【54】勇者対勇者

   



「今日は手加減無しでいきますぞ」

「望むところだ」


 大公領でのアルトルトの剣の師は、デュロワだ。二人は木剣で毎日のように手合わせしているし、お互いの手の内は知り尽くしている。

 それに、アルトルトは七歳にして、デュロワに「もう教えることはございません」と言われている。

 いや。


「これからは対等な好敵手として競い合いましょうぞ」

 

 とも。

 つまり二人の実力は拮抗している。

 それはゼバスティアにもわかっている。

 彼は天幕を出て、その陰から見ていた。

 先にデュロワが腰の黒剣を抜き構える。そして、アルトルトもまた腰のオルハリコンの剣を抜き放ち構えた。

 その二人の様子を見て、ゼバスティアは指を鳴らそうとしたが。


「待った」


 そう遮ったのは、タマネギ頭に丸い胴体の機械鎧。その胴体の蓋がパカリと開いて、中のイルが続けて言う。


「いくら、殿下だからって、お前が魔法で味方してズルするのは無しだぞ」

「それをわざわざおっしゃる為に、こちらにいらしたのですか?」

「殿下がらみで一番気を付けなきゃいけないのは、お前だからな。俺は監視役だ」

「お疲れ様にございます。しかし、本当に気を付けなければいけないのは、やはり、あちらで戦っている、元勇者と現勇者ではありませんか?」


 おりしも、二人の剣がぶつかり合うところであった。

 振り下ろされたデュロワの黒剣を、オルハリコンの剣で真正面からがっちりと受けとめたアルトルト。それに観客席から「おおおおお」と声が上がる。


「あの隻腕公の黒剣を真正面から受けるものがいるとは」

「さすがお小さいとはいえ、魔王城に乗り込んで唯一無傷で生還成された勇者アルトルト殿下」


 剣を重ねあった二人は飛びのいて大きく離れる。そして、また剣を構えて駆け寄る。

 アルトルトが唯一不利だとすれば、まだ子供故の手足の長さだ。それだけを考えれば、どうしてもデュロワの剣のほうが届くのが早い。

 しかし、二人にはそんなことは関係ないことは分かっている。お互いニヤリと口許を同時につりあげたその表情と、剣を真横に振り上げた構えからして。


「やばい!」


 そして天幕の陰で見ていたイルもそれに気付いた。もちろんゼバスティアもだが。


「ここはだだっ広い牧草地の真ん中じゃねぇんだぞ! 思いっきり風斬りなんて飛ばしたら! 二人とも止めろ!」


 イルが叫ぶが観客の歓声に紛れて、その声は囲まれた二人には届かない。

 黒剣とオルハリコン。同時に剣を目にも見えない速さで横に振り抜く。

 起こった真空の刃が互いに向かいに飛んで、そしてぶつかり合う。その力は半ば相殺されたが、しかし、巻き上げられた小石や土塊が無数に宙へと巻き上げられ、観客席を襲おう。

 だが、その前にパチリとゼバスティアの白手袋に包まれた指が鳴った。

 瞬時に展開された見えない結界が、観客席を守った。濛々と立ちこめる土煙がはれるまで人々はぽかんとして見ていた。

 そしてそれが晴れたときに大きくどよめく。

 元の離れた位置に立つ二人。

 その真ん中の芝生の地面は大きくめくれ上がり、地割れのような一閃が刻まれていたのだ。


「確かにトルト様には結界など不要。これはお二人の起こす“被害”を広げないための対策ですな」


 くいと片眼鏡モノクルを指で直して、涼しい顔で述べるゼバスティアにイルが「ホントお前何者なんだよ?」と訊ねる。


「只の執事にございますが」

「そこらへんにいる執事が、余波とはいえ二人の勇者の攻撃受けて、びくともしない結界が張れるかよ!」


 二人の剣の稽古は、初めは大公邸の庭で行われていた。

 しかし、館の壁に大穴が空いた時点で、大公邸の執事ラウルが、決まり悪そうな顔をする前勇者と現勇者に告げたのだ。


「お元気がよすぎるお二人におかれては、これからはなにも壊すものがない場所で、お稽古なされたほうがよろしいかと」


 それで、場所が羊も牛も放たれていない、牧草地となったのだ。


「大公閣下には前もって、私が結界を張りますので思う存分どうぞと、申し上げておきました」

「デュウの奴、知っていたのかよ! 俺になにも言わなかったぞ!」

「おそらく、お忘れになられたのかと」

「大ざっぱ過ぎるんだよ、あいつ」


 ぷぅとばかりイルが膨れる。四つ耳のハーフエルフにしてハーフコボルトが、そんな風にすると可愛らしく見えなくもない。

 まあ、ゼバスティアにとっては、唯一の可愛いと言えばアルトルトなのだが。もう可愛くて可愛くて、片目につけてるモノクルにして、常に一緒にいたいぐらい。さすがに大きさ的に無理だが。

 さて、そんな、会話をしているあいだにも、二人の激戦は続いている。

 アルトルトはその身体の小ささを補う俊敏性を生かして、素早く駆け回り土煙を生かして、己の残像を無数に作り出す。


「私にはその手は効きませんぞ!」


 デュロワが黒剣を一振りするだけで、起こる竜巻にその残像が全てかき消される。

 しかし。


「っ!」


 残像が消えた反対側をデュロワが振り返り、剣を構える。

 その瞬間、中天にある太陽に重なり、まるで背に翼があるかのように空高く飛び上がったアルトルトが、舞い降りる。オリハルコンの剣が、デュロワの黒剣に受けとめられる。


「残像なんて大叔父上に効かないのはわかっている」

「お見事!」


 二人は間近で視線を交わしあう。デュロワの剣が大きく振られ、宙に浮いていたアルトルトの身体が跳ばされる。

 アルトルトが猫のようにしなやかにくるりと回転して着地する。が、そこを狙ったかのように、デュロワが剣を持っていない、生身の左手を振り下ろした。

 残像が残るほどの振り下ろしは、剣と同じく衝撃を生み、それは風玉となってアルトルトを襲う。

 アルトルトもまた、それを予測したように、着地した瞬間に跳んで避ける。が、その着地点にもデュロワの手が振り下ろされて、地面がえぐられる。


「お返し!」


 アルトルトは跳んだ不安定な体勢ながら、両手で握りしめたオルハリコンを振り下ろす。そこから大きく地面がえぐられて、一直線にデュロワに向かう。


「おっと!」


 デュロワはそれを横へと避ける。




「あ~あ、王宮の庭が穴ぼこだらけじゃないかよ」


 それを見ていたイルがぼやく。たしかに二人の戦いのあとはすさまじく、緑の芝生は跡形もなく、これを整える庭師の嘆きが聞こえるようだった。


「そろそろお止めする時間かと」


 懐中時計を見てゼバスティアが告げる。


「また、いつものように俺が止めるのかよ?」

「私はお二人を止める立場にありませんから」

「仕方ねぇなあ」


 機械鎧の丸い胴体の扉をパタンと閉めて、イルが中に入る。その鉄の重そうな固まりの重量など感じさせない様子で、ガシャンガシャンと駆けていく。

 そして、今しも剣を叩きつけ合おうとしている二人の間に、その鉄の塊が割って入る。

 双方へと伸びた鉄の腕がカーン、カーンと二つの剣を受けとめた。


「あ~時間か」


 デュロワが剣を降ろす。アルトルトも同じく。


「また引き分けですね、大叔父上」

「そうだな。とりあえず王宮は壊さなかったから良しとしよう」


 集団戦が行われたような穴ぼこだらけの庭を見て、二人は笑いあった。





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