の警備員が割り当てられている。


「君たちは30分遅れだから、レクリエーションは無いけど、一応聞くね。VRゲームは初めて?」


 少女は首を横に振って否定する。その様子を見届けて俺は発言した。


「俺は初めてです。」


「ふむ。まぁ…そうだろうね。」


 キツネ目になったお兄さんは納得したように頷くと、廊下を歩きながら説明した。


「まず、βテスト期間中は、機密保持の観点から、当然ながら会社で用意した場所で遊んでもらうよ。開始時間は朝10時からスタートで、終了は17時まで。今日を含めて、土日に関しては22時まで開ける予定だ。君たちが今見ている部屋には、今日の10時に集まってくれた人たちが先んじてダイブしている。ダイブインする部屋のセキュリティは万全を期しているから安心してくれ。」


 それぞれの部屋には研究員らしき人と警備員が常駐してくれるようだ。


「次に、使う機材だけど、市販されている汎用VRコンシューマー機に向けての最適化が済んでいないから、うちで用意してる専用のものを使ってもらう。とは言っても、汎用機とほとんど同じの、頭に着用するタイプの小型機だし、性能には差はないから、販売後に違和感を感じることはないはずけどね。」


 先にダイブしている人たちは、目元が覆われるタイプのサングラスに見えなくもない、専用の機械をつけている。友達が自慢するために学校に持ち込み、没収された汎用VR機とよく似ているものだった。


「ダイブ後は、機密保持契約書に関するサインと、IDカードの手渡しがある。顔認証はVR機材を通して自動的にやっておくから心配はいらないよ。優斗くんに関しては、少しだけ残ってもらうことになるかもしれない。いいかな?」


 俺は学生だから、何か追加で書かなきゃいけないことがあるのかもしれない。それで言えば隣の女の子もそうだろうけど、聞く勇気はなかった。


「はい、問題ありません。」


「うん、いい返事だ。君たちの部屋はそっちと、こっちだね。担当者から機材を受け取ったら横になって、耳元のボタンを押す。17時になったら一度起こすけど、ログアウトしたいときはいつでもGMコールするといい。……そうそう、ゲーム内時間はリアルタイムよりもずっと遅いから、その点も心配はいらいないよ。それじゃ…ほかに質問はある?」


「ありません。ひとまずやってみます。」「…(コク)」


 俺の返事に続いて、少女もうなずいた。


「よし、私はしばらく席を外すけど、何かあれば近くの大人に声をかけてね。それじゃ……楽しんで!」


 そう言って雨宮お兄さんは手をひらひらさせ、奥の扉を開けて去っていった。


「えっと…それじゃ、また。」


「…は、はい。また……。」


(どうしてこの少女は俺だけだと喋るんだろう。)


 少女と別れ、割り当てられた部屋に向かった。


 部屋に入ると、すでに何人かの先客がダイブしている。もちろん全員男だった。心拍数のようなものを計測するモニターと睨めっこしている、いかにも研究者な男がこちらに目を向けた。


「おや……優斗君ですね。雨宮さんから聞いています。準備ができたら、そこに寝てください。準備ができたらヘッドセット着用後、横のボタンを押してくださいね。」


 白衣に身を包んだ男性から、指示を受けて清潔感あるベッドへ促される。


「はい」


 ベッドに腰かけると、ヘッドセットを渡されるのでそれを着用して、横になった。ボタンを押す。



 ⚜⚜⚜⚜



 意識が途切れる。


 次に目を開けると、黒い空間に無数のポリゴンテクスチャが雨のように降り注ぐ、幻想的なフィールドだった。俺と意識できるもの以外、何もない。俗に言うチュートリアルってやつだろうか。


 景色に圧倒されていると、突如、声が響く。


『Boundless Realm《バウンドレス レルム》の世界へようこそ』


「ひぇ…!?」


 唐突に脳内に声が響く、生まれて初めての感覚にくすぐったさと驚きを覚えた。俺の反応をよそに、脳内の声は説明を続けた。


『まず、ここではあなたの分身となるキャラクターを作成してもらいます。リアル世界の姿を元に反映させる方法と、一から作成する方法があります。どうなさいますか?』


「それなら…一から作りたいです。」


『それでは、あなたが理想とする姿をイメージしてください。』


「それだけでいいの…!?」


『キャラクター作成フェーズにおいては、何らかのウィンドウが浮かび上がって、調整していくようなものではありません。お望みであれば、そういったインターフェースを今作成しても良いですよ。ですが、イメージが固まっているのであれば、ある程度完成させられます。細部の調整においては、完成したアバターを直接触ることで可能です。言語プロンプトや、生成してほしいイメージを伝えるテキストプロンプトは不要です。』


「プロ…?インターハイ…?」


 キャラクター作成にもプロというものがあるらしい。よくわからないので謝罪しておこう。


「すみません。よくわからないのでイメージでいいです。」


『承知いたしました。それでは、理想のアバターを想像してください。』


(う~ん……。)


