【31】石に込める願い

   



 デュロワの書斎をあとにしたゼバスティアは、その足でアルトルトの居室へと向かった。


「僕の石」

「はい、勇者アルトルトの石にございます」


 転移の石は歴代勇者の名がつけられる。ゼバスティアが白手袋に載せて、差し出した箱。そこに入っている石を、アルトルトは手にとった。


「この石があれば一度行った場所ならば、瞬時に跳ぶことが出来ます。アルトルト様のお力が強くなれば、盟友達を連れて跳ぶことも出来ましょう」

「盟友?」

「勇者アルトルトを助力する仲間です」


 答えながら、三歳のアルトルトがたった一人で魔王城にやってきた経緯を思いだして、ゼバスティアはむかむか腹がたってきた。

 たったさんちゃいの勇者を飛竜に襟首くわえさせてポイした、ザビアめ! 今からでも消し炭にしてやろうか! いやいや、それでは魔女の呪いで自分もカエルになってしまう。

 だいたい、歴代の勇者でたった一人で魔王城へとやってきたのは、アルトルトだけだ。最低でも一人ないし、二人、どころか三人とお仲間を連れてぞろぞろとやってきたものだ。勇者を含めて四人以上というのはなかったから、なにか仲間の決まりでもあるのか? まあ、勇者が百人のお友達を連れてきても、大魔王ゼバスティア、負ける気はしないが。

 お友達、盟友、そういえばアルトルトにもそれが出来るのか? と、考えるとゼバスティアの心に嫉妬の炎がメラメラと沸き立ってくる。

 『嫌ぁ、アルトルトに我以外いらない! 』と床に身を投げ出してダダをこねる大魔王ゼバスティアと『トルト様には対等のご友人が必要です』と生真面目な顔で告げる、執事ゼバスがせめぎ合う。


「盟友ならばゼバスがいい!」

「はへぇ!?」


 アルトルトの元気なひと言に、思わず妙な声をあげてしまった。大魔王ゼバスティアの美学として、たとえ平凡な執事ゼバスの姿であっても、あり得ない叫びだ。

 不思議そうな顔でこちらを見るアルトルトにゴホンと咳払いをする。頬がいささか熱い。この平々凡々な男の頬が、乙女のように赤くなっているなど、これもまったく魔王の美学に反する。

 それはともかく。


「私がトルト様の盟友様にございますか?」


 盟友様って言い方も妙になった。アルトルトは無邪気に「うん」とうなずく。


「ゼバスは僕の盟友だ」

「私がトルト様の旅のお供を?」


 どうしよう、嬉しいけど困った。

 執事ゼバスの姿で魔王城に乗り込むのか? それで玉座の間に着いたら、執事の姿から大魔王の姿になって。


『フハハ! 我こそが大魔王ゼバスティアよ!』


 と宣言……って、これ見事な裏切り者のシナリオじゃね? 


『騙していたのか、ゼバス! 信じていたのに!』


 アルトルトが可愛い泣き顔を浮かべる姿は興奮、いや胸がチクチク痛む。それはマズイ、大変マズイ。


「トルト様、大変光栄なのですが、私めは執事でして、戦いはあまり……いや、トルト様の為ならば、一番丈夫そうなフライパンを選んで大魔王の頭もぶん殴る覚悟ではありますが」


 執事の武器フライパンって、我ながらなにを口走っているのやら。なにしろ、アルトルトに美味しい料理を食べさせるために毎日フライパンをふるっているせいで、とっさに思いついたのがこれしかなかった。

 いや、あの鉄のフライパン。なかなかの武器になるかもしれぬ。この大魔王が強化の魔法をちょいちょいとかければ、オルハリコン並の頑丈さに。


「そうだった、セバスはか弱い執事だった。戦うことは出来ぬな!」

「は、はい! か弱い?」


 アルトルトの言葉にゼバスティアはさらに混乱した。この我がか弱い? いや、か弱いのは執事ゼバスか? いや、執事ゼバスは我ぞ。最強の大魔王ぞ。


「ゼバスは僕の部屋で僕の帰りを待ってくれ。僕の帰る場所はお前のいるところだから。お前も世界も僕が守る!」

「は、はい、トルト様。このゼバスめはいつまでもアルトルト様のお帰りをお待ちします!」


 白手袋の手をぎゅっとちんまりした両手で握りしめられて、ゼバスティアは感激に上ずった声で答えた。混乱はどこかに行った! 

 帰る場所なんて言われたら、待てをされた忠犬のごとくいつまでも待つだろう。

 それに『お前を守る』なんて、この大魔王を守るなんて生意気な! ああ、でも嬉しい! アルトルトならば、そのちっちゃな背に庇われたい。ぷるぷる震えるふりもしてもよいぞ! -


『我、悪い大魔王じゃないぞ』


 いや、大魔王は悪いもんだろう? と世界中のツッコミが入りそうだが、ゼバスティアの頭はふわふわお花畑に一瞬にして包まれた。その執事の履き慣れた黒革の靴のつま先も、ちょっと浮かんでいるような。


「ゼバス、付けてくれ」

「はい、かしこまりました。トルト様」


 しかし、どこの天空の世界、異次元に思考がすっ飛んでいようとも、アルトルトの声に一瞬に戻るのは、流石執事の鑑ゼバス。

 アルトルトが差し出した石を、うやうやしく手に取る。それを箱とともに入っていた銀の鎖に通して、アルトルトの首にかける。こうして肌身離さず付けていれば、大切な石を無くすことはない。


「トルト様、もう一つこの石に関しての大切なことを忘れていました」

「大切なこと?」


 アルトルトの首に石をかけて、ゼバスはアルトルトに向き直り告げる。


「はい、この石は一度行った場所に跳ぶことが出来ます。ただし、強力な結界が張られた場所には直接跳ぶことは出来ません。たとえば魔王城など」

「わかった。魔王はあちらから召喚陣を開いてくれるから、問題はない」

「……そうでしたな」


 うっかり忘れていたわけではないぞ! アルトルトにはすみやかにお誕生日会場……もとい、魔王の玉座にたどりついてもらわねば! 


「ですが、どんな強力な結界が張られていようと、まして一度も行ったことのない場所でも、強く強く願えば跳べるのです」

「行ったことがないのに?」

「はい。アルトルト様が一番大切に思う者。その者がそこにいるならば、それがしるべとなりしょう。たとえ、神々が棲まう神域とて跳ぶことが可能です」


 そう、それが伝説の勇者の初まりだ。

 ゼバスティアよりもはるか前の、こちらも初まりの魔王。一人の人間の娘へと恋に狂い悪神へと堕ちた。

 浚われた娘を救うために、ただの青年は長い長い旅へと出た。そこで得た盟友達ともに苦難の旅の果てにたどりついたのは、驚愕の光景。

 暗雲垂れ込める魔界。広大な溶岩の海。その遥か彼方に浮かぶ、切り立つ岩の逆様の魔王城。

 どうやってそこに渡るのか? 絶望する仲間達をよそに、青年は神々に祈った。

 神々は祈りを聞き届け、青年に石を与えた。

 強く強く愛する娘の姿を願え……と。

 その勇者の想いに、石は光り魔王城へとその身は、仲間達ともに跳んだ。

 そして、勇者は愛する娘を救い出し、彼女と結ばれた彼は、人々に望まれ王となった。

 これが人の国の初まりだという。


「大切に思う者がいる場所」


 アルトルトは首にかけられた石をぎゅっと握りしめて、ゼバスティアを見た。


「わかった、ゼバス」


 そしてこくりとうなずいた。





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