【35】楽しいピクニック
翌日、朝からアルトルトは元気だった。目覚めの仕度から「遠乗りが楽しみだ」と繰り返し、朝食の席でもデュロワと共に、どこを見て回ろうか? と話に花を咲かせていた。
それから、戻ってから「早く早く」とセバスティアを急かしてのサンドイッチ作り。
「アルトルト様、たくさん挟みすぎにございます」
「うーん、でもこれぐらいたくさん食べたいのだ。レタスにトマトにハムにチーズに目玉焼き。セロリもしっかりいれたぞ!」
「ゼバスならすっぱり切れるだろう?」と言われは、あらゆる物を一刀両断してきた大魔王としては退けない。分厚すぎて、アルトルトのお口では一口で頬張れないようなサンドイッチ程度!
「かしこまりました」
すぱんと二つに切り分け、綺麗な切り口を見せて、バスケットに盛り付ければ。
「さすがゼバス!」
と、キラキラした瞳でアルトルトに見つめられた。それに執事らしく、落ち着いて微笑むゼバスティア。
その心の中は薔薇色の嵐。我のトルトは今日も可愛い! と床の上をごろんごろんと転げ回り、何回目、いや、何百回目かの昇天(以下略)。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
サンドイッチを作り終え、身支度を整えたならば遠乗りだ。
この日のためにアルトルトは乗馬服を新調した。袖付きの上着は四歳にはまだ重いだろうと、袖無しのジレの前は短く、後ろの裾は長い。長い裾はこれまた切り返しで薄く軽い布で作られている。
白いシャツの袖は膨らんでいて袖口も衿元も、騎乗のために邪魔にならない程度にひらひらのレースで飾られている。膝までの
頭にはチョコンと飾りの小さなハットをのせて、ゼバスの手でしっかりと留めた。衿元を飾る水色のリボンと揃いのリボンが愛らしい。
「これは小さな紳士だ!」
待ち合わせの一階ホールにて、ゼバスを連れて大階段を降りてきたアルトルトの姿に、デュロワはそう言って讃えた。
そんな彼の姿も、黒の上着の乗馬服に中に黒のジレと黒のシャツに高く立てた衿元を飾るクラバットも黒と、いつもの黒づくめ。ジレのポケットから覗く懐中時計の銀の鎖がちらりと覗くのが、密かなシャレ心という奴だろう。手には背の高い外出用帽子を持っている。
「では、参りましょうか」
「はい、大叔父上」
ゼバスティアンは昼食のバスケットを手に、供の護衛騎士の姿を目で探したが居ない。これではバスケットを渡せない。
「ゼバスも行くぞ」
さらにアルトルトに声をかけられて戸惑った。たしかにいつか遠乗りに行こうと、この小さな勇者に誘われたが、それは特別な日のことだと思っていた。
執事は家で主人の帰りを待つものだ。
「なにをぼうっとしている? お前は馬に乗れると言っていたではないか」
さらにはデュロワまでそう言い出した。黒髭の大公がニヤリと笑うのに「やられた!」と内心で思う。
昨日の厨だけではない。本日の遠乗りもゼバスティアンに供をさせるつもりだったのだ。それも護衛の騎士もおらず、三人きりで。
いくら領内とはいえ不用心な……とも思うが、先代勇者に、さらにはその勇者を倒した大魔王が、ひそかに執事として供をするのだ。
アルトルトの身にはかすり傷一つつけない自信はある。
「旦那様が、殿下の乗馬服とともにご用意されたものです。ゼバス殿」
「ラウル殿」
デュロワの後ろに控えていた彼の執事ラウルが、前へと出てゼバスティアに差し出したものは帽子。
主人が被る背の高いハットではなく、執事の丸味を帯びた低い外出用のもの。
「ありがとうございます」
それを受け取り、外へと出ると自分用の栗毛の馬も用意されていた。
そしてその横には。
なぜかタマネギ頭に丸い胴体の、あの機械鎧がいた。
そういえば、この姿を見るのは久々だな……とゼバスティアは気がつく。この大公邸に来てから見て居なかったので、あれは王都だけの護衛かと思っていたが。
馬が走り出すと、鎧は当然のように後をついてきた。そのずんぐりむっくりの身体とは裏腹に、馬なみの瞬足で、ガチャガチャと派手な音がしそうだが、それもなく大変滑らかに。
あれ走れるのか? と作った者の技術に前から興味があったが、さらに関心を持ったゼバスティアだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
どこまでも続く青い空に緑の丘が緩やかに連なる。羊たちが草を食む姿が遠くに見えるのが、またのどかだ。
「ここらへんで、楽しみのランチにしよう」
「はい、大叔父上」
デュロワが黒馬から降り、アルトルトもまたリコルヌの背から、ふわりと飛び降りる。まだまだ子馬であるリコルヌだが、四歳のアルトルトが乗るにはその背は高い。
しかし、そこは生まれながらの勇者、飛び上がって銀の鞍にまたがることも出来るし、そこから一人でなんなく飛び降りることも出来る。
ゼバスティアもまた栗毛の馬から降りて、昼食の準備のため、敷きものを広げ、バスケットを開いて、魔道具のポットで温かなお茶を煎れる。
それを敷きものに座った二人に手渡す。片膝をついた姿勢からゼバスティアが立とうとすると。
「ゼバスも一緒に食べよう」
「はい」
アルトルトの言葉に微笑む。ちらりとデュロワを見れば彼が頷いてくれたので、さらにうなずいた。遠乗りの時はお目こぼししてくれるということだろう。
そのまま立ち上がり、いつものように立ったまま食事をするつもりだったが。
「違う!」
アルトルトがぷっくり頬を膨らませる。そんないかにも、僕はぷんぷんだぞ! というお顔も愛らしい……じゃなくて、なにが違う?
「セバスもここに座って食べよう」
ぱしばしと自分の横の敷きものを叩いていう。いや、さすがに主人と席を共にするのは……。
「座れ。遠乗りのときは特別で、内緒だ。そうですな? 殿下」
デュロワが口を開く。戸惑うゼバスティアを見あげ、横のアルトルトに視線を移す。アルトルトはうなずく。
「そうだ、特別で内緒だ。だから、ゼバスも一緒に座って食べよう」
「はい」
ゼバスティアもうなずき、アルトルトの隣に座る。
「殿下のお手製のサンドイッチはうまいですな。具だくさんで」
「うん、セバスのケチャップもマヨネーズも美味しいんだ」
「なんと殿下の執事の手製とは、これはうちの料理人にも是非レシピを教えてほしいものですな」
豪快に大口をあけて食べるデュロワとこちらも目一杯お口とお目々まで見開いてかぶりつくアルトルト。お口の端についてしまったケチャップを、取り出したハンカチでゼバスティアはぬぐってやる。
両面焼いた目玉焼きの焼き加減も上出来と、ゼバスティアンもうなずく。ピクルスのキュウリもセロリも良く出来ていると。
しかし、今日のサンドイッチは格別に美味だと思う。いつも立ったまま味見していたが、なにが違う。
「セバスと一緒に食べられてうれしい」
「私もです。トルト様」
そうか、アルトルトと一緒だからか? と思う。こうやって目線を同じくして食事をするのは、少し前のアルトルト四歳のお誕生日会……じゃない、魔王城での対決以来。
あのときの料理も大変美味だった。豪奢な美食など毎日のことだったというのに、アルトルトと共にというだけで別格の味わいになるのだと知った。
そんな楽しい草原でのランチの時間。
突如。
ぐぅ! きゅるるるるるるるるるるる!
派手な音がした。
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