【43】罠、罠、罠などガッシャンだ!
「罠ですな」
「罠であろうな」
大公邸の書斎。執事ゼバスの姿のゼバスティアと、執務机の向こうのデュロワは口を揃えた。
今朝、転送陣から届いた王都よりの書簡。国王パレンスの署名入りで、勇者アルトルトの今回勝利をたたえ、祝賀会を開きたいとの招待だった。
「じゃあ、行かなきゃいい」
タマネギ頭に丸い胴体の鎧。その鎧の扉を開けて、中に腰掛けた姿勢のイルが口を開く。ゼバスティア達がいるときも、こうして、彼は寛いで? 姿を見せるようになった。
鎧に入りっぱなしで夏は暑そうだと思ったが、「そんな棺桶みたいな作りはしてねぇ」との本人の談だ。夏は涼しく冬は暖かく、快適? な空間を維持するための、丸い胴体だそうだ。
まあ、普通の体格の男性ならば窮屈だろうが、この寸詰まりなら……とは口にしない。たちまちちんまい足がとんでくるからだ。
「行きたくないから行かないと、そんな訳にはいかない」
「どうして? 罠だってわかってるんだろう?」
デュロワの言葉にイルが不服そうに唇を尖らせる。
「国王陛下のご署名入りですからな。いくら大公閣下や、王太子殿下でも、そのご命令には従わねばなりません」
ゼバスティアが口を開く。そう、表向きは“招待状”だが、王が来いといえば、なんとしても行かなければならないのが臣下というものだ。応じなければ謀反の嫌疑さえかけられる。
「しかし、その祝賀会とともに闘技会が行われるというのが、なんとも不穏だな。大陸から集めた強者の代表と、殿下を競わせるなど」
デュロワが深いため息を一つ。卓上に投げ出された、書状を見る。そこには“勇者”で“国の英雄”となったアルトルトの勇姿を民に多く知らしめるために“是非”と書かれている。
だが、すでに大魔王が大陸全土に小さな勇者の戦いを見せているのだ。これ以上、一体なにを見世物にしようというのやら。
「王家主催の闘技会なんて、殿下に不利なようにインチキするに決まっているじゃんか」
イルの意見にデュロワは苦笑し、机の前に執事姿で姿勢正しく立つゼバスは「ただのインチキならばよろしいですが」と口を開く。
「あの王宮お得意の“手違い”でアルトルト様の御身に危険があってはなりませぬ」
いくら模擬戦だといっても“間違い”はあるものだ。そこで亡くなった者達など、過去に数多くいる。
それこそ、若い騎士に刃先を丸くした槍に、目を突かれ頭蓋まで貫いて、亡くなった王もいた。鳥籠の死としてよく知られるものだ。
鳥籠とはそのとき王がつけていた兜からだ。その兜の網の目をくぐり抜けて、目を貫いたとは、まったくの偶然としか言えないが。
「たんなる偶然、不幸な出来事で片付けられてはたまらんな」
デュロワは思案顔となる。
「祝賀会は顔出しするとして、闘技会のほうはなんとか殿下がお出にならなくともすむようにしたいものだな。無難な断り文句としては、当日の体調不良にて……となるが」
「それだと、またあの継母王妃がやっぱり王太子殿下は生来の病弱だなんだと、自分の息子を第二王太子にしろと、ほざき出すんじゃないか?」
イルの言葉にデュロワは「まあな」と眉を下げる。それを机の前で立ったまま聞く、ゼバスティアはそれでも構わないと思う。
すでに勇者アルトルトの実力は、人々の目に触れさせたのだ。悪い噂ばかりの王家主催の闘技会を欠席したところで、アルトルトに疵などつかない。
「僕は闘技会に出るぞ」
そこに口を開いたのはアルトルト。彼は執務机の横にある小卓。その椅子に腰掛けていた。
七歳のアルトルトだが、デュロワは子供だからと彼を遠ざけることなく、ここに招きいれていた。
あのギガントスに勝ったことで、小さくともすでに一人前の勇者。自分のことは自分で決め、意見を述べるときが来たと。
それまで黙って、大きな者達のやりとりを聞いていたアルトルトが、初めて自分の意見を述べた。
「殿下、あちら側は明らかに罠を張ってくるでしょう」
デュロワの言葉にアルトルトはこくりと頷く。
「みんなの話は聞いていた。それでも僕は出たいと思う」
「罠だよ? インチキだよ? わかってるの?」
イルが機械鎧の丸い胴体から、ぴょんと飛び出て、アルトルトの前に立つ。アルトルトはそれにこくりとうなずいて。
「もちろん、それもわかっている」
「トルト様、ご無理をなされる必要はないのですよ」
ゼバスティアは、椅子に座るアルトルトの前に片膝をついて、その顔をじっと見つめる。
「僕は勇者だ。ゼバス」
「承知しております、トルト様の武勇もその真っ直ぐなお心も。しかし、罠だとわかっている場所に飛びこむ主をお止めすることをしないような、愚か者ではこのゼバスはありません」
「もちろん僕も、明らかに見えてる落とし穴に落っこちるほど馬鹿ではないさ。それに、そんな穴は飛び越えてやる!」
アルトルトはすっくと立ち上がって、跪くゼバスティアを見おろす。
「ギガントスを倒した程度で奢るつもりはない。だが、あの大魔王と戦うのに、母上と宰相がしかけた程度の罠に怯えてどうする? それこそ、仕掛けられた罠を逆にたたき壊して、あちらを驚かせるぐらいでないと!」
「なんと、剛毅な! たしかにそれでこそ勇者ですぞ! 殿下」
デュロワが手を叩いて喜び、イルもまた「なら思いっきり派手にやろうぜ! 俺も新兵器作らないと!」なんて言っている。
そして、ゼバスティアは。
いつものように内心で悶えていた。
『ああ、我を見おろすトルトのちょっと生意気な顔が、なんて愛らしい。あがり気味の顎の角度なんて絶品! 完璧であるぞぉおお!!』
「もちろん跳び越えたり壊したりできる罠ばかりではないだろう。まだまだ子供の僕にはわからない、難しい罠をあちらが仕掛けてくるかもしれない。それはゼバスや大叔父上やイル殿に思いっきりたよることにする!」
『うぉおお~このゼバスティアの名を一番に呼ぶか! トルトよ! もちろん一番頼りになるのは、この我ぞ、ぉおおおお!!』
心の中で絶叫しながら、執事ゼバスとして片膝をついたまま、胸にうやうやしく手を当てて「かしこまりました」と一礼したゼバスティアだった。
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