第20話 スマホゲー




「僕はアナログなゲームはあまり知らないので、やるならスマホゲーとかですかね」


「スマホゲーって、一樹君が時々部室でもやってるやつよね?」


 部長がスマホを横持ちにして、ぽちぽちと画面を押しながら聞いてくる。


「あれはソロ向けのタワーディフェンスなんで、違うゲームの方がいいんじゃないでしょうか」


「タワー……よく分からないのだけど、一緒にできそうなものもあるの?」


「ちょっと待ってくださいね。今ストアで調べてるので……。あ、これなんかどうですか?」


 僕はスマホの画面を部長に見せ、アプリストアで見つけたゲームを勧めてみる。


「これはどういうゲームなの?」


「二人でプレイできて、ガーデニングをするシミュレーションゲームらしいです。難しい操作もなさそうですし、一緒にプレイするには良さそうじゃないですか?」


 僕が部長に勧めたのは、仲のいい友人や恋人と一緒にプレイするタイプの、庭を豪華にしていくアプリだ。菜園や花を育てるほか、他の人の庭に遊びに行ったりもできるらしい。


 基本プレイは無料だし、アプリ評価も五段階評価で四と高い。


 僕はゲームを一緒にプレイする友達はいないし、彼女なんてもっての外だからプレイしたことはないけれど、このゲーム自体の評判は中々良いと聞いたことがある。


「一樹君がそう言うなら、試してみる価値はあるわね」


 そう言って部長は自身のスマホを操作し、ストアからアプリをインストールし始める。僕もインストールを押し、ダウンロードが終わってアプリを開いた。


「部長も準備ができたら始めましょうか」


「ええ。多分、準備できたわ。スタートを押したらいいのよね?」


 部長は普通に座っているのにもう疲れたのか、そう言いながらベッド上に移動した。そのまま横になるのかと思いきや、僕の背中を背もたれのようにして座ってくる。


 手を繋ぐのとは比較にならないほどの表面積で部長に触れ、僕の呼吸がぴたりと止まる。


「まず初めに名前ね。何がいいと思う? 一樹君。……一樹君?」


 服越しだからセーフだと心中で十回ほど言い聞かせたところで、ようやく呼吸が再開した。危うく綾乃部長の部屋で、殺人事件を起こしてしまうところだった。


「いえすみません。僕はいつもゲームで使ってる名前があるんで、カタカナのカズでいきます。部長はそうですね……ペンネームのイメージで名づければいいんじゃないでしょうか」


「じゃあ私の名前は『カズ/サブ機』にするわね」


「僕が二人用ゲームを一人でやってるかわいそうなやつみたいになるじゃないですか⁉」


 思わず僕は首を振り返らせ声を上げる。名前入力欄の下に『※名前の変更は課金アイテムが必要になります』とあるし、一度つけた名前は実質取り返しがつかない。


「なら、『カズの恋人4』にしようかしら」


「それはそれで嘘っぽさが急上昇しますよね……。あと4って」


 カズ、四股してるのばれちゃってるじゃないか。ツッコミが追い付かない。

 おそるおそる僕は綾乃部長のスマホ画面を覗き込む。しかしやはりと言うべきか冗談だったようで、ちゃんと部長は『アヤ』という名前でユーザー登録を完了させていた。




 そうして僕らは共有の箱庭を整えていくゲームを始めた。


 はじめは小さな小屋と狭い庭があって、お金を稼いでどんどん広くしていくらしい。


 デイリーミッション以外に、花やその種、庭で育てた野菜をショップで売るほか、庭の豪華さや綺麗さが上がるだけでもお金が貰える。後半の要素はどこからお金が湧いてくるのか疑問だが、普通シミュレーションゲームなんてそういうものだろう。


「これは……ここに種を植えたらいいのよね」


「そうみたいですね。欲しい種と園芸道具をショップで買って……あ。ゲーム内通貨も二人共同なんですね。そしたら僕はミッション達成用のやつだけ揃えていきますね」


「ショップはここね。んーと──へぇ。意外と色んな花の種があるのね。アスターだったりペチュニアだったり、花言葉まで考えられているのかしら?」


「花言葉ですか?」


「ええ。例えばさっきの二つ、アスターは『相手との共感』、ペチュニアは『あなたと一緒なら心が安らぐ』みたいな意味があるから」


「へえ……凄いですね」


 部長の解説に僕は感心する。二人用のゲームならではという感じだろうか。


 確かに、ショップにはあまり見たことのない種類の花の種も並んでいるし、花言葉から選ばれているとすれば、中々粋なことを考える制作会社だ。


 今のように二人でプレイするなら、花言葉の意味でも盛り上がれるだろうし。


「一樹君一樹君。今植えたばっかりなのに、もう芽が生えてきたわよ?」


 ちょっとはしゃいだ様子で、綾乃部長が名前を連呼してくれる。可愛い。


「ゲームなんで、だいぶ時短されてるみたいですね。成長剤を使ったら一瞬で花が咲くみたいですし、そういうものとして捉えたらいいかと思います」


「まあ、春に植えたものが初夏まで咲かなかったら飽きちゃうものね」


「そうですね。……あ、部長。左上のじょうろのマークで水やりできますよ」


「これ? あ、ほんとね。ありがと一樹君」


「いえ。あとその隣の矢印アイコンは、花壇の位置とか変えられるみたいです」


 花を植えて水をやって、育ったら種が取れるためそれをまた植えて。ミッションクリアで得たお金で新しい花の種を買ったり、ベンチなどの庭に置く飾り家具を買ったり。


 ゲームだということでいつもより饒舌になった僕は、談笑にも花を咲かせて。小一時間もする頃には、規模は小さいけれど、様々な花の咲き誇る可愛らしい庭が完成していた。


「よし、ミッションも今できる分は達成しましたし、庭もいい感じになってきましたね」


「ん……そうね。いい感じに──……うん」


 僕の達成感溢れる喋り方とは違い、部長は疲れたのか小さな声で反応を返してきた。



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