【48】小さな訪問者


  


 椅子から転げおちたザビアは従僕達に運ばれていった。彼らを口汚く罵っていた甲高い声が、セバスティアの聞こえすぎる耳からも遠ざかる。


「タルトタタンが焼き上がりました」

「ありがとう、コレット」


 銀の盆に焼き立てを載せてやってきたメイドに、アルトルトが笑顔となる。彼女の手によって切り分けられる蜜色の菓子に「これはうまそうですな」とデュロワも目を細める。


「イル様も、もう出てきてよろしいですよ」


 横で、ぎぎぎ……と不満げに機械音を鳴らしたタマネギ頭に丸い胴体に、セバスティアが呼びかける。


「俺にも大きく切ってくれ!」


 丸い胴体の扉がばかりと開いて、小柄な姿が飛び出てくる。イルは頭の上の耳をぴこぴこ、尻尾をぶんぶん振って、席に着く。


「はい、一番大きいの差し上げますね」


 メイド娘のコレットが笑顔で答える。

 コレットはゼバスティアが、アルトルトのお風呂係として作った魔法人形だ。

 アルトルトと共にこの離宮を離れるときに、ゼバスティアは彼女に新たな役目と能力を与えた。

 この館を守ることと、そのための幻惑と結界の魔法の力を。

 調度を運び出そうとした者達が聞いた幽霊の声や見えない冷たい手。王妃ザビアが見た、王太后の姿は全て、コレットが見せた幻だ。

 荒れ果てたように見えていて庭も、もちろんすべて幻影。本当は毎日コレットが庭を整え、花に水をやり続けた。

 アルトルト達がいつ戻ってきてもよいように、館の中の掃除も、主が横たわることはないベッドメイクも彼女は毎日していた。


「三年間、よく館を守ってくれた」


 室内へとアルトルト達が戻り、テーブルの片付けを共にしながら、セバスティアはコレットに声をかけた。


「……ありがとうございます」


 コレットは二度ほど瞬きをしたあと、不思議そうにそう答えた。

 魔法人形である彼女には感情はない。命じられた役目に苦労も疲労も感じることはなかったはずだ。

 ゼバスティアにしても、魔法人形どころか魔族の部下にも、このようなねぎらいの言葉をかけたことはない。

 思わず口に出てしまったことに、己のことながら苦笑した。


 


  ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「あ~食った、食った」


 離宮の食堂から、食後のお茶とお菓子が用意されたサロンへと移動しながら、イルが腹をさすりながら言う。


「子羊のグリルも、鶏のフリカッセもどちらもお代わりなさいましたからね」

「付け合わせの芋もうまかったぜ!」

「はいマッシュポテトを山盛り召し上がりになりました」


 ゼバスティアは続けて。


「では、イル様におかれては、デザートのガトーショコラにカシスのシャーベット添えはいらないと」

「食う! 食う! そいつは別腹だ!」

「はいはい、マドレーヌやクッキーの焼き菓子に、ギモーヴにマカロン、ナッツのキャラメリゼもございますよ」

「早くそれを言え!」


 イルは当然のようにデザートを二人前食べて、“別皿”で出された菓子も、むしゃむしゃと食べ出す。

 デュロワの前には、たしなむ琥珀色の酒に合う、チーズや鴨のレバーパテや塩味のナッツを盛り合わせた皿を出す。そして、ゼバスティアはちらりとコレットを見た。

 イルにお代わりの茶を出していたコレットは、ごく自然にサロンを出て行った。

 そのあとすぐに、彼女が「お客様です」と連れてきた人物に、誰もが目を見開くことになるのだが。




「兄上」

「カイラル、どうしてここに?」


 やってきたのはザビアの息子。この国の第二王子であるカイラルだった。


「お久しぶりです。本当は昼間お顔を見たときにご挨拶したかったのですが、母上がいて……」

「うん、お前の立場はよくわかっている。それより、手紙をいっぱいありがとう」

「僕も兄上からのお手紙はいつも楽しみにしてます」


 この二人、実はアルトルトが離宮にいる時から、文通をしている仲だ。もちろんザビアには内緒で。

 切っ掛けは、二人で仲良く踊ったあの舞踏会。翌日、裏庭の離宮に面した垣根からカイラルが、こっそりとなにかを投げ込んだのを、魔王の千里眼を持つゼバスティアが見逃すはずもない。

 それは「兄上へ」という可愛らしい手紙で、ダンスが楽しかったことと、チェリーボンボンが一つ入っていた。

 さっそくアルトルトがしたためた返信を、ゼバスティアは魔法書簡の小鳥の姿にして、カイラルに送った。

 棒付きキャンデーひとつに、返信用の魔法の封筒も一緒にだ。この封筒を使えば、誰にも知られることなくアルトルトの元に届くと。

 アルトルトが大公領に行ったあとも、二人の文通は続いていた。

 デュロワが「カイラル殿下、こちらへ」とアルトルトの隣の椅子を譲り、二人は並んで腰掛けた。ゼバスティアはカイラルに茶を出す。


「カイラル、このオレンジのギモーヴはどうだ? ゼバスの手作りは美味しいんだ」

「本当だ。王宮料理人のものよりおいしいです」


 アルトルトに銀器に盛られた菓子を勧められて、カイラルは笑顔ではしゃぐ。書簡でのやりとりはあったが、あの舞踏会以来、直接話したことはない二人だ。


「……兄上、お話があります」


 カイラルは突然笑顔を収めて口を開く。茶器を置いて、膝に置いた手をきゅっと握りしめて。


「明日の闘技会に出るのはおやめください。母上が兄上のお命を狙っています」





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