第12話 デート帰りの不安
まだかなり暑い、昼と夕方の境目の空の下を歩きながら、僕は口を開く。
「まさか本当に天パが犯人だったとは……」
「……ええ。最初に死んだと思っていたのに、まさか生き残っていたなんてね。天パのくせに、忌々しいことこの上ないわ。……天パのくせに」
「天パになんの恨みがあるってんですか」
世の天然パーマさん全員を敵に回しそうな言い方だった。そうなった時、僕はストレート髪代表として部長を守り切れるだろうか。多分無理だからどうか敵は作らないで欲しい。
「天然、とつく人は信用してないの。特に、天然なのって自称する女の子はね」
「それと天パはまあまあ別物な気がするんですが……」
天然パーマは先天性遺伝によるものだが、後者は天然じゃないという見方が多分一般的だ。
そして天然を自称する人はともかくとして、天然パーマの人は大変だとも聞く。
梅雨時を筆頭に、勝手に色々な方向にウェーブして広がってしまうんだとか。
セットのことを考えると、女の子は特に悩まされているのかもしれない。
まあ、僕は男だし髪質もストレート寄りなので、全くもって関係のないことだけど。
「なんにしても、映画自体は面白かったから良かったわ」
「そうですね。毎年映画化されてるだけあって、人気アニメですし。それにアニメよりも毎年の映画が売れてるってくらい映画人気の高い作品ですからね」
「そうね。爆発だったりアクションだったり、ちょっとだけど恋愛要素もあって」
「ミステリーのトリックもありそうに見えて、実際は、ほとんどが実現不可能なように考えられてるらしいです。凄いですよね」
まあ真似されて現実世界で殺人事件が起きたりしたらダメだろうし。
綾乃部長はこくこくと二回頷き、それから空を仰いだ。
「私、実は初めて見たの。でも、私の考察によるとあのメガネの子供が実は高校生探て」
「──それ以上はやめておきましょう。組織に消されるかもしれません」
というか、考察も何も映画の初めに自己紹介されてるし。
綾乃部長は「それもそうね」と呟き、周囲をきょろきょろと見渡す。
「危うく、この事実を知らない子供たちに一つしかない真実を聞かせてしまうところだったわ」
「いやまあ映画を見てる子供たちの十割くらいは知ってると思いますけどね」
知らないのは作中の一部を除いた登場人物くらいだろう。
「服も買えたし、今日の仕入れネタは上々ね」
僕の選んだ服の入った紙袋を前後に振って、機嫌の良さそうに部長は口角を上げる。
「そうですね」
──そんな風に映画デートの感想を言い交わしながら。
映画館を後にした僕たちは、また小指を繋いで駅まで向かっていた。
映画を見終わった時点での時刻は四時過ぎ。僕としては門限が許す限りAⅠONで遊んでいっても良かったのだが、部長はこのあと、今日あったことをプロットに纏めるらしい。
プロット、というのは小説を書く上でのストーリーの設計図みたいなものだ。
鉄は熱いうちに打てというように、ネタも早いうちにプロットにしておくのがいい。
ネタを考えたり思いついた時の描写案や感情なんかは、時間が経つごとに薄れていく。
それが分かっているからこそ、僕は非常に残念に思いつつも帰ることに賛成した。
やがて駅に着き、構内に入って電車が来る時間を確認。部長は切符を買った。
空いている隅の方のベンチに綾乃部長を座らせて、自販機に向かいミルクティーを二本買う。
部長の元に届けて隣に座ると、部長は肩掛けポーチから財布を取り出そうとしたため、「デートの時くらい
てっきり、からかわれるものかと身構えていたが、部長はすんなり「そう……デート。ありがとう」と言って笑いかけてくれた。
推しからの笑み。圧倒的なまでの殺傷力だ。
そういえば部長は、このお出かけのことを冗談以外で一度もデートとは呼んでいない。
でも、さっきの反応を見る限り、デートだと認識しても良さそうだった。一つ残念な点を挙げれば、小説のネタを仕入れるための、形だけのデートだってことなんだけど。
電車を待っている間、時々なんだか視線を感じると思い、僕は視線を上げる。
理由は分かっている。通りすがる人たちが決まって振り返り、部長を見ていくのだ。
余談として分かり切っていることだけど、僕は誰からも見向きもされていなかった。部長の近くに座っているだけで、連れとすら思われてなさそうだ。
綾乃部長はややとろんとした目をして、手に持ったペットボトルの紅茶の中身を、前後左右にゆらゆら揺らして遊んでいる。必然、喋ることもない。
黙っていれば、本当にただの美少女なのだ。黒く
女優やアイドルと比べても
……まあ、それだけであれば、きっと僕はここまで惹かれなかっただろうけど。
なんて考えは頭の隅に置いておいて、僕は前日にネットで見た、『デートの別れ際に脈ありなしを見極めるポイント五選』について考える。……よく考えたらまずい状況だ。
時計を気にしていたり、適当に話を流されたりはしなかったものの、眠そうな部長を眺めていると、退屈にさせてしまったかと少し不安になってきた。
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