第2章 唐突な初デート
第6話 路上ナンパ
翌日、十一時三十二分。
一分遅れで駅に着いたバスを降りて、僕はバス停から早足気味に駅へ向かう。
家を出る時にメッセージを送ったところ、
駅前の
土曜日だというのもあってかなり人が多かった。
元々人混みが苦手な僕の体力が、ごりごりと削られていくのが分かる。体力とか腕力とか精神力とか、果てには画力とか。文章力を除いて、力と付くものには総じて自信がない。
確か綾乃部長も人混みは嫌いだと言っていた気がするけど、大丈夫だろうか。
さっきからメッセージを送り続けていたけど、既読は一向に付かなかった。通知を切っているとかだろうか。それにしては、今朝は一瞬で既読が付いたんだけど。
考え事をしながら歩いていると、段々と人混みの密度が上がってきた。
駅のホームから出てきた人で溢れ返ったのだろう。できればさっさと抜け出したいところだけど、人の群れの中に部長が混じっていないか確かめるためにも僕は足を止めた。
そして若干背伸びしながら周囲を見渡し──部長の姿を見つけた。
「部長──」
声をかけようとして、僕は息を詰まらせる。
とはいえ、部長の私服姿が可愛すぎたからとか、決してそういう理由ではない。
いや、それもちょっとはあるかもしれない。
なにせ、清涼感のあるオーバーサイズのシアーシャツに、同色系のインナー。
そこにデニムパンツを合わせた上品かつ抜け感のあるコーデに身を包んだ綾乃部長は、元々持っている可愛さに大人っぽさが乗算されて、いつもの五割増しで可愛かった。
元々制服でも可愛さ値がカンストしているから、これ以上上があるとは思っていなかっただけにこの衝撃はデカい。限界突破している。
だとしても、だ。僕が声をかけ損なったのはそれが理由ではない。
もっと単純な理由──そこにいたのが、綾乃部長一人ではなかったからだ。
部長よりも頭一つぶんくらい高い身長。遠くからでも目を引く黄色っぽい金髪。
僕とは住む世界が違うというか種族自体が違う、俗な言い方をするなら
そいつが部長の前に立って膝を落とし、にこやかな笑みを浮かべている。
部長もその金髪男も、僕のことには気付いていないようだった。
「君、可愛いねー! もしかして読モとかやってたりする? やってないって? もし良かったら一緒にご飯とかどう? 俺旨い飯屋知ってるんだよね~。もちろん俺の
挨拶の
初めて見たけど、あれがそうか。
一九八〇年代後半に流行って、いつの間にか衰退していた文化。
まだ実践している人がいるとは驚きだ。
……って、そんなことを考えてる場合じゃないか。
僕は人の流れと逆行しながら急いで綾乃部長の元へと向かう。
「…………」
金髪男とは対照的に、部長が金髪男を刺す視線は、暗器のように鋭利で冷たい。
見るからに嫌がっている。
金髪男はあの不穏な雰囲気に気付かないんだろうか。
今にも肩掛けポーチから刃物を出して男を刺してもおかしくないくらいの迫力なんだけど。まあ、それくらいの空気の読めなさがなければナンパ師は務まらないのもしれない。
「つれないなあ。俺、君のことちょっと前にも見かけたんだけどさ、もしかして待ち合わせすっぽかされたとか? 友達? 彼氏? 俺で良かったら話聞くよ?」
「……結構よ。もうすぐ待ち合わせの時間だから」
「へえ、君、声も可愛いね~。でも、その言い訳はちょっと無理があるんじゃない?」
「………………」
部長が無言で腕時計を見やる。
それを見た金髪男が部長の腕に手を伸ばし、
「ほんとに話聞くだけだからさ。ね、一緒に──」
と、そこで。
「……姉さん、ここにいた。母さんが探してたよ、一緒に行こう」
緊張から噛みそうになりながら出まかせを言い、僕はぐっと部長の手を引っ張った。
金髪男の手がすかっと虚空を掴む。それを無視して僕は歩き出す。
何か言われるのが恐くて、そっちの方を見れない。
慣れないことをしたというのと、部長の手がなんだこれ柔らかいあったかい小さい可愛いで、心臓が口から飛び出しそうなくらいばくばくと鳴り響いている。
これで金髪男から呼び止められでもしたら、何を言えばいいのか分からない。
やっぱり普通にやればよかった。でも、彼氏面するとかもっと緊張しそうだし。そんな僕の
「あー……待ち合わせって、弟さん?」
僕が少し振り返って見ると、さっきまでの余裕あるにやけ顔が崩れている。
綾乃部長は僕の視線の動きを追うようにして初めて金髪男の顔を一瞥すると、初めから興味なんかなかったと言わんばかりに、ふいっと顔を背けた。
うちの文藝部の部長は可愛いだけじゃなくて、こういうところがかっこいい。
というか学校で変な人を
言い寄られるのが嫌で変な人を装っていると考えれば説明はつく。
──歩きながら、僕はそんな風に考えていたのだが。
綾乃部長が何かを思いついたように、ぱちっと目を見開いた。
それからさっと首を振り向かせ、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「そうよ。大好きな弟とラブラブで、これからデートなの。だから二度と邪魔しないで」
金髪男を含め、周囲で話を聞いていた数人からの視線が一気に背中に突き刺さる。
というか「弟と……?」みたいな声も聞こえてくる。断じて違うと声を大にして言いたいけど、そうすると金髪男にまた付け入る隙を与えることにもなってしまう。
思考を訂正する。
やっぱり変な人であることは変わらないみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます