【41】おお~勇者よ、どうしてそんなに強くなってしまったのだ!

 

   


 ギガントスはアルトルトの身長の倍ほどもあろうかという、とげとげの棍棒を振り下ろした。アルトルトは素早く跳んで避ける。

 その巨体から鈍重に思われたギガントスだが、意外に素早く、アルトルトの逃げたあとを追って、棍棒が振り下ろされる。

 アルトルトまたすばしっこく、右へ左へと避けるが。


「どうした? 逃げるばかりでは、らちがあかんぞ」


 ゼバスティアはからかうように声をあげた。魔獣の骨を組んだ玉座に足を組んで斜めに座り、肘当てに肘をついて、いかにもつまらなそうに。

 そんな大魔王の挑発にも、アルトルトはこちらにちらりとも視線を向けることはなかった。その青空の大きな瞳は、常にギガントスを捕らえている。

 良い集中力だと、ゼバスティアは思う。戦いにおいて、心乱すことは一番の悪手だ。常に冷静に回りを見て、敵のみをその目に捕らえておくことだ。

 アルトルトは後ろへ後ろへと下がり、ついに玉座の間の壁を背に追い詰められる。

 ギガントスが狙いを定めたように片手ではなく、両手で棍棒を振り下ろした。

 その瞬間に小さな身体は、なんと巨人のまたの間をくぐり抜けた。

 ギガントスは目の前から消えた獲物に一瞬戸惑い。そしてぐるりと振り返る。

 連続で棍棒を振りまわされていたときよりも、大きな隙。アルトルトはその機会を逃さずに、背中に背負っていた弓を引き抜き、キリリと弦を引き絞って放った。

 ギガントスの一つ目に突き刺さる矢。

 それにギガントスは大きくよろめく。

 視界を潰された巨人であったが、逆上したように咆哮をあげて、ブンブンと棍棒を振りまわした。

 棍棒の勢いだけでなく、その風圧もすごく、迂闊に巨人には近寄れない。

 アルトルトは慌てず巨人から距離をいったんとると、ぐるりと駆けてその背後に回り込んだ。身を屈めて巨人の足元に滑り込み様、オルハリコンの剣を振る。その片脚のかかとを切り裂いた。

 腱を切られたギガントスは片脚ではその巨体を支えきれずに、ズドンと音を立ててひっくり返る。

 アルトルトは倒れたギガントスの身体をかけると、その胸の真ん中にオルハリコンの剣を突き立てた。

 核を貫かれて、ざあっとギガントスの身体が砂のように崩れ去る。


「見事だ」


 パンパンと拍手をし、ゼバスティアは玉座から立ち上がった。きざはしを降りて、アルトルトに近寄る。

 アルトルトの今の強さを考えて調整したギガントスだったが、まさかこれほど見事に倒すとは思わなかった。

 このギガントスはゼバスティアが作った魔法生物であった。アルトルト用に手加減などしていない。むしろ、大人の勇者だって手こずるだろう代物だ。

 というか、調整しながらゼバスティアは思った。これ、魔界の四大公爵でも敵わないんじゃなかろうか? と。


「戦利品だ」


 床に転がるギガントスの核となっていた魔石を拾う。それをアルトルトが握りしめている、オルハリコン。その柄の頭につけてやる。


「お前が魔力をこめて、この剣を振るえば、それはたちまち見えぬ刃の風となるだろう。修練は必要だがな」


 ゼバスティアは、いまだ肩で息をつくアルトルトに告げた。


「さて、また厨房で作りすぎた料理を食べていくとよい。菓子もあるぞ」

「食べ物を粗末に扱うことはよくないことだ」

「魔族はそんなこと気にするか」


 セバスティアはそう返しながら、仕掛は上々と内心でほくそ笑む。

 そう、人界のあちこちで今頃、大騒ぎとなっているはずだ。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「あれ?」


 いつものように魔王城でごちそうを食べて、デザートを食べて、帰りの転送陣をくぐったアルトルトは声をあげた。

 いつもの自分の部屋ではなかったからだ。

 外。それも、大勢の人々がいる広場らしき場所。

 そして、全ての人の目がアルトルトに注がれている。

 彼らは突如現れたアルトルトに大きな目を見開くと、次には大きく口を開けて叫んだ。


「勇者様万歳!」

「我らが王太子様!」


 そのようなことを叫びながら、男も女も子供も駆け寄ってくる。このままアルトルトは彼らに囲まれてもみくちゃにされるかと思ったが。

 ふわりと身体が抱きあげられた。

 そして、広場の中心にある、初代王の石の像。その台の上にいた。


「お怪我はありませんか? アルトルト様」

「ゼバス!」


 民衆はわあわあと、石の像へと駆け寄るが高い台のうえにはその伸ばした手は届かない。


「皆の者、喜びはわかるが鎮まりなさい!」


 そう声を張り上げ、現れたのはデュロワだ。その後ろにはタマネギ頭に丸い身体の大きな動く鎧がついてきている。中には当然イルがいる。


「静粛に! 静粛に!」


 そう叫ぶデュロワの大きく張り上げる声に合わせるように、機械鎧というか中身イルが、鉄色の腕を振り上げた。五本の指の先からパンパンと大きな音をあげて青空にあがったのは、色とりどりの煙花火。


「あれは先代勇者様ではないか?」


 との声が波のように広がり、さらに花火の大きな音に人々はようやく鎮まり返る。


「今、みなの見た通り、我らが勇者にして王太子アルトルト殿下は魔王の仕向けた刺客である、巨人を見事討伐され、帰還なされた!」


 デュロワが声を張り上げる。それに民衆が応えるようにわあっと声をあげて、再び「勇者様!」「我らが王太子殿下!」の声を張り上げる。


「トルト様、みなさまに応えて手をお振りください」

「う、うん」


 アルトルトは戸惑いながらも、執事姿のゼバスティアに抱きあげられた腕の中で手を降ると、歓喜の声はいっそう大きくなった。





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