第19話 独裁者
ドライヤーを借りて髪を乾かして、綾乃部長にお礼を告げて。
「リビングで待ってて?」と言われたため、言われた通りリビングで時間を潰して。
室内干ししてある僕の体操着の前に扇風機をセットした部長が戻ってくると、僕は案内されるまま螺旋階段を上がり、二階にある一室へと向かった。
先に部屋に入った部長がリモコンを手に取り、エアコンをつける。
「……お邪魔します」
「そんなかちこちに固まってないで。どこでもいいから座って?」
緊張で部長の声が右耳から左耳へと素通りする。
なにせこの部屋は見たことがある。この前の金曜の夜、ビデオ通話で見た部屋。それが指し示す事実とは、僕が好きな子の部屋に上がっているという事象だ。
暗めの水色のカーテン。ベッド上にはたくさんのぬいぐるみがある。テディベアや猫、ビデオ通話の時に映っていたペンギンのぬいぐるみもちゃんとあった。
ベッドのある反対側には勉強机があり、部活で使っているノートパソコンが乗っている。
部屋の絨毯の上には丸い座卓があって、座椅子がある。背の高い本棚には参考書のほか、大衆小説がずらりと並んでおり、その隣のカラーボックスにも小説が揃っていた。
並んでいる小説の中にはなぜか一冊だけ、高そうな布のブックカバーがかけられている。
「あんまり眺め回しても、特にいいものは置いてないわよ?」
ぼーっと部屋内を見渡していたのがばれて、僕は慌てて謝罪する。
「すみません、つい……」
「見られて困るものはないからいいわ」
そう言って綾乃部長はベッドの縁に腰掛け、足をぱたぱたさせる。仕草が可愛い。
そのまま部長は手にしていたスマホに視線を落とし、操作し始めた。
「んーと……おうちデート、健全。定番は映画鑑賞だけど、この前一緒に見たばかりだし。本を読む……のも、小説にして書くなら地味なのよねぇ……」
どうやらスマホで、おうちデートでやることを検索しているらしい。
確かに今どきの高校生が親のいない家でおうちデートなんて、不健全なイメージしかない。健全な範囲内で何をするかと問われるとすっと思いつかないくらいだし。
「一樹君、何かいいアイデアはある?」
「テスト勉強、と言いたいところですけど……部長は部誌の方が心配ですよね」
綾乃部長は地頭がいいうえに普段から勉強をしているからか、テスト前に焦って勉強……なんてことはあまりやらない。僕も似たタイプだし、だから部誌の完成の方が先決だ。
まあ僕は部長ほど頭は良くないし、帰ってからは勉強するつもりだけど。
それでも今は部長の家にいるというボーナスタイムを大事にしたい気持ちの方が大きい。
「そうね。一樹君が勉強したいなら、それでもいいけれど」
「いえ全く。……執筆、は小説のネタにならなさそうですし。ゲームとかどうでしょう」
僕がそう言って床に座ろうとすると、部長にむっとした顔で手招きをされた。どういうことか察した僕は、部長から適切なディスタンスを取ってベッドの縁に座る。
ちらりと部長の顔を見たが特に何も言われなかったため、正解だったらしい。
「二人でする恋人っぽいゲーム──ポッキーゲーム?」
「それはゲームというか飲み会のレクリエーションというか……ポッキーもないですし」
「ポッキーがある仮定のもとやれば問題ないじゃない?」
「それはただのキスなのでは」
「……それもそうね。でも、あとは……王様ゲームとかかしら」
「ゲーム知識が飲みの場か合コンかに偏ってません?」
飲み会ではいいかもしれないけど、恋人っぽさからはややズレている気がする。
……いや、飲み会でもよくないか。仮に二十歳になった部長が、職場なんかの飲み会の場で誰かと王様ゲームをしている姿なんて想像したくもないし。
「私。中学三年生の卒業の時にあったクラス会で初めてやったのだけど、強かったのよ?」
「王様ゲームって強いとかあるんですね」
「ええ。五回くらいくじを引いて全部王様になって、暴虐の限りを尽くしたわ。番号を決める以外は命令もカードで決まってたし、あまり楽しくはなかったわね」
「なんですかその独裁者ゲーム……」
なぜだろうか、場の冷めた空気が容易に想像できる。
「……ぱっと思いつくのはそれくらいかしら。一樹君、何かない?」
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