第17話 お風呂(健全)




「別に一樹君から入ってくれてもいいのだけど……」


「いえ、それだけは譲れません。部長が先に温まってください」


 着替えとバスタオルを片手に、一番シャワーを譲ろうとしてくれる部長。ありがたく気持ちだけ受け取っておいて、僕は部長を脱衣所に押し込みドアを閉めた。


 僕も頭を拭く用と足を拭く用とで二枚バスタオルを受け取ったため、タオルには困らない。


 若干制服から水が滴っているため、それだけが気がかりだ。フローリングに水染みでもできたらどうしようか。張り替え費用なんて、したことがないからよく分からない。

 いや、雨水くらいで考えすぎなのかもしれないけど。


 足を拭くためのバスタオルを廊下の床に敷いて、僕がその上に乗って考え事をしていると、脱衣所の扉越しに綾乃部長から声がかかった。


「一樹君? 廊下じゃなくて、そこから左に行ったリビングで待っててもらえる?」


「あ……でも、僕も結構濡れてますけど」


「あわよくば覗きたいとか、入浴中の音を聞きたいっていうなら別にいいけれど」


つつしんで移動させていただきます」


 次の言葉を待たずに僕は床に敷いたタオルを手に取り、廊下の奥へと向かう。真正面に見えた二階へと繋がる階段をスルーして、左手の暖簾を捲った先にリビングはあった。


 これはあれだ。LDK、というやつだ。


 どこか落ち着かないモダンな空間。落ち着かないのは部長の家だからかもしれない。

 左側に広がるのがリビングだ。タオルを敷いて足を踏み入れる。いかにも高級そうな材質のベージュの絨毯じゅうたんが敷かれているため、その手前で僕は立ち止まる。


 そこで部長がお風呂から出てくるまで、僕はスマホでもいじって待つことにした。


 そうして──十五分ほどが経って、僕はくるりと視線を一周させる。


 ……いやだって、ただスマホをいじって待っているのも暇だというか。招き入れてもらったんだし、リビングの中を見るくらいなら罪に問われることはないだろう。


 リビングには台に乗った4Kテレビがあり、その手前には三人掛けの白いソファがある。

 観葉植物なんかもあって、でもすっきりと整った空間だ。


 リビングの反対側に広がっているのはダイニングキッチンだった。


 軸の細い丸テーブルの周囲に、見たことのない脚の形をした椅子が四脚。

 おしゃれなうえに物が乗っていなさすぎて、これが食卓なのが信じられない。僕の家の食卓は、調味料やレトルト、チラシなんかでいつもごちゃごちゃしている。


「…………」


 僕が部屋をぼーっと眺めていると、背中にそーっと指でなぞられたような感覚があった。


「……っ⁉」


「一樹君、お風呂空いたわよ?」


「……。びっくりさせないでくださいよ」


 振り返って、僕は私服に着替えた綾乃部長を視界に収める。


 だぼっとした水色のルームウェアは、特に下がショートパンツのような丈になっていて、非常に目のやりどころに困る。可愛いのは可愛い。でも、刺激が強すぎる。


 髪はドライヤーで乾かしたのか毛先の一本一本が流れており、人形のように綺麗だ。

 しかもなんかいつも以上にいい匂いがする。まったくもって落ち着かない。


 綾乃部長は部屋着姿も特に恥ずかしがるでもなく、僕に新しいタオルを手渡してくる。


「そういえば一樹君の着替えだけど、お父さんのは大きいだろうし……」


 綾乃部長のお父さんは大きいらしい。部長は背が低いので、ちょっと意外だ。

 まあ僕と背丈が同じくらいだったとして、僕に部長のお父さんの服を借りる勇気はない。


「着替えなら体操着が無事だったんで。それ着ますよ」


 部活用と通学用を兼ねた鞄の底から、折り畳まれた体操着を引っ張り出して部長に見せる。部長は、んー……と、気乗りしない様子で僕の全身を眺めてくる。


「それだと汗かいたときの服になっちゃうでしょ。……でも、制服はぐっしょりなのよね」


「そうですね。でも、そこは帰ってまたお風呂入ればいいんで」


「……ん。じゃあ、そろそろ入ってきた方がいいわ。ほんとに風邪ひいちゃうから」



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