【36】四つ耳のハーフ

  

 


 音がしたのはタマネギ頭に丸い身体の機械鎧からだった。

 あれはどうかんがえても腹の虫の音だ。

 それも盛大な。

 アルトルトがまん丸の目で、機械鎧を見ている。それにデュロワが「くくく……」と笑い出す。


「すまんすまん、三度の飯がなにより楽しみな、お前を忘れたわけではないんだが」

「デュウはあいかわらず意地悪だな!」


 タマネギ頭の内部から声が響く。その丸い胴体がばかんと開いて、飛び出したのは小柄な姿。

 少年というべきか青年というべきか、その中間というべきだろう。中性的な整った顔立ちに、背丈は人間の女性程度だが、すらりと長い手足は“エルフ”の特徴がよく出ている。人間の耳と違う、先の尖った長い耳もだ。

 そうエルフだ。昔、魔界も人界も、神々の世界も地続きだった頃、彼らもまた普通に暮らしていた。

 しかし、神々が天上にあがったとき、彼らもまた、魔族や人間達の世界とは別の妖精界を作り、この地上から姿を消した。

 現在は妖精界から飛び出した放浪のエルフが人界をふらふらしてることが、あるようだが。

 しかし、魔法鎧から飛び出した青年……ではない長命のエルフだとしたら、半分だってそれなりの年齢だろう。外見はともかく。

 そう半分だ。そのハーフエルフの瞳は水色、髪の毛も水色で、さらに頭のうえに同じ毛色の毛皮に覆われた二対の尖った獣の耳があった。


「四つ耳……」


 思わずゼバスティアはつぶやいてしまった。そう、このハーフエルフには尖ったエルフの耳と、頭に獣の耳が四つあったのだ。とんだ珍種である。

「耳が四つあって悪いか!」

 どうやら、その言葉はこの四つ耳の尻尾を思いきり踏んづける言葉だったらしい。いや、実際、彼の尻にはふさふさ水色の狼尻尾があったのだが。

 怒った彼はゼバスティアに飛びかかろうとして、デュロワに「どうどう」と羽交い締めにされていた。「放せ! デュウの馬鹿力!」と足をパタパタさせる。


「申し訳ありません、見たままを思わず口にしてしまいました」

「よけい悪いわ!」


 ゼバスティアは立ち上がり、胸に手を当てて口先だけの謝罪を、そのハーフエルフにして、ハーフコボルトにした。

 そう、狼の耳に尻尾、それに水色の毛皮は白コボルトの特徴だ。

 青なのに白とはこれいかに? だが、それは魔界には名前そのままの黒コボルトがおり、それに対しての白。彼らはエルフの“従者”として妖精界に棲まう者だ。

 そう主人と使用人の子というべきか。人間の世界でも主人がメイドに手をつけるなんてよくある話だ。

 そして、そんな不義で生まれた子供が不遇なのも。

 おそらく、このハーフエルフにしてハーフコボルトの珍種も、妖精界に居づらくなって、人間界へとやってきたのだろう。

 しかし、機械鎧の中から飛び出してくるとは、どうりで丸々と胴体が大きかったはずだ。それを創り上げる魔力はエルフ。技術はさすがコボルトというべきか。

 魔界でもコボルトは魔道具作りの技術者として、有名だ。


「まあまあ、イル。ゼバスのこの巣ごもり肉団子を食べてみろ。絶品だぞ」


 デュロワがイルという名らしい、そのハーフエルフでコボルトに料理を勧める。

 アルトルトと二人で作ったサンドイッチ以外にも、ゼバスティアンはバスケットに自作のおかずをぎっしり詰め込んでいた。

 ゆで卵を挽肉で包んだ肉団子。ほうれん草とベーコン、マッシュルームとソーセージを使った二種類のキッシュ。白身魚に芋、タマネギのフリット。トマトをくりぬいて容器にしたものに、色とりどりのピクルスを詰め込んだお花のサラダ。

 デュロワがフォークで突き刺して、鼻先にもってきた肉団子を、イルはかじり瞳を輝かせる。そして、アルトルトがたくさん挟みすぎて、パンパンのサンドイッチに大口でかぶりついて「うまい!」という。


