第11話 シェア




 今し方別の映画が終わったばかりなのか、館内はさっきよりも人で賑わっていた。


 時間潰しのためにロビーの待合まちあいソファに二人並んで腰掛け、他愛ない会話を交わす。


一樹かずき君は映画館で何か食べる派? それとも食べない派?」


「僕はあんまり食べない派ですね。ポップコーンとか、高いし食べ切れないんで」


「ってことは、飲み物も買わないの?」


「いえ、飲み物はいつも買ってますよ。館内で飲むメロンソーダ、美味しいんですよね」


 無論、中身はその辺で買えるものと同じなのだろう。それでも特別な場所で飲むからか、それとも緊張して喉が渇いた状態だからか、なぜか美味しく感じるのだ。


 ……ただ、ドリンクホルダーだけは右側使用を厳守してほしい。人気の映画だと、たまに左右隣に座った人が両脇のホルダーを占領せんりょうすることがあるからだ。そこで声をかけるなんて僕には無理だし、ずっと片手にドリンクを持ちながら映画を見るのはつらい。


「ふぅん……。じゃあ、飲み物だけ買って入りましょうか。ポップコーンをシェアするのも、映画館デートっぽいと思ったのだけど……。ああ残念」


 あごに人差し指を当て、そこまで残念でもなさそうな声音で綾乃あやの部長が告げる。


 ピンときた僕は館内のフードショップ、その上に並ぶメニューを指さした。


「部長。あのハーフ&ハーフってポップコーンはどうですか? 丁度僕、塩とキャラメル両方の味が食べたいところだったんですよね。でも一人じゃ食べ切れないんで」


 僕の言葉に、綾乃部長は嬉しそうな笑みをたたえて言った。


「…………。一樹君がそこまで言うなら、一緒に食べてあげなくもないわ」


 不意にせられ、どきりと心臓が跳ねる。ああ、やっぱり可愛い。

 永久保存版の天使の笑顔を脳裏に焼き付けるために僕がまぶたを閉じていると、急に僕の手が小さな両手につかまれて、ぐいっと引っ張られる。


「ほら、ぼーっとしてないで。上映に遅れちゃうわ」


「はい分かってますでも僕の心臓が持たないので早く手を離してくれないと手遅れに」


 こういう時、僕は心臓の鼓動を抑えるのに注力すればいいのか、それともこの手に触れる柔らかい感触を覚えるために全力を尽くせばいいのかどっちなんだろうか。


「なんだか馬鹿なことを考えてるのだけはよく分かるわね」


 言いながらも綾乃部長は、ぱっと手を離してくれた。


 少し、いやかなり残念な気もするが、僕も流石に命には代えられない。


「ありがとうございます。それじゃ、さっと買って入りましょうか」


「ええ」


 僕たちはカウンターでポップコーンと、各々好きなソフトドリンクを注文した。僕はメロンソーダで、綾乃部長はアイスティー。ポップコーン代は割り勘にした。


 フードが載ったトレイを持って移動し、チケットを入口の店員さんに渡して入場。『1番スクリーン』に入って、指定された席番号を確かめ、シートに座る。


 僕が腰を落とすと、そのすぐ右隣──通路側の席に綾乃部長も座った。


 そこからはお互いにあまり喋ってはいけない雰囲気になり、スクリーンに視線を向けた。広告や上映中のマナーについての動画が流れ、周囲が暗くなると、やがて本編が始まった。



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