【45】ただの馬ではありません

   


 王宮の建物内に入るときは、さすがにデュロワ以下の者達は下馬した。

 しかし、アルトルトはリコリヌに乗ったまま、王宮内へと。みんなはぞろぞろそ徒歩でその後ろに続く。

 これも、門へとリコリヌの翼で飛んで入るようにとささやいた、セバスティアの指示だ。


『王宮内に入っても下馬せずに、陛下と王妃様の前へとお進みください』


 と。

 リコリヌにまたがったままのアルトルトは王宮の馬車も入れそうな両開きの玄関扉をくぐり、吹き抜けの大きなホールへと入る。二階への大階段を軽快にあがっていく。

 人間用の階段だ。当然馬には幅が狭いが、リコリヌの足取りにも、またアルトルトの騎乗の姿勢にも揺るぎがまったくない。


「王太子アルトルト殿下のお成りである。陛下はいずこにおられるか!」


 後ろから歩きついていくデュロワが声高くふれ回る。王宮の表に仕える貴族階級の侍従や侍女達は、王宮へ馬にまたがったまま王太子がやってくるという、見た事もない光景に呆然とし右往左往するばかりだ。


「何事ですか! 騒がしい!」


 大階段を昇り、控えの間から大広間を抜けて、いくつかの部屋や小部屋を通り過ぎ、アルトルトは王の昼間の居室へと。そこにはパレンスとともに王妃ザビアも待ち構えていた。

 王妃の横に第二王子カイラルがいる。アルトルトを見てその唇が小さく「兄上」と動いたのを気付いたのは、魔王の鷹の目を持つゼバスティアだけだった。


「王宮へ馬で乗り込んでくるなんて不作法な! 王太子殿下とはいえ許されることではありませんよ!」


 キンキンとわめくザビアに横でおろおろするばかりのパレンスはいつもの光景だ。

 アルトルトはそんなザビアを一瞥すらせず、ひらりとリコリヌの背から飛び降りる。そしてパレンスの前に片膝をついて跪き、胸に手をあてて騎士の礼を取った。

 リコリヌもまた主の横で、前脚を折ってパレンス王にその長首を下げた。


「リコリヌも父上にご挨拶をしたいというので、こうして共に参りました」

「おお、聖獣ユニコーンから礼をとられるとは、さすが勇者の父君、偉大なる王と認められたも同然ですぞ、陛下」


 デュロワの言葉にパレンスがまんざらでもない顔で「そ、そうか」と答える。

 ザビアと言えば、アルトルトを不作法者と決めつけて、思うさま糾弾出来ると勢いこんでいたのにそれが出来なかった。悔しげに赤い唇を噛みしめて、ぎりぎりと音が立つほど、香木の扇を握りしめている。


「と、とにかく王太子殿下の王宮への無事のご帰還、なによりです」


 まったく無事に帰還など願ってもいなかったという白々しい口調で彼女は言う。


「ですが、王宮より陛下が護衛と馬車の迎えを寄こしたはず。それがどうして、馬の背にまたがったまま王宮へ」


 ザビアが『馬』と言い放ったとたん、リコリヌは折っていた前脚をすくっと伸ばして立ち上がり、カッと軽く床を蹴って音を立てた。銀の瞳でじっと見られて、ザビアがいささか怯えた顔になる。


「母上、リコリヌは馬ではなく、ユニコーンです。聖獣、天馬とも呼ばれます」


 非難する口調でもなく、馬鹿にするわけでもなく、真っ直ぐにアルトルトがザビアに告げる。ザビアが「馬は馬じゃ……」と言いかけたが、再びカッ! とリコリヌが床を前脚で叩き、ぴしっと大理石の床にヒビがはいった。これにザビアではなく、パレンスが「ひいっ!」と声をあげた。


「ザ、ザビア、聖獣殿に失礼があってはならぬ」


 パレンスがそうたしなめる。


「ええ、聖獣ユニコーンにして、光の翼を持つ天馬。それが当世の勇者アルトルトを主と認めたのですからな」


 デュロワがまるで我が事のように得意げに語る。それにザビアは、口を開きかけては閉じを三度ほど繰り返し。


「ず、ずいぶんと独特な礼ですけれども、それが聖獣の礼儀というならば受け入れましょう」


 そう答えておいて、しかし、やられっぱなしで納まるような女ではない。


「王太子殿下におかれては、長きご静養の末にご無事のご帰還なによりです」


 ご静養とあえて付け加える嫌みったらしい口調で。


「大公殿と他の者達は引き取りなさい」


 と、あくまでアルトルトをこちらから引き離そうとする。


「なぜですか?」


 それに不思議そうに声をあげたのはアルトルト。反論されるとは思わなかったのか、ザビアの細い眉がつりあがる。


「なぜとはなに!?」


 その尖った声にパレンスがザビアの顔色をうかがうように彼女の顔を見、横にいたカイラルの肩もまたぴくりと跳ねる。


「なに!? とは王太子殿下に向かわれて、王妃とはいえなんですかな?」

「い、いえ……なんですか?」


 デュロワに咎められて、ザビアは言い直す。


「ゼバスは僕の執事です。僕から離れるなどありえません」

「執事程度なら認めましょう。なら彼を伴って用意したお部屋へ」


 アルトルトの口から一番に自分の名が出たことにゼバスティアはよい気分となる。ザビアが執事程度といったことなど帳消しだ。

 だいたい、認めましょうとはなんだ? まあ、執事“程度”一匹なら、護衛でもなんでもないから、アルトルトをどうにでも出来るとでも? 

 この分だと用意された部屋というのも、塔のてっぺんの貴賓室かもしれない。内装は豪奢だが、窓には鉄格子の王族の幽閉部屋。





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