【57】魔女っ子○○○ちゃん!

 

   


 王の居室。


「ザ、ザビアよ、どうしたというのだ?」

「だから、貴方。カイラルに王位をゆずると一筆書いてくださればいいのよ」


 紙と羽ペンを手にザビアが迫る。小山のようなドレスの広がりに高々と結い上げた髪。そのつり上がった瞳に見据えられて、パレンスはブルリと震えながら。


「公文書は羊皮紙でなければならぬ。そんなぺらぺらの紙一枚に署名したところで……」


 これでも一応? 国王。案外まともな反論をしたが。


「うるさい! わたくしが署名しろと言ったら、署名すればいいのよ!」

「はひっ! わかりました!」


 頭に王冠を乗っけていたら、それを吹っ飛ばす勢いでパレンスはうなずき、羽ペンを取った……が。


「父上、いけません!」


 飛びこんできたカイラルが、パレンスの手にしがみつき止める。


「カイラル! お前が王になれるというのになぜ止めるのです!」

「僕は王になどなりません! 兄上という立派な王太子がいるのですから!」

「なにを言っているの? あの子供は、今頃ジョエルの手で殺されている頃よ。邪魔者の大公もね!」

「なんですって! ジョエルとは騎士団長のことですか!?」

「ええ、王妃のわたくしが命じたの。あの子供と大公を殺せってね」


 カイラルが自慢げに言う母の顔を痛みを堪えるように見つめて、口を開く。


「母上、今すぐ騎士団長を止めてください!」

「なにを言っているの?」


 ホホホとザビアは笑い。


「もう遅いわ。今頃、あの邪魔な子供も大公も消えているはず。そういえばあの目障りな執事もね。全部片付けてって、ジョエルに言ったもの」

「いいえ! 兄上や大叔父上がジョエルごときに遅れととるとは思えません! 二人は生きています!」

「黙りなさい!」


 ザビアが叫び、カイラルの頬を張る。頬を真っ赤に染めたカイラルが、怯むこと無く真っ直ぐザビアを見つめ。


「黙りません。僕は王太子アルトルト殿下に命の誓いをした臣です!」

「なんですって!? 命の誓い!?」

「ええ、僕の誓いはすでに大神殿の猊下の元に届いているはず……っ!」


 ザビアの手が、カイラルの首に伸びる。そして指がその白い首に食い込んだ。


「ザビア!」


 思わずパレンスが声をあげるが、ギロリと恐ろしいその瞳に見られて、口を閉じて後ずさる。


「……命の誓いは神々への誓い。兄上を退け王位についたならば、僕は大罪人の烙印を押されることでしょう。大陸各国もそんな僕を王などとは認めない」


 苦しい息でカイラルが続ける。


「黙りゃ!」


 赤く染めた爪が少年の白い首にぎりりと食い込み赤い血がにじむ。カイラルの身体から力が抜ける。ザビアが手を離し、細い身体は床に落ちた。


「カ、カイラル! まさか、死んで……?」

「気を失っているだけよ」

「そ、そうか……ぎゃ!」


 ホッと息をついたパレンスの襟首を、ザビアの片手が掴みあげる。


「お、お前、手が大きくなってないか?」

「馬鹿なこと言ってないで、さあ、署名なさい!」

「い、いや、そんな風に襟首を掴まれていては、署名出来ない。うっ! あ! あ、足が宙に浮いているぞ! お、お前、手だけではなく、背、背も伸びていないか?」


 壁に長く伸びた影。腹の出た王と王妃の姿を影絵人形のように映し出す。広がったスカートのドレス姿がますます巨大に大きくふくれあがり、片手につり上げられた王がもがく。


「すべて、すべて、貴方があの女を選んだせいよ。あの憎らしい子供の母親、ヴェリデ」


 先の王妃であり、アルトルトの母であるヴェリデ。美しく慈悲深い彼女は聖女と国民に慕われた。

 パレンスとジゾール公爵家の娘だったザビアの婚約は内々に決まっていたことだった。

 だが、パレンスは令嬢達が集められた茶会で、美しく優しい伯爵令嬢にひと目惚れした。


「あの女を殺したのに、あの子供が生きている! 邪魔な王太后のクソババアも殺したのに、あの子供だけは死なない! あの女の子供にこの国は渡さない、玉座もこの国もわたくしのものよ!」


 その恐ろしいザビアの呪詛の叫びは、ひび割れて王宮全体に響き渡った。

 王宮内の回廊を駆けていたアルトルトとゼバスティア達も、またその声を聞いた。そこから、幾つもの部屋の扉を開けて、王の居室へとたどり突く。


「父上!」


 ゼバスティアが開いた扉から、部屋へと入ったアルトルトの青空の瞳が大きく見開かれる。

 そこには赤く染めたかぎ爪に首を締め上げられて、泡を吹いて気を失っているパレンスと。

 そして。

 巨大なドレス姿の長く伸びた影。本体は天井に付くほどの異様な背丈となっている。

 高く結い上げていた髪はそのために崩れてざんばらに。そして、何より異様なのは。

 その頭頂部からねじくれた角が無数に生えていることだった。

 みな王妃ザビアの変わり果てた姿に息を飲む。

 そして、あまりのことにさすがのゼバスティアも呆然とし、そして口を開いた。


「魔女っ子だ……」

「その魔女っ子とはなんだ?」


 デュロワが訊く。


「魔女っ子とは、魔女の半成りにございます。魔女には木の股から生まれる生まれながらの魔女と、人間の女が瘴気をためて変じるものがございまして……」

「それでどうして、あんな頭に角生えたモノが、魔女っ子なんて可愛い名前なんだよ!」


 機械鎧からイルの声が響いた。混乱するように頭どころか、両手もくるくると回っている。


「あの角こそ魔女っ子の証にございます。角が生えたもの半成りなわけで、あの角が取れて化け物の姿から自在に変化できるようになって、魔女。角が取れなければ半人前の小娘というわけで、魔女っ子と呼ぶのでございます」

「魔女と魔女っ子の定義なんてどうでもかまわねぇよ! 俺はあんなの魔女っ子と認めねぇ!」


 わめく機械鎧もとい中身イルに、だったら訊くなよ! とゼバスティアは思う。

 だいたい、魔女っ子と認めないとはなんだ? あれは魔女っ子であって、魔女っ子でない! などとお前が決められるのか? 

 お前は魔女っ子認定家か? 魔女っ子になにかこだわりがあるのか? とゼバスティアはどうでもいいことを内心でぶつぶつ……。


「うるさいわよ!」


 魔女っ子……もといザビアはひび割れた声で咆哮する。ギロリと眦が裂けた極度につり上がった目で、こちらを睨みつける。

 そして耳の端まで裂けた真っ赤な口をくわりと開く。そこから銀色のサメのような乱杭歯と、先が裂けた紫の蛇の舌が覗いた。

 その口から炎がごうっと吐かれる。






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