【55】穏やかなティータイムのち暗雲

   



 闘技会のあと。

 夜の戦勝祝いの夜会までのあいだ、アルトルト達は離宮に戻り、休息を取ることになった。


「腹減った!」


 と機械鎧から出るなり叫んだイルに「軽いお食事の用意は出来ておりますよ」と出迎えた、魔法人形、メイドのコレットがにっこりと微笑んだ。

 食堂の円形のテーブルに並んでいたのは、エビのビスクに、トマトとチコリと水牛のチーズのサラダ。色とりどりのサンドイッチ。ハムとキノコ、ナスとベーコンの二種類のキッシュ。熱々のコロケットに、砂漠風のスパイシーな肉団子煮込み。小魚をカラリとあげて、それを香り高い野菜や香草と合わせたマリネ(こっそりセロリ入り)。

 デザートにはレモンのシャーベットにメロンのトライフル。栗や甘い芋にナッツなどを使った焼き菓子をたくさん。

 ゼバスはアルトルト好みのミルクたっぷり、蜂蜜の甘みほんのりのお茶をまず煎れ、それからデュロワにはブランデー半分入りを、イルにはジャムを添えて渡す。


「このマリネ美味しい。ゼバスが作ったものだろう?」


 ゼバスはアルトルトに無言で胸に手を当てて一礼する。


「俺、あんまり酸っぱいのは好きじゃないんだけど、ゼバスのは食べられるんだよな」


 とはイル。小魚と細く刻まれた野菜をばりばりと食べる。


「うん、このゼバスのマリネとマヨネーズで僕は生のセロリも食べられる様になった」

「げっ! これセロリ入りかよ!」


 頭の上の三角の耳をぴんと立てて、ぶわっとその青い毛まで逆立てるイル。それに長い足を組んで、半分ブランデー入りの茶を傾けていたデュロワが「くくく……」と笑う。


「そういえば、お前は昔っからセロリが苦手だったな。サンドイッチに少しでも入っていると抜いていたのに、お前の鼻でも見破れないとはゼバスの料理の腕は大したものだな」

「鼻ってなんだよ! デュー! 俺は犬じゃない!」

「イル殿、セロリが苦手なのか? 何でも食べないと大きくなれないぞ」

「トルト様のおっしやる通りですね。イル様、セロリも食べないといつまでもお小さいままですよ」

「殿下! 俺はまだまだ大きくなるっ! つうか、そこの執事同意するな! 誰が小さいままだ!」


 やりとりを聞いていたデュロワが吹き出し、アルトルトがケラケラと笑う。むくれていたイルも、ヤケのようにばりばりと残りのマリネを食べ。


「セロリ入りでも、やっぱり美味いな」

「ゼバスのが美味しいんだ」


 アルトルトが自慢げに言い、イルもうなずき、二人ともにっこりと笑顔になる。

 それを見ている執事とメイド。セバスも魔法人形のコレットも微笑する。

 そんな和やかな軽食とお茶の時間。

 しかし、その時は突然破られる。

 この魔法人形のコレットが、くるりと扉のほうを見て告げた。


「お客様です」

「ほう、来訪のご予定はなかったはずですが」


 ゼバスティアが返す。デュロワが立ち上がり、椅子に座るアルトルトを守るように立つ。イルが口いっぱいに頬張っていたサンドイッチをごくりと呑み込んで。


「デザートがまだだっていうのに!」


 文句を言いながら、トライフルのカップを片手に、傍らに置いていた機械鎧の中に入る。

 それと同時に食堂の扉が乱暴に開かれた。どかどかと音を立てて入ってくる、複数の黒光りするブーツ。そのかかとに輝くのは金色の拍車。

 独特の深い青の制服は王宮騎士団のものだ。


「これはこれは騎士団長殿。さっきぶりですかな?」


 デュロワが声をかける。引き連れてきた騎士達の先頭に立つ、騎士団長ジョエルは射殺しそうな視線で彼を睨みつける。

「ベルクフリート大公閣下、いや国賊デュロワ! お前には王位簒奪を企んだ罪で、陛下より逮捕状が出ている!」


「ほう、で、その逮捕状は?」

「っ……!」


 ニヤリと余裕の微笑みさえ浮かべて返したデュロワに、ジョエルのほうが逆に言葉に詰まる。


「さあ、陛下のご署名がはいった逮捕状を私に見せてくれ」

「うるさい! お前に見せる逮捕状などない! 逮捕と言ったら、逮捕だ!」


 支離滅裂である。そこにアルトルトが口を開く。


「大伯父上が王位簒奪など企むはずがないことは、この僕が一番よく知っている。父上はなにか誤解をされているのだろう。僕と叔父上を父上の元へと案内してくれ」


 逮捕、逮捕とわめく大人よりも、七歳の子供のほうがよっぽど理路整然としている。


「っ……王太子殿下……」


 堂々たるアルトルトに青空の瞳で見られて、ジョエルは再び言葉に詰まるが、なにかを思いついたようにニタリと口許に笑みを浮かべ。


「王太子殿下、陛下は殿下にも嫌疑をかけられています。逆賊デュロワに共謀し国を転覆させようとしたと。殿下にも大人しく毒杯を飲んでもらいましょう」


 毒杯とは身分ある者に対しての処刑方法。それにしても七歳の子供が国家転覆など企むはずもない。それでいきなりの極刑とはあり得ない宣告だ。


「ほう……殿下に毒杯を煽れと?」


 デュロワが低い声を出す。深緑の瞳の鋭い眼光を向けられて、ジョエルの青い制服に包まれた肩がびくつく。自分で喧嘩を売りに来たクセに、まったく小物だ。


「では、陛下はこの私にも毒杯を賜ると?」


 続けてのデュロワの言葉に、ジョエルのたじろいだ表情がとたんにまた、凶暴に嫌らしく歪む。


「叛逆者のお前はもはや王族などではない! ただの平民、いや罪人だ! 毒杯などという名誉ある死など賜るものか! すぐに首切り役人に引き渡して、その首は城門に晒されるだろうさ!」

「そう王妃ザビアに命じられたと?」


 口を開いたのはそれまで執事として大人しく後ろに控えていたゼバスティア。

 まったくこれが国家騎士団長とは情けない……と銀のモノクル越し、下衆な笑みを浮かべた男を眺めながら。


「執事風情がザビア様と呼べ!」

「ではザビア様がおっしゃったのですか? 邪魔な王太子と大公を始末しろと」

「そのとおりだ! ザビア様はまどろっこしい手など使わず、初めからこうすればよかったと、朗らかに笑われていたぞ!」


 騎士団長が再現するかのように、ははは! と軽率な高笑いの声を響かせた。




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