【34】思わぬ贈り物
大公邸で暮らし初めて、十日後。アルトルトの居室の隣で、なにやら大工仕事をするという話になった。
昼間のみの工事であるが騒がしくなると。
アルトルトは朝食をとったあとは図書室にて、勉強。午後は自由に遊んでいるから問題はない。この頃は毎日のようにデュロワ大公自身が、アルトルトに剣の手ほどきをしている。
アルトルトはベッドに入り寝入るまでのあいだ、ゼバスティアに今日一日のことを語って聞かせる。
午前の勉強で日替わりでやってくる先生達から教わったこと。デュロワはアルトルトの教師として、学都イルシュタットや、魔導城マギ・マタルから、高名な教授や魔術師を招いた。世界中に張り巡らされた転送陣によって、いまや遠地にいる者も招くことは、安易になった。
教師達は四歳にしてアルトルトに学問の基礎がすでに出来ていることに感心し、その聡明さを褒めた。すべてゼバスティアが手ほどきしたことだが、これからは人間の教師のほうがよいだろう。自分ではどうしても魔族よりとなってしまう。
執事ゼバスとして本来の仕事となったと言うべきだろう。主人の衣服をととのえ、選び、手渡し着替えさせる。目覚めの茶に、食後のお茶。夜寝る前のハーブティを用意する。
あの離宮では好き勝手魔界から取り寄せた服や宝石をアルトルトに付けさせていたが、大公邸ではそうはいかない。とはいえ、大公邸の御用商人が持ち込んだアルトルトの衣服は、十分に上質なものだった。
魔獣の毛皮やミスリル銀など素材から珍しいものではない。しかし、緻密な浮き模様がほどこされた布に、職人が丹念に彫金をほどこした宝飾品。人の手がつくりあげる物もまた、知恵と技巧を凝らした見事な手仕事であった。
これはひそかに人界からも、宝飾品に工芸品、織物などを密輸……いや輸入すべきか? と、と大魔王として考える。早速、金儲けには目がない魔商会パイモンに命じなければ。
さて、工事だが五日ほどで終わるということで、セバスは午後のアルトルトのお昼寝の場所を、サンルームの寝椅子にしようと、ラウルと話し合い決めたのだった。
工事は埃が立つということで、入り口にも窓にも幕が張られていたが、どうも、これがあやしい。
その布がたんなる目隠しではなく、魔道具だったからだ。中を魔法で見通すこと阻害する結界。かなり強力で、優秀な“目”を持つものでも難しいだろう。
魔王ゼバスティアでも、普通に見るだけならば中は見通せない。これはかなり本格的な呪文を唱えねば。しかし、実はゼバスティア、詠唱は苦手としている。いや、完璧な我に苦手なんてない! たんに面倒くさいだけだ。
だいたい指パッチンでなんとか出来ちゃうので、長ったらしい詠唱は必ず、いやいや、ごくごくたまにだ。噛んだりする。噛もうが多少間違っていようが、魔法が見事発動してしまうのがさすが、我、大魔王なのだが。
とはいえ、大公邸のことなのでなかを探ることはないと、ゼバスティアは放置した。中からトンテンカン音が聞こえるので、大工仕事なのは間違いないだろう。
アルトルト様の居室近くということで、デュロワがアルトルトに秘密の贈り物でもしたいのだろうと、そんなところだろうと思ったのだが。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「これはゼバス専用の
ピカピカの部屋を前に、デュロワが自慢げに言う。
贈られたのはなぜか執事のゼバスだった。大公邸の大勢が働く大厨房には及ぶべくもないが、オーブンまで揃った十分な設備を前に、ゼバスティアンはらしくもなくしばし呆然とした。
「これでゼバスのおいしい料理が食べられるな!」
自分のことのように大喜びし、ピカピカの厨のあちこちを見て回るアルトルトの姿に、ゼバスティアは我に返ると、デュロワに深く一礼した。
「ありがとうございます」
「なに礼などいらぬ。俺も殿下がお話になる、お前の美味しいニンジンのグラッセとやらが、食べたくなったのだ」
ぼそりと「子供の頃は苦手でな」と顔をしかめてデュロワは話す。やはり幼い子供が苦手な物というのは、古今東西変わりがないようだ。
「礼代わりというならば、明日、殿下と遠乗りに行くのでな。そのランチを作ってもらいたい」
「ゼバスのサンドイッチも美味しいのです、大叔父上! 僕もてつだ……」
『手伝う』という言葉を言いかけて、アルトルトは「あ」とばかり、両手で口を押さえた。その愛らしい様といったら。
愛いぞ~と悶えたい気持ちを、セバスティアは涼しい顔でやり過ごした。この一年あまり、すっかり本心を隠す執事の顔が身に付いた。
「うお~我らが殿下はなんて可愛らしい!」
野太い声をあげるデュロワを横目で見る。この数日でこの大叔父はすっかり、親馬鹿ならぬ殿下馬鹿になって、それを隠しもしない。
素直に吠える大男をうらやましいなんて思っていないんだからね! わ、我だってアルトルトへの愛を素直にお空に叫び……(以下略)。
「僕もサンドイッチを作るぞ!」
「しかし、トルト様がもう料理をなさる必要は……」
この屋敷にきて一日目で執事ゼバスとしてわきまえた。これからアルトルトは王太子として、将来の王としての自覚も持たねばならぬ。使用人と同じようなことをさせてはならないと。
「僕が作りたい! と言っているのだ! 好きな具をたくさん挟んだサンドイッチを作りたい! ゼバスはそれを手伝え!」
手伝え! とは、これは命令か? と執事ゼバスとして、思わず瞳を輝かせてしまった。主人としての自覚が芽生えたことはよいことだ。
この大魔王ゼバスティアが小さな勇者に顎でこき使われるなんて素敵……もとい、なんて屈辱!
「殿下が作りたいとおっしゃっているのだ。そのお望みを叶えるのも執事の役目だぞ」
デュロワがアルトルトの頭を撫でて、ハハハと笑う。ゼバスティアは「はい、かしこまりました」と承知する。
「ただし」
と、デュロワは身を屈めてアルトルトに目線を合わせ。
「殿下が大好きな具を挟んだサンドイッチを作るのは、このゼバスの厨のみにしてくだされ」
他の者達には内緒だというように、デュロワは口に人差し指をあてて、アルトルトはこくりとうなずく。
つまり、この厨のなかでだけは、ひととき主人と執事という関係を緩めて、気安く二人で料理してよいのだと。
そういう“息抜き”の空間を作ってくれた、デュロワの粋な計らいに、執事ゼバスとして「感謝します」と彼に深々と、ゼバスティアは一礼したのだった。
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