「セバスのフリットもおいしいです」


 アルトルトがそう勧めると、イルはもぐもぐ口を動かしながら、デュロワの手から銀のフォークをひょいと奪い取って、白身魚のフリットをぶすりと刺して口にする。

「ん~カリカリでふわふわ」

 そうだ、それはたんにメレンゲをくわえただけのフリットでははない。小麦粉を溶く水に炭酸水を使う事で、外はかりかり、中はふわふわを実現した、この大魔王秘伝のレシピである。

 イルはおかずを次々と口に放り込んで「どれもうまい」と感想を述べる。アルトルトは自分のことのように得意げに。


「うん、ゼバスの料理はみんな美味しいんだ! セロリのピクルスだって!」

「げ! セロリ入っていたのか? 俺、苦手なのに……」


 しおしおと水色の尻尾が垂れ下がるのに、デュロワがクククと笑う。


「それでも食べられただろう? それぐらい、殿下の執事の料理は絶品だ」

「うん、セロリが入っていることがわからないぐらい美味い」


 もう気にしないとばかり、サンドイッチを食べ、そのあいだも銀のフォークの動きはとまらず、おかずも口に放り込む。その食べっぷりには、アルトルトが目を丸くしている。


「アルトルト様、デザートはいかがですか?」

「うん、食べる」


 アルトルトの食事はすでに満足しただろうと、把握しているゼバスティアは声をかける。新しいお茶を煎れるとともに、もう一つの小さなバスケットを開けた。

 そこには、アーモンドクリームとラズベリーをいれて焼き上げたパイ。干し果物にナッツたっぷりのパウンドケーキ、ガレットにフィナンシェ、フロランタンなどの焼き菓子が詰まっている。

 当然、これもすべてゼバスティアのお手製だ。

 さっそく、大好きなラズベリーのパイを口にして「おいしい」とアルトルトは笑顔になる。それだけでセバスティアは早朝から作った甲斐があるものだと、同じく微笑む。

 そんなバスケットの中身を見て、サンドイッチとキッシュを両手に、ギラリと瞳を輝かせるイル。


「あなたの分もありますよ」


 セバスティアは笑顔を引っ込めて答える。

 そこで思いだした。

 デュロワからランチを六人前作る様に言われていたことを。いかにデュロワが大男とはいえ、四人前食べるのか? と思ったが。

 しかし、目の前の小柄な身体の腹に、吸い込まれていく料理を見て納得した。なるほど、この四つ耳の分だったのかと。


「甘い物はあまり好みませんが、このガレットはうまいですな」


 デュロワが言う。薔薇色岩塩を隠し味にしたガレットだ。うまかろうとセバスティアは心の中で返す。


「うん、ゼバスのガレットはとっても美味しくて、大人の味なんだ」

「では、すでに殿下は大人の仲間入りですな」


 からからとデュロワが笑う。


「そうだな、早く大人になりたい。なって大魔王を倒したい!」


 その言葉にゼバスティアの胸はかすかに痛んだ。

 誕生日のたびにアルトルトは成長する。今は無邪気なお誕生日会とて、いつかは命がけの決戦となるのか? 

 いやいやと、心の中でゼバスティアは首を振る。自分は大きくなったアルトルトと必ずリンゴーンすると誓ったではないか!  

 そう、お互い全力で戦い理解しあって、きっと……。

 そこでゼバスティアは己でも己から飛び出した言葉に驚いた。

 理解? 理解ってなんだ? 

 大魔王として出現して千年あまり、そんなこと考えたことはなかった。己の力で魔界を支配し、大魔王となり、勇者も全て“力”のみで退けてきたのだ。

 知る必要もなかった。相手のことなど。

 アルトルトのことは知りたいと思うが。


「大魔王討伐は焦ることはありません。今はよく食べて、よく遊び、ちょこっと勉強するのが殿下のお仕事。とくになんでも食べることは、大きく頑強な身体に繋がりますからな」


 アルトルトの頭を撫でるデュロワは、ふと傍らで食事のバスケットをきれいに平らげて、今度はラズベリーのパイとバウンドケーキを両手にぱくついている少年と青年の間の姿のイルをじっと見て。


「まあ、たくさん食べても例外はあります」

「なんだ、俺が寸詰まりだっていうのか!」


 自分が小柄なことは、やはりこの四つ耳が気にしていることらしい。怒るイルに。


「言ってはいない。イルは可愛らしいといっているんだ」

「なぁっ!」


 いきなり真顔でいったデュロワにイルがかあっと真っ赤になって言葉に詰まる。

 首を傾げるアルトルトの横で、二人の関係をなんとな~く察したゼバスティアだった。





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