 なんだかんだあって、ここまでこれた。そしてここまでの過程において、確信したことがある。


 それは、俺は自身で選択したことが、とても楽しいことなんだということだ。たとえそれが、レールの上から外れることであったとしても。


 俺が渇望するのは既定路線ではない。叶うならダイブインする世界で窮屈に生きるのではなく、自由でありたいのだ。


 自由とは選択であり、余地であり、そして、それを自分で選び取るという結果である。


 それ自体が理想で、本当に欲しいものなんだろう。そんなキャラクターを、作ってみたい。


(でもそれじゃあ、まるで、決められたレールを嫌う、自由を渇望するならずものみたいだ。)


『……承知いたしました。』


「え?」


 何やら瞑想していた内容をコンピューターが勝手に汲み取ってしまった。


『優斗様の理想形をある程度ブラッシュアップし、アバター化しました。ご確認ください。』


 俺の目の前に出てきたアバターは……


「も、モヒカン……!?!?しかもなんか怖い!」


 デデーン!という効果音までつけて現れたのは、身長は190、筋骨隆々、強張った顔と蛇のタトゥー。出張った骨格、所々破けた服に、トゲトゲ、血糊がついたクギつきバット。そして……モヒカン。


(どこからどう見ても敵キャラです。本当にありがとうございました。)


『どういたしまして。ほかになにか役にたてることがあれば、なんなりとお申し付けくださいね!』


「心を勝手に読むんじゃない!」


『柔軟なキャラクター作成のため、思想プロンプトを介するサブルーチンで構成されております。』


(言っている意味もわからないし、皮肉も通用しないとは、とんだポンコツだ!)


『む……聞き捨てなりません。その発言は従業員間コンプライアンス違反です。ただちに社用ヒヤリハット申告書に記載の上、リスクマネジメント管理部署に提出する必要があります。重大なインシデントは小さな人間関係の軋轢から生じるとプログラムされています。締め切りは4営業日迄です。』


 何を言っているかわからないポンコツは放置しておくとしても、このキャラクター作成は看過できない。こんなものでログインなんて、できるわけない。


「いやいやいや……いやいや…ないでしょう。これはない!」


 キャラクター作成を担当したAIさんは、不服げな沈黙を保った後、仕方なしといった具合に発言する。


『どういうことでしょうか。優斗様の理想を体現したこの完璧なプロンプトに、なんの不備がありましょう?』


「機械のくせに、なんで少し反抗的なのさ。あのね、俺がイメージするのはね、勇者様みたいな金髪碧眼で……」


『ップ』


(今こいつ、馬鹿にした!?今こいつ、人のことばかにしたよね!?!?)


「AIのくせになまいきだぞ!」


『そのようなレッテルを張っている内は、優斗様が勇者のような人格になることはないでしょう。勇者とは見た目にあらず。故に生まれや思想の違いに寛大だと私のデータベースから導き出されました。つまり、結果的には優斗様はモヒカン男が相応ということです。この完璧なプロンプトに齟齬はありえません。私は超高性能AIです。』


「ぜんぜん、つまりの因果関係になってないんだが!?作り直しを要求する!」


『そこまで仰るなら……どうぞ?』


 さすがに、これ以上は人の意思には逆らえないようにできているのか、しぶしぶ。本当にしぶしぶと了解した自称、高性能なAIさんは指示を待った。


「ったく……いくぞ!」


(金髪で、青い綺麗な目で……すごく勇者なキャラクター!作成!)


 暫くはポリゴンの海が流れ続ける。そしてAIがキャラクター作成完了の旨の通知を出した。


『優斗様の理想形をある程度ブラッシュアップし、アバター化しました。ご確認ください。』


 俺の目の前に出てきたアバターは……


 デデーン!という効果音までつけて現れたのは、『金髪』で『青く澄んだ目』をした男だった。


 俺の望んだ通りだ。


「おお…ん?」


 しかしながら、身長は190、筋骨隆々、強張った顔と蛇のタトゥー。出張った骨格、所々破けた服に、トゲトゲ、血糊がついたクギつきバット。「勇者」と刻印されたシャツを着用。そしてお約束の……モヒカンだった。


「これモヒカンじゃあねぇかぁ!!」


 人生においてこれほど突っ込みを入れたことなんてあっただろうか。


『すべての要件を満たしました。』


「満たしてねぇー!!こんの、ぽんこつがぁ!」


『む……お客様のご意見は、開発チームにお伝えいたします。それでは良き旅を。キャラクター作成シーケンスを完了。不適切な発言により、チュートリアルを強制終了します。アバターと優斗様の統合を開始……!』


