【56】執事はとびきりのフライパンを手に入れた! 

 



「そのうえで、美しいあの方はこの忌々しい逆賊に与えられた屈辱をも、私の手で晴らす機会を与えて下さったのだ!」

「屈辱?」


 『わからない』とばかりにデュロワが訊けば、ジョエルがとたん怒りの表情を浮かべて「忘れたのか!」と吠える。


「誇り高き、私の剣を穢れた剣などと呼んだことだ! これで邪魔な王太子を仕留めよと、美しいあの方より賜った剣をだ! お前が出しゃばって来なければ、そこの王太子はとっくの昔に死体となって、私はあの方よりお褒めの言葉を賜っていたというのに」

「あの方とは“お美しい”ザビア様のことですか?」


 そう訊いたのはゼバスティア。あんな女に美しいなんて使いたくもないが、この男にもっと調子に乗ってしゃべってもらうためだ。仕方ない。


「そうだ。美しいあのお方。ザビア様のことだ。私はあの方の騎士なのだ」


 あの方の騎士とはこの場合宮廷騎士団の騎士として……ではない。王妃の騎士、いやザビアの騎士というべきか。

 もっとあけすけに言うならば、ザビアの愛人。王妃のとんだ醜聞まで出てきたが、訊きたいのはそれではない。


「なるほど、毒を仕込んだ剣をお美しいザビア様から賜ったと。しかし、その剣を使う前に邪魔な王太子は死んでいたのではないですか? そのまえに同じく矢に毒を仕込んだ暗殺者と、薬で狂乱させられた闘技場のチャンピオンがいたのですから」


 そう、アルトルトはその前に弓術で、対戦相手を装った暗殺者に命を狙われ、さらには次の格闘では、何者かに薬で狂乱させられた猛牛ムッカと戦うことになった。


「ははは! あのような小物共! 失敗するのが前提よ! 油断させたところで、この宮廷騎士団長ジョエルが王太子を仕留めて、美しいあの方にお褒めの言葉を賜るのだ!」

「そのお美しい毒婦ザビアが、散々王太子の命を狙い刺客を放ったあげくに、毒を塗りたくった卑怯な剣なら、あなたはお得意だと?」

「しつこいぞ! そうお美しい毒婦ザビア様が、私なら出来ると……は? 毒婦だと! それに私の剣が卑怯だと!」


 自分で言っておいてジョエルがギョッと目を剥く。それに、呆れた様にゼバスティアはモノクルに指をかけてくいとあげる。横目でデュロワを見る。


「以上で、ございます」

「口の軽い男に、私はちっとも美しいと思わん毒婦か。まったくお似合いだな」

「な、な、なああぁああっ!」


 かあああああああっとジョエルは怒りなのか恥辱なのか、真っ赤になり、そして叫んだ。


「皆、この者達を捕縛しろ! 抵抗するなら殺しても……いや、むしろ最初から殺せぇええええ!」


 本音丸出しのうえに、率いてきた部下達に命じた上に、自分は後ろに下がるという姑息さである。

 青い制服の騎士達が剣を抜いてアルトルトと横に立つデュロワに突進する。

 だが、その間に立ちはだかったのは、それまで傍らで沈黙していた丸い機械鎧。相変わらずずんぐりむっくりの体型だが、動きは素早い。

 その丸い身体にタマネギ頭の巨体を割り込ませると、そこにカンカンカンと騎士達の剣が突き当たる。

 とはいえ相手は腐った? とはいえ宮廷騎士団だ。突進した者達が惹き付けているうちに、回り込んだ者達がアルトルト達に襲い掛かる。

 だが、背後に目があるかのようにデュロワが素早く剣を抜いて、二人の騎士の攻撃を受けとめた。左右から遅れて飛びかかってきたのがまた二人。こちらはアルトルトがオルハリコンの剣の腹で、二人を打って昏倒させていた。


「コレット、お前は避難していなさい」

「はい」


 ゼバスティアはコレットに指示を出す。メイド娘の魔法人形はうなずいて、奥への扉に走る。

 騎士三人がコレットの後を追う。そこにゼバスティアが立ちはだかる。


「させませんよ」


 指をパッチンしようとしたが、そこは寸前で止めた。そういえば魔法で王妃とその関係者を消し炭にしてはいけなかった……と。

 あやうくカエルゲコゲコになるところだった。

 ならば『これ』だ! 

このあいだ考えたのは瞬き一つほど、さすが我! 

 ゼバスティアの手には黒々と光る……フライパンが現れた! 


「失礼いたします」


 執事らしく丁寧にお断りしてから、目の前の三つの頭をゴン! ゴン! ゴン! とぶん殴った。


「ええい! なにをしている! 相手はたった四人だぞ! そのうち一人は子供、一人は執事も取り押さえられないのか!」


 そんなことをわめきながら、ジョエルが部屋を出て行く。自分こそ逃げるのか。まったく、騎士の誇りとやらはどこへ行った? 

 ゼバスティアは前へと進むアルトルトのために、ジョエルが逃げ出すときにわざわざ閉めていった、扉を開ける。

 そして、そのアルトルトの白い顔の前に、なぜか自分のフライパンをかざした。

 カン! とフライパンが飛んできた矢を弾く。

 カン! 

 カン! 

 カカカカッ! 

 次々に矢が飛んできたが、それはすべてゼバスティアの踊るような? フライパンさばきに弾かれた。


「すごいぞ! ゼバス!」

「これはお見事!」

「…………」


 アルトルトがパチパチと手を叩き、デュロワがブラボーと賛美を送る。隣でタマネギ頭の鎧も、アルトルトと同じく、手を叩いていた。

 食堂の扉の前にはずらりと弓兵が並んでいた。飛び道具を使うなど、まったく騎士道とやらはどこにいった? とジュエルに問いただしたい。しかし、奴の姿はここにはいない。遠くで「ハリネズミにしろ!」という声が聞こえる。

 弓兵が次の矢を構えるより早く、ゼバスティアは手に持っていたフライパンを。

 ぶん投げた。

 ゴンゴン、ゴゴゴゴン! と弓を射られたお返しとばかり、飛んだフライパンは弓兵の頭を次々に張り飛ばし昏倒させていく。

 そして、弧を描く軌道で、しゅたっと白手袋の執事の手に、フライパンは戻った。


「すごい! 見事な技だ! ゼバス!」

「ありがとうございます、トルト様」

「うん、僕もそのフライパン術を習いたいぞ! 教えてくれ!」

「フライパン術……にございますか?」


 そんな術聞いたことないし、それに勇者がフライパンで戦うのはどうなんだ? とゼバスティアは助けを求めるように、デュロワを見たが。

 黒髭に大公は腹を抱えて笑っていた。隣の機械鎧はタマネギ頭をくるくる回している。中のイルも爆笑してるのだろう。

 おのれこんなときに助けにならん奴らめ! と思いながら、ゼバスティアは魔王の天才頭を高速回転させた。


「トルト様、それは残念ながらお教えできませぬ」

「そうなのか?」


 キラキラ青空の瞳が見上げていたのから一転、しょんぼりするのにゼバスティアは残念に思う、が、が、が……。

 やっぱりフライパン術を使う勇者はイケナイ! 


「これは優秀な執事のみに伝わる、一子相伝の技なのでございます」

「そうか、それならば仕方ないな」


 なんとか納得してもらった! 






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