【44】王宮には一角獣で乗り込んで
アルトルトの王都入りは初めから波乱含みだった。
馬にまたがったまま、彼らが大公領側の転送施設から、王都側の転送施設へ。また馬上のまま施設をでると、そこにはずらりと完全武装の騎士達が威圧するように並び、その真ん中に馬車があった。
「どうぞ、こちらに王太子殿下お一人でお乗りください」
王宮からの迎えだと名乗る書記官が言う。それはいい。しかし、わざわざアルトルト一人というのが怪しい。
「俺はどうしろと?」
「大公閣下におかれては、王都にあるお屋敷にて、明日王宮にいらっしゃるようにと」
デュロワの問いに使いが答える。王宮側から大公閣下も御一緒にと誘っておいて、王都にも自宅があるからそこに泊まれとは、ずいぶんと失礼である。
もっとも招待状にそう書かなければ、一人でアルトルトを王都に寄こすことなどしなかっただろう。
もちろん、こちら側もアルトルトと、保護者達を引き離そうとするかもしれないと、読んではいたが。
「久々に親子水入らずで過ごしたいという、陛下のご意向にございます」
と大公であるデュロワも逆らえないような言葉を、慇懃無礼に王宮からの使いは言い放つ。そしてアルトルトには。
「さあ、殿下こちらへ」
と笑顔でうながす。扉が開かれた馬車は豪奢ではあるが、そこに入ったら最後出られない牢屋のようにも見えた。
アルトルトは頷くことも馬車も見ることもなかった。そして、自分がまたがるすっかり大きくなった白銀の一角獣、リコリヌの長首を優しく撫でて。
「そうか、リコリヌ、久々の王都を見て回りたいか?」
そう告げると、リコリヌは軽くいななき、軽快に早足でとっとっと馬車と王宮の騎士達の前を通り過ぎていった。デュロワとタマネギ頭に丸い胴体の機械鎧、もちろん中身はイル。それに栗毛の馬にまたがった執事姿に背の低い帽子を被ったゼバスティア。そして、大公邸からついてきた護衛の騎士達が続く。
「お待ちください! 王太子殿下は馬車にと、王妃様からの……いや、王命が!」
書記官もまた、慌てて馬にまたがって追いかけてくる。後ろから空の馬車と王宮騎士達もだ。
「すまんな、リコリヌは気紛れでな」
デュロワが振り返りながら返す。
「なぜ馬のワガママを我らが聞かねばならないのです! 皆、あの暴れ馬を取り押さえるのです! 殿下の身柄を馬車へ!」
慌てるあまりこれが王妃ザビアの命令だとか、アルトルトを馬車に無理矢理押し込みたいという気持ちがぽろぽろと出てしまっている。
王宮騎士達は、その言葉にアルトルトを乗せるリコリヌの前に出ようとしたが。
大公家の騎士達が、王宮騎士達の進路を塞ぐように横に馬を並べる。さらにはイルの乗る機械鎧が、片腕を高くあげてパン! と空砲を撃った。
その大きな音に驚いて王宮騎士達の馬の数頭が、竿立ちになる。書記官の馬もだ。彼は石畳に投げ出されて尻餅をつく。
「控えろ! 聖獣ユニコーンを暴れ馬扱いとは、言葉を知らぬ奴め!」
デュロワが黒馬の上から見おろして一喝する。それに石畳に投げ出された書記官が「ひぇ」と情けない声をあげて首をすくめる。
「リコリヌはアルトルト殿下以外、不用意に人に触れさせぬ気高き天馬。お前達の薄汚れた手で触れて良い存在ではない。それこそ触れた途端に、神々の天罰の雷がその頭上に降り注ぐぞ」
デュロワの言葉に、王宮騎士達は自分達の頭上に雷が落ちる光景を想像したのか、ごくりとつばを飲み込むものもいる。
「アルトルト殿下の心を知らぬリコリヌではない。ゆっくり王都を回ったあとに、王宮に参る。お前達は後ろからついてくるとよい」
少し先を行くアルトルトとリコリヌ、その後ろに続く栗毛の馬とセバスティア。それを追いかけて、デュロワの黒馬にイルの乗った機械鎧。大公の騎士達が続く。
さらにその後ろから王宮騎士達がとぼとぼと、馬から落ちて腰を打った書記官は、アルトルトが乗るはずだった馬車の後ろのステップに腰掛けて運ばれるという、情けない有様でついていった。
「勇者様だ!」
「我らが英雄!」
「王太子殿下万歳!」
白銀の一角獣にまたがり早足で王都の大路を行く、アルトルトの姿に王都民は歓声をあげた。人々が押し寄せるが、危険がないようにその回りを、大公家の騎士達が間を開けて駆けて、即席のパレードの護衛を務める。
そんな民の歓声を片手をあげて笑顔で受けながら、王宮についたアルトルトだったが、王宮の金の長い槍を並べたような格子の門は、固く閉ざされていた。
「これより先は王太子殿下のみお入りください」
門の向こうの衛兵がそう告げる。
「王宮はこの大公ベルクフリートに門戸を開かれぬというのか? 私は先王ゴドレルの弟にして、先代勇者デュロワ。現王たるパレンス陛下の叔父である。開門されよ!」
「で、ですから大公閣下には明日の式典に改めて来られるようにと、陛下のお言葉をお伝えしました」
王宮騎士に肩を貸してもらいながら、よたよたと書記官がデュロワの前へとやってくる。デュロワがギロリと彼を見るのに怯えた表情となったが、それでも退かないのは、大した役人根性ではある。
それに役人としても無能ではなかったらしい。アルトルトが大路を即席パレードしている間に、使いを走らせて王宮へとこのことを知らせたか。
「トルト様」
ゼバスティアは栗毛の馬を寄せて、そっとアルトルトの耳元でささやいた。アルトルトは目を丸くし、つぎに面白いそうだとばかりに、微笑むとこくりとうなずいた。
「リコリヌ、行こう」
主人の気持ちを読む聖獣は、アルトルトの具体的な言葉がなくとも、門から少し離れて助走をつけると門へと向かい。
ふわりとその背に光の翼を出現させた。
「おお!」とデュロワが声をあげる。その場にいた誰もが、その神々しい光景に目を奪われた。
高い門をひと跳びで越え、アルトルトが手綱をひいて馬首を返し、閉ざされたままの門を見据える。
「衛兵! お前達は怪我をするから離れろ! 王太子アルトルトの命である!」
怪我という文句と、アルトルトの発した堂々たる命令に、門の前にいた衛兵達は思わず……といった様子で離れた。
「えいっ!」
アルトルトが腰のオルハリコンの剣を抜き振り下ろす。鋭いかまいたちが跳んで閉じていた鉄の門を真っ二つにした。あのギガントスを倒したときの“戦利品”。ゼバスティアが聖剣につけてやった魔石の力だ。
「さあ、大叔父上。行きましょう」
「ああ」
デュロワがうなずき壊れた門をくぐる。その後ろに機械鎧のイルにそれからゼバスティアが続いた。
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