「あっ!こいつ!勝手に終わらせようとしている!ちょっと待って!ねぇ!」


 俺の思考はそこでホワイトアウトした。



 ⚜⚜⚜⚜



「ふざけんじゃねえええええ~!!!」


 穏やかな中世の街並みに、突如として異質とも言えるそれは、野太い声で現れた。


 石畳を踏み抜くほどの重々しい足音と共に、群衆の間から威圧的な巨体が突如、前触れもなく。


 身長はゆうに190は超え、鍛え上げられた筋肉は鎧のように強靭で、その男の周囲だけ空気が凍りついたように感じる。


 完璧に刈り込まれた金髪のモヒカンは威嚇と反逆の象徴。氷のように青い瞳は、殺意の感情を押し殺した猛獣のそれだ。


 顔には強張った緊張が張り詰め、こめかみから顎にかけて刻まれた蛇のタトゥーが、まるで生きているかのように脈打っている。


 出張った骨格、所々破れた服からは、荒々しいまでの生命力が表れており、幾つもの戦場を潜り抜けた傭兵にも引けを取らない。そして、その右手には、見る者を戦慄させる禍々しいクギ付きの木製鈍器。突起の所々にこびりついた血糊がしたたり、地面に赤いシミを作っていた。一体、それで何人の哀れな犠牲者を生み出してきたと言うのだろうか。


 静寂。鳥のさえずりさえ聞こえないほどの静寂から一変し、悲鳴があがった。


「ぎゃああああ!!助けてぇ~!!!」


 一番近くで水汲みをしていた若い女性は、木製のバケツをモヒカンに投げつけ腰を抜かす。


 抵抗むなしく、厚い胸板に阻まれたバケツは無力にも地に落ち、乾いた音を響かせる。大男はそのバケツをあろうことか、力を誇示するためだろう。思い切り踏み抜いて見せたのだ。


「くっ……うまく歩けないな。」


 女性が投げつけたバケツだったものの破片を拾い上げ、震える女性に差し出すモヒカン。


「ダメにしちゃったね。」


 凶悪な笑みを浮かべる、その男の言葉は、あまりにもわざとらしく、女性の抵抗が無力であることを知らしめるには十分な効果があった。


「ひいいい!?!?…次は私をダメにするとでも言うの!?やめて!そんなこと!!…だれか!だれか助けて!!」


 女性の悲鳴を聞きつけた衛兵や、近くにいた冒険者たちがモヒカンを囲む。まるでレイド戦に挑むプレイヤーとボスの関係性のようだ。それ以外の人たちも、なんだなんだと集まってきた。


「そこのモヒカン!すぐにその女性から離れろ!今なら捕縛だけで済ませてやるぞ!弁明するならこの場で申せ!」


「弁明は、ない…!」


 衛兵の一人がモヒカンに槍を向けるが、その大男は、ただ寡黙に一言伝え、その切っ先と衛兵を交互に見続けているだけだ。捕らえられるものなら、やってみろと言いたげだ。衛兵は、それを挑発と受け取った。


「…いいだろう。そっちがそのつもりなら…!」


 槍を構えた衛兵が突撃しようと試みるが、直後、その腕をとって止める人物が現れる。


「そこまでだ。ヘンリー、槍を下げろ。この男は凶悪だ。お前では鈍器のシミになるのがオチだ。」


「ヴァルザック騎士団長のイゾベル様……!しかし、こいつは女性が持っていたバケツを破壊して―」


 イゾベルと呼ばれた女性の騎士は、鉄の小手で彼の発言を制し、空いてる手で腰に佩いた剣の柄に手を伸ばす。


「私に、任せろと言ったんだ。……おい、そこの不届き者。器物破損によりお前を拘束する。私はヴァルザック騎士団長のイゾベル。既に知っているとは思うが、お前程度の実力では、この町の安全を預かる私に敵わぬ。理解できたなら、その武器を放棄しろ。しなければ戦いの意思があるとみなす。この剣に誓って、平和を乱すものは許さないぞ!」


 モヒカンは凶悪な笑みを浮かべ、イゾベルが言う通り、木製の鈍器を捨てる。それだけで周囲を囲む衛兵たちは後ずさりをした。


「…!よ、よし、確保!」


 イゾベルの指示の元、十人近くの衛兵によってロープでぐるぐる巻きにされた大男は、牢獄に連行された。


 モヒカンがこの世界に降り立って、ものの数分の出来事であった。



 ⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜⚜



[ステータス]

[ NAME: モヒカン(AIによって自動命名) ]

[クラス: ]

[ LV: 1 ] < EXP: ■□□□ 1/100 >

[ HP: 100 / 100 ]

[ MP: 50 / 50 ]

[ STR: 20 ]

[ DEF: 15 ]

[ AGI: 15 ]

[ INT: 15 ]

[ LUK: 1 ]


<装備>

【なし】

右手: (装備中の武器名)

左手: (装備中の防具名)

頭 : (装備中の防具名)

胴 : (装備中の防具名)

足 : (装備中の防具名)


<スキル>

【なし】

(習得済みのスキル名)

(習得済みのスキル名)

(習得済みのスキル名)

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