第5話 ビデオ通話




 部活を終えて帰宅して。適当に時間を潰して。

 夜ご飯を食べて、風呂を上がった僕は、スマホ片手にベッドに仰向けに寝転がる。


 壁掛けのアナログ時計が指す時刻は午後十時十五分。

 惰性でソシャゲのデイリーを消化していたら、綾乃あやの部長からメッセージが届いた。


『こんばんは。今、時間は大丈夫?』


 僕はゲーム画面を閉じて、代わりにメッセージアプリを開き、返信を送る。


『こんばんは。遅かったですね』


 綾乃部長とメッセージでやり取りするのは珍しい。お互い、言いたいことがあれば大抵は次の日に部室に行けば直接言えるし、そもそも彼女がスマホをあまり使わないからだ。

 だからだろうか、彼女がメッセージを返す時は決まって少し時間がかかる。


 タイピングは早いから、一度メッセージアプリのPC版を勧めてみたことがあったけど、執筆以外にはあまり使いたくないから、という理由で断られてしまった。


 それにしても、スマホの文字キーボードで打つのが苦手な部長も可愛い。


『色々と候補を考えていたのよ。それで、行き先なんだけど、駅前のAIONはどうかしら?』


『色々ありますし、いいと思います』


 綾乃部長の提案に、僕は駅前の大型ショッピングモールを思い浮かべる。


 映画館やフードコート、雑貨屋、百均ショップ。ざっと思いつくだけでも沢山の施設が詰め込まれている。近くにはカラオケもあるし、あそこなら確かに遊ぶのには困らなそうだ。


 駅前までバスも通っているし、何より彼女が行きたい場所なら僕も行きたい。


『他にも一応、選択肢は用意しておいたのだけれど』


『聞いてもいいですか』


『ジュエリーショップでペアリングを』


『AIONでお願いします』


 訂正。彼女が行きたい場所でも僕が行きたい場所とは限らないみたいだ。

 そんなことをしたら一年の頃から貯めていた貯金が一気にぶっ飛んでしまう。


 ペアリングという響き自体は素晴らしいから、もっと安いので満足してくれないだろうか。食玩のプラスチック製の指輪とか。あとは……なんだろうか。ナットとか?


『そうね。早すぎる展開は読者が離れてしまうかもしれないし』


『そういう意味じゃないですけどね』


『AIONに行くなら見たい映画があったのだけれど、それもいい?』


『了解です。席の予約とかしといた方がいいですか?』


 進言しながら僕が映画館のホームページを検索していると、綾乃部長から返信が来た。


『二人だからきっと大丈夫よ。待ち合わせ場所は駅前でいい?』


 駅前といっても結構広い。でも、駅前なんてほとんど利用しない僕からすると、あまり細かく場所指定されてもそこに辿り着けない可能性があるし、それでよさそうだった。


 お互い駅前に着いてから、メッセージアプリで大体の場所を教え合えばいいだろう。


『駅前ですね。細かいところは着いてからってことにしましょうか』


『そう。それじゃあ、また』


 本題がさくっと済んで話を切り上げられてしまい、少し残念な気持ちになる。

 本命は明日のデートとはいえ、もう少し話していたかった。


『また明日』


 そこまで打ち込んで送信を躊躇ためらっていると、突如、スマホが着信音と共に振動しだした。

 思わずスマホを顔面に落としそうになりながら、どうにか通話に出る。


 と、スマホの画面に綾乃部長の顔が映し出された。


「…………」


 言葉を失う。ビデオ通話なんて初めてかかってきた。


 ちなみに初めてというのは部長からの、というのと、人生で、という両側性がある。

 つまり僕の初のビデオ通話の相手は綾乃部長ということだ。いい響きだ。


「……どうしたの? もしかして、見惚みとれてるのかしら?」


 そう言って首を傾げる綾乃部長は、淡いピンク色のルームウェア姿だった。夏場だからか生地が薄く、身体のラインが薄っすらと、というかはっきりと分かってしまう。

 ついでに言うとお風呂上がりなのか、いつもさらさらな髪がしっとりとしている。


 というか、彼女の制服以外の姿を初めて見た。いや、明日一緒に遊びに行くからその時に見られるんだろうけど、それはそれとして風呂上がりルームウェアとか目の保養過ぎる。


 見込み損失とか言ってる場合じゃない。

 どうにかして保存できないものだろうか。


「いくら私の寝間着姿がレアだからって、通話画面を撮るのは不誠実だと思うのだけれど」


「っ……その手があったか……」


 先に言及されてしまい、僕は悔しさから声を漏らす。

 スクリーンショット機能。普段、スマホを家族との連絡とソシャゲ以外で全くと言っていいほど使わないから、すっかり頭から抜け落ちていた。


「そんなにこの服が好きなら、明日着て行ってあげるわ。それなら文句ないでしょう?」


 はぁ、と溜め息を零しながら綾乃部長が言う。


「文句はないですけど、確実に変人だとは思われますよ」


「もしそうなったら、『明日この服装で来なかったら恥ずかしい写真を撮るぞ』ってこの人に脅されて……って言うから、それで万事解決する予定よ」


「万事も何も僕が警察のお世話になりますけどね⁉」


 僕が焦りから声を上げると、綾乃部長はどこか満足そうに目を細めた。

 いやだって、部長ならそれくらい本当にやりかねないのだ。


「どう? 少しはドキドキしたかしら?」


「色んな意味で。……っていうか、もう小説のネタ探しは始まってるんですね」


 彼女がいきなりビデオ通話をかけてきた意味に合点がいく。

 激レア(僕がやっているソシャゲでいえば最高レアのSSRクラス)姿の綾乃部長とか、その後ろに見えるベッドに並ぶデフォルメされたペンギンのぬいぐるみとか、落ち付いた水色のカーテンとか。あとは綾乃部長の発言にもだけど。


 気恥ずかしさから口にはしないけれど、ドキドキさせられる点を挙げれば枚挙まいきょいとまがない。


「そう。それは電話をかけたかいがあったわ」


 眠いのか、口元に手を当てて欠伸をする綾乃部長。

 普段どれくらいに寝ているのかは知らないけど、十時半には眠くなるらしい。


「眠いならそろそろ寝ましょうか。昼に集合ですよね?」


「……そうね。そうさせてもらうわ。それじゃあ、おやすみなさい一樹君かずきくん


 おやすみなさい一樹君。


 なんて輝かしい響きだろうか。結婚してないと聞けない台詞じゃなかったのか。

 ビデオ通話、最高過ぎる。開発した人には金一封を差し上げたい。


「はい。おやすみなさい、部長」


 声に嬉しさが滲み出るのを必死に抑えながら短く言う。

 綾乃部長が通話を切った後も、僕は余韻よいんひたるようにスマホの画面を見つめていた。



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