第16話 葉月宅への訪問
結果としては、部長の家に着いた頃には二人ともびしょ濡れだった。
更に勢いを増してざあざあ降りになった雨にやられたのだ。
水も滴るいい女、とは聞いたことがないけれど、部長は水に濡れても可愛い。
白い頬に張り付く
綾乃部長はすっぴんで可愛いという、全国の女の子に羨ましがられるであろう美貌の持ち主のため、化粧らしい化粧はしていない。つまり雨に濡れても落ちる化粧がない。
まあ、あまり見るのも失礼に当たるだろうと、視線はほとんど逸らしたままだけど。
部長の家は二階建ての一軒家で、小さな庭のある新しめの家だった。外観はベースが白く、でも汚れはほとんど目立たない。築十年は経っていないんじゃないだろうか。
「…………」
洋風チックな家の玄関。その庇の下で立ち尽くし、より強まる
その間に綾乃部長は家の鍵を開け、がちゃりと扉を開け中に入っていく。
これで一応、部長を家に送り届けるミッションは成功だ。急な雨のせいで寄り道も何もできなかったのは心残りだが、部長の家を知ることはできたのは一歩前進だろう。
しかし、ここからまた帰るのか。雨は強まるばかりで、一向にやむ気配はない。
部長に頼めば傘くらいは貸してくれるだろうか。
どうしたものかと僕が思案していると、中から「一樹君?」と声がかかって扉が開いた。
「どうしたの?」
「ああ、部長。よかったら傘を貸してくれませ……っ⁉」
綾乃部長の方を見た僕は、慌てて再度視線を逸らす。夏服の薄い布が肌に張り付いていて、鎖骨の形なんかがはっきりと分かる。僕には刺激が強すぎて目の毒だ。
しかし部長はそんなことは気にしていないのか、不思議そうに続けてきた。
「傘? そりゃあ帰るときには貸してあげるけれど……先にお風呂に入っていったら? そんなびしょ濡れのまま帰ったら、一樹君が風邪ひいちゃうでしょう?」
「Oh……I’m allowed to do that(そんなことが許されるんですか)……!?」
「驚きすぎて口調が似非ネイティブっぽく変わってるわよ?」
「すみません、取り乱してしまって。ですが、家に上がらせてもらうのは流石に……」
これ以上、部長を見ていると流されそうな気がして、僕は早く帰ろうと踵を返す。
──と、綾乃部長はサボサンダルを履いて僕の後ろにやってきて、服の
部長の腕は伸ばされているためお互いの距離はそれなりにある。それなのに手を繋いでいる時より背徳感を感じてしまうのは、一体どうしてなのだろうか。
「私から誘ったことだもの。それで風邪なんてひかれちゃったら悪いから」
「でも、まだご両親に挨拶する準備だってできてませんし」
冗談を含んだ言葉で僕は部長を撃退しようとする。
「それについては心配いらないわ。両親は仕事で夜まで帰ってこないから」
こうかはいまひとつのようだ……。というか、両親がいない家に誘うって──。
一瞬魅力的に聞こえる言葉に僕は首を振り向かせ、いやいやと思い直して横に振る。
「いや……そこはご自分の身を心配してくださいよ。僕だって一応男なんですし」
「一応ってことは、やっぱり半分は女の子だったのね……」
「そこだけ切り取らないでください。……というかなんですかやっぱりって」
さらりと揚げ足を取られ、僕は不満げに零す。僕の名誉のために言っておくと、僕にはやっぱり、なんて形容されるほどの女の子っぽさはない。というか欠片もないはずだ。
部長はなお帰ろうとする僕に向かって、すました顔でもう一度軽く手招きしてきた。
それから着ている制服の襟元を摘み上げて、挑発的に告げてくる。
「大丈夫よ。一樹君は、
「…………」
同意を求めるように言われてしまうと、何も言い返す言葉が見当たらない。
まだ家にお邪魔するか渋っている僕の背中を押すように、部長は次の言葉を告げた。
「それに、これはこれで小説のネタ的にも美味しいじゃない?」
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