【39】第二王太子という言葉遊び
さて、七歳のお誕生日会はどうしよう……と、ゼバスティアが考え始めた頃。もっとも、六歳の誕生日会が終われば、次の誕生日会のことを、すぐに考え出す大魔王なのだが。
それがひと月前となればなおさら、あれこれと準備せねば。
そんな忙しい時に大公邸は大公デュロワの書斎に呼び出された。とはいえ、時々はこうして話し合うのであるが。主な話はアルトルトの養育について。
それに、王都での動きだ。
「アルトルト殿下が王都を離れられて三年。ご病気の完治の見込み無し、殿下を廃嫡し、自分の息子のカイラル殿下を王太子に! とあの女狐が陛下に迫ったそうだ。最後には癇癪を起こして、燭台を投げつけて貴重な像を壊したと」
呆れたとばかり執務机の向こうのデュロワが肩をすくめる。
女狐とはあの継母王妃ザビアのことだ。
「現在、像は修復中だ」
とのどうでもいいデュロワの言葉に、ゼバスティアは内心で吹き出しながら、涼しい顔で口を開く。
「陛下もさぞ怖かったことでしょうね」
「それでも陛下は殿下の廃嫡には、ご承知なさらなかったそうだ」
「それはそれはがんばられましたね」
ゼバスティアの口調には、大仰に感心しながらどこか馬鹿にしたような響きがある。あの優柔不断でザビアに頭が上がらないパレンス王が、震えて青ざめながらも首を縦にけしてふらなかった様が浮かぶ。
廃嫡など絶対に承知出来ないだろう。
「大神殿の猊下も現勇者の病気療養とは、表向きのこととご承知されている」
神々の神託を受け、歴代勇者を選定してきた大神殿。その猊下……つまり大神官長は、各国の国王を凌ぐ権威を持つ。
「猊下も、アルトルト殿下をお気に入りでらっしゃるからな。王太子のお立場に関して憂慮されている」
「ええ、はい、猊下には御厚遇頂いていると、トルト様から聞いております」
毎年の誕生日の魔王との対決のあと、大公領から直接大神殿に、大公デュロワに付き添われたアルトルト自らが報告に行っているのだ。
執事である自分はさすがに大公邸にて留守番であるが、そこはしっかり目を飛ばしている。聖なる結界が張られた大神殿であろうとも、大魔王の手にかかれば、ちょいとちょいと。まあ、さすがにいつもは唱えない詠唱を噛みながらつぶやき、水鏡を併用する必要があるが。
水鏡には、可愛らしい勇者に目を細める、白い髭の好好爺の姿があった。アルトルトにてづから菓子を勧める姿は、まるきりじぃじと孫であったが。
しかし、さすが大神官長。アルトルトが持ってきた木の弓。それに給仕の若い神官が明らかに、これが戦利品? と失望の表情を浮かべるのに、くわりとその皺に埋もれた瞳を見開き。
「これは神代に妖精界へと去られたエルフの弓」
と弓をかかげ、祝福を与えるとたちまち枯れた木の弓から、緑の若芽が生え銀色の花が咲くという奇跡が起こった。「おお!」と部屋の神官達がどよめくなか、その奇跡の幻影はすぐに消えて、ただの木の弓に戻ったが。
以来、完全に覚醒した弓は、アルトルトがぎりりと弓を引き絞るたびに、その銀の花を咲かせ、矢を放つと散るという美しい姿を見せるようになった。
さらには、クリスタルの小さな結界に包まれた花を見せられ、大神官長は目を細めて、髭を扱いて感心したようにうなずき。
「魔界にもこのように美しい花が咲くとは。これと同じ品を魔王と交換なされたのですか?」
「はい、来年また対決するという約束です!」
「ほほう、魔王と仲良くなさいませ」
梟のようにほうほうと笑いながら、大神官長は言った。『仲良く』ってなんだ?
心なしか水鏡越し、こちらにちらりと視線を寄こしたような気がしたが、まさか神官とはいえ人間ごときに、自分の存在が気付かれた……なんてな。
「猊下は勇者から魔王討伐の報告を受け取ったと、毎年、王宮宛に書簡を持たせた使者を送って下さっている」
「それはそれは、猊下もご親切に王宮に勅使をでございますか」
これは大神殿もしっかりグリフォニア王宮の動きを見ているぞという、大神官長自ら王宮に圧力を加えているというわけだ。
「……そんなわけで女狐が癇癪を起こしてもどうにもならんことがある。ところがあの女狐は諦めず、兄の宰相とまたまた悪だくみを。今度は第二王太子制度をなどと言い出してな」
王妃の兄は宰相のジゾール公爵だ。
「第二王太子?」
ゼバスティアはそれこそ鼻で笑う。これはまた姑息な悪知恵を働かせたものだと。
「王太子に第一も第二もありませんでしょう。王太子は王太子。他の王子はその控えです」
王太子は王位を継ぐ者であり、それが亡くなった場合は、第二王子以降の王子が継ぐのだ。それこそ第二王太子など、第二王子のままでいいではないか。
「たんなる言葉遊びだ」
デュロワもそう断じる。
「しかし、その第二王太子は王太子と同格の扱いが宮中でなされるとなれば話が別だ」
「なるほど、既成事実津を積み重ねて外堀を埋めるつもりですか」
ゼバスティアは顎に手を当てる。王都を離れているアルトルトと違い、王宮でカイラルが王太子同然の扱いを受けていれば、いつしか周囲の貴族も王都民も、カイラルが王太子だという雰囲気になる。
たとえアルトルトという王太子がいようともだ。
そういう空気というのはたしかに厄介だ。
今は単なる言葉遊びだろうと、そんな馬鹿げた野望は叩きつぶしておくべきだろうと、セバスティアは思案した。
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