【40】カワイイ子にはギガントス

   


 勇者アルトルト七歳のお誕生日会……じゃない、魔王城での決戦の日。


「勇者アルトルトだ。魔王よ! 今年こそ、お前との決着をつけにきたぞ!」


 七歳にして、その名乗りは堂々としている。

『やあやあ、われこちょは……』なんて、ちょっと噛んでいた、さんちゃい、もとい三歳の頃から知っている魔王ゼバスティアは、魔獣の骨を組んだ玉座に座し、目頭を思わず押さえた。

 今年も新調した勇者のお誕生日会の盛装、もとい勇者との決戦の衣装も麗しい。銀星の輝きがあちこちに散る黒貂の縁取りのマント、膝までの黒光りするドラゴンの革のブーツで長い足を組んで眉間に長い指を二本揃えて押し当てる。

 銀の角、紫の光沢の真っ直ぐ長い黒髪。白皙の額の美貌の魔王の完璧な横顔を見れば、誰もが思わず見惚れるだろう。当代一の画家ならば「魔王の憂い」とでも表題をつけて、後世に残る名画を描いたに違いない。

 しかし、その大魔王様は心中で。


『あ~トルトよ! なんて、なんて、成長して凜々しくなってなお、愛らしいぞぉおおお!!』


 絶叫していた。

 三歳の頃はぷくぷくしていたほっぺが、しゅっとして少年の凜々しさを醸し出しつつ、やっぱり柔らかそうで、ちゅっちゅしたい! とか。いや、実際は執事の自制で寝ている良い子のアルトルトにはしてないぞ。時々誘惑にかられるけど! 

 背丈もすんなり伸びて七歳にしては長身。横幅はないが、痩せてひょろひょろなんてことはなく、しっかりバネのある筋肉がついていることは、毎日執事ゼバスとしてお着替えを手伝っているから、知っている。

 手や足もこの年頃にしては大きく、そしてがっちり骨太なのだ。それがまたむくむくの大型犬の仔犬の愛らしさを思わせてたまらん。


『そして、そして、今日のために新調した勇者のマントも似合うぞ~!! 空色もいいが、深紅も良いな。以前はもう少し淡い蜂蜜色だったが、今は輝ける黄金へと変化した髪色にもあっているぞ。ちょっと長めの巻き毛が獅子のたてがみようだ。まだまだ可愛い子猫、もとい子ライオンちゃんだがな』


 チュニックはマントの深紅の色をさらに濃くしたワイン色にし、つや消しの金の刺繍。膝丈の半ズボンキュロットは黒に近い深緑なのが魔王の洒落心という奴だ。そこに溶岩を踏んでも火傷しない、火蜥蜴サラマンダーのブーツ。


『肩からかけた、剣帯を黒にしたのも正解だな。銀の刺繍もきらめいて、これぞ少年勇者! 我のこーでねーと、完璧!』


 軽く苦悩の表情を浮かべたのは、それこそゆっくり瞬き、三つか五つの間ほどか。それだけでこれだけの妄想? を浮かべられるのは、さすが勇者ガチの大魔王だ。

 このところ、どこぞの大公とか、どこぞの大神官長とか出てきたけど、我、アルトルト強火勢として負けない! 


「魔王! 勝負!」

「待て」


 オルハリコンの剣を構えるアルトルトに、眉間に指を当てていた、ゼバスティアはその手を突き出して止めた。

 アルトルトがいぶかしげな顔で、剣を少し引く。

 たしかにいつもならば、その剣で突かれて「やられた~」とひっくり返ったのは……四歳の時までだ。

 五歳で、身体ごと毬のように飛んできた、一突きには慌てて、その暗黒剣で受けとめたぐらいだ。思わずはね除けてしまい、宙に飛んだアルトルトにしまったと思ったが、くるりと猫のように一回転して着地したのは、さすがと思ったものだ。

 その後、やっぱりちょんとその剣の先で突かれたふりをして「やられた~」と毎度進化しない下手くそな演技をしてぱったり倒れた。

 そこから「ふはは!」と高笑いと共に復活するのはいつものとおりの(以下略)。

 六歳のときは、さすがに幾手か剣を打ち合わねばならなかった。それぐらい剣筋に隙が無くなってきたのだ。

 それでもなんとか自然に斬られたふりをして「やられた~」と倒れたのだが。


「斬られ方は確かにうまかったですが、その後の演技は相変わらず、大根ラデッシュでしたな」


 なんて言ったグレムリンの道化を地平線の彼方にもまで吹っ飛ばしてやったのは、もはやお約束だ。ひいひい言いながら、戻ってきたのは一ヶ月後だと? 知るか。


「我は今、風邪をひいている」


 ごほごほとわざとらしく咳をする。その演技もやっぱりラディッシュだったが。


「魔王も風邪を引くのか?」

「当然だ。魔族だって風邪を引く」


 アルトルトに答える。大嘘だ。正確には魔族は風邪を引くが、完璧な大魔王はあらゆる病魔に毒を寄せ付けない。


「……というわけで、我は今日、お前の相手は出来ぬ」

「病気ならば仕方ないな」


 ちょっとしょんぼり残念そうなアルトルトの様子に、ちくちくゼバスティアの良心が痛む。いや、大魔王に良心なんてあるのか? と言われれば、アルトルトにはある! ときっぱり答えるだろう。


「しかし、せっかく来た勇者を“もてなし”のせずに返したとあらば、この大魔王の恥。きちんと接待役を用意した」


「接待役?」と首をかしげるアルトルトに、セバスティアは口の片端をあげ邪悪な笑みを浮かべて、ぱちりと指を鳴らす。

 玉座の前に現れる巨大な魔法陣、そこからずずず……と巨大な姿が現れる。


「本日の勇者接待役に命じた、ギガントスだ」


 青い肌、ひと目の巨人は、ぎろりとアルトルトを見た。





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