【37】先代勇者と盟友の話

 



 アルトルトの寝付きはまったく良い子だ。ベッドにはいって、一日の出来事を執事ゼバスと話すのもつかの間、ことりと寝入ってしまう。

 そのあと、すぐに魔王城へとゼバスティアは転移する。その姿は一瞬にして平々凡々な執事ゼバスの姿から、麗しの大魔王ゼバスティアへと変わっている。


「今日は、やけにご機嫌でございますね、大魔王様」


 転移した玉座の間で声をかけてきた、道化の小鬼グレムリンのひたいを、目にも留まらぬ高速デコピンで跳ばしてやった。


「ひどいです~大魔王様ぁぁああ」


 窓から城の外へと飛んでいったが、少し飛ばしただけだから、すぐに戻って来られるだろう。

 そして、魔王の執務室。螺旋の階段が巡る、四方の壁は古今東西の蔵書で埋め尽くされている。高い天窓の天上からつり下がるのは、中心には青い輝きを放つ天球儀。その回りには赤や黄色、銀の輝きを放つクリスタルの星々がグルグルと回る。

 その下には巨大な執務机。傍らの大きな書架台には、ミスリル銀の表紙で装丁された古い羊皮紙の魔道書。そこに描かれた魔法陣を見ただけで、魔道城マギ・マタルの魔術師達は目を剥くだろう。人界では失われたとされている、大魔法使いマタルの魔道書など。

 白い指でその魔道書をめくりながら、本日もゼバスティアはニヤニヤしていた。にやけてはいるが、銀の角に紫の光沢の黒髪。紫切れ長の瞳に長いまつげの美貌はいささかも損なわれていない。

 我は何時だって完璧なのだ! にやけていてもな! 

 さて、良い子の勇者アルトルトが寝たあとには、大魔王としての執務がある。これでも魔王として真面目に仕事はしているゼバスティアなのだ。

 可愛い可愛いアルトルトのお世話が一番……いや、それだけにうつつを抜かしているわけではないぞ! 

 で、本日鼻歌でも歌いそうな様子で、ゼバスティアが執務を行っているのは。

 デュロワにイルという恋人がいることがわかったからだ。

 この大魔王ゼバスティアの第六感は予言レベルなのだ。たとえ、自身は恋人なんて一人も居たことがなくとも! 

『だから、大魔王様、やっぱり、どうて……』

 うるさい! と、心の中の道化のグレムリンにゼバスティアは怒鳴る。遠くで道化グレムリンの「ぎゃあ!」という声が、大魔王の地獄耳に聞こえた。やっとこさ城に戻ってきた所を、また窓から飛ばされたグレムリンはとんだとばっちりだ。

 まあいいと、ゼバスティアは機嫌を直す。

 大叔父上とアルトルトはデュロワを慕っているし、デュロワもまたアルトルトには忠誠以上の気持ちを持っているようだ。

 それが肉親の愛、家族愛なら目こぼししてやろうとゼバスティアは寛大な気持ちで思うことにしていた。デュロワがアルトルトの頭を撫でる度に、内心でハンカチギリギリして嫉妬の炎、メラメラであろうとも。

 しかし、デュロワにはしっかりとイルという相手がいるならよい。

 それも数年程度のつかの間の関係などではない。あれは何十年もの夫婦同然だろう。

 思いだしたのだ。

 アルトルト以前の勇者などどうでもよいゼバスティアは、先代勇者たるデュロワのこともすっかり忘れていた。歴代の中でもかなりの強者で、その片腕を落とさざるをえなかったというのに。

 で、当然、その盟友のことなんて覚えていなかった。

 デュロワの盟友はたった一人で、あんなに特徴的だったのにもかかわらず。

 ハーフエルフにしてハーフコボルトの特徴を持つ四つ耳。あれから少しは成長したのか、あのときは少年の姿だったが、今は青年と少年の中間と呼べるほどになってはいた。

 しかし、あの珍しい四つ耳を忘れるわけもない。それにあのときは、手足に魔道具の装甲をまとうのみだった。強者の勇者に負けぬぐらいの戦闘力で、魔王城の広間を守る巨大石像を粉砕していたが。

 あれからあの装甲はさらに進化を遂げて全身を覆うようになったようだ。あの丸く巨大な胴体は、小柄な身体がすっぽり中へと入るためだ。しかし、あのタマネギ頭はどうなんだ? と大魔王の美意識で「却下」と即座につぶやいていた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 その頃の大公邸。大公の寝室。


「あの夜会のときから、俺は感じていたんだよね。あの執事は怪しいって」

「たしかにお前はそう言っていたな」


 広い寝台に仰向けのデュロワの大きな身体にイルが乗り上げている。その厚い胸板に両手で頬杖をついて、足をぱたぱたと。


「なにか邪悪な魔力でも感じるのか?」

「それがまったくだから、余計怪しいんだよ。魔法書簡なんて、デュウのところに直接送ってきたのに」


 アルトルトの窮地を知らせるために、執事ゼバスの署名でデュロワのところに直接飛んできた隼の形の魔法書簡。あれは高度な魔法だ。

 なんの魔力も感じない平凡な執事に扱えるものではない。


「……だから余計に怖いと俺も思うな」

「デュウでさえ怖いの?」

「お前と同じく、私もあの男になにも感じていない。ごくごく普通の執事だ。なのに得たいの知れない不気味さを感じる」


 イルの頭を撫でながらデュロワがつぶやく。イルがその大きな手の感触にぺたんと大きな耳を寝かせながら、不安げな揺れる水色の瞳で見る。


「心配はするな。あの男は殿下の一番の守護者だ。俺達が殿下の敵にならない限りは大丈夫だ」

「そんなこと絶対あり得ないよ。今のところの俺達の敵はお城にいる、あの評判のクソ悪い継母王妃と宰相なんだし」


 そうアルトルトを王城から救い出しはしたが、王城にはあの継母のザビアと宰相ジゾール公爵がいる。


「そちらのほうが殿下にとっては、よほど害悪だな」

「俺も今のところはあの執事は信用していいと思うな」

「散々、私に怪しいと言っておいてか? なんでだ?」

「美味い飯を作る奴に、悪い奴はいない」

「なるほどな」

「わっ!」


 ニヤリと笑ったデュロワがぐるりと体勢を入れ替えて、イルを組み敷く。


「今夜もするのか?」

「当然。しばらく離れていて、私は一人寝だったんだぞ。昨日の夜はお前が疲れているとはぐらかされた」

「だって、今日は朝早いって聞いたから、寝坊するわけにはいかなかったし」


 イルはむすりと言う。彼は王都に残り大公直属の間者達の指揮を執っていた。あらかたの調査が終わり、あとは王都に残る者達に任せて、大公領に戻って来たのが昨日だ。


「一人寝の夜が続いた、この私をなぐさめてくれ、イル」

「この絶倫! でも……俺だって寂しかったよ」


 イルの腕が伸びて、デュロワの太い首に回り、引き寄せた。






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