【24】王家の晩餐への闖入者
「よい覚悟だ」
デュロワは豪快に笑い、ゼバスティアは怪訝な表情となる。
「試すようにことをした。すまなかったな。アルトルト殿下はお前を『自分の大切な執事』だと私に紹介した。その大切な執事をどうして私が、殿下から勝手に引き離せよう。当然、お前は殿下と共にあるべきだ」
「ありがたき、幸せ。閣下、感謝いたします」
この我が人間ごときに試されたとは業腹だ。しかし、アルトルトの大切な執事という言葉に、許してやろうと、ゼバスティアは胸に手をあてて一礼したのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
王宮。
本日は珍しくも、最近途絶えていたアルトルトからの書簡が、父王パレンスに届いた。
それはアルトルトの幼いがしっかりとした文字の直筆で。
「父上におかれては御政務に忙しいと思われますが、今晩はこのアルトルトと共にお食事しませんか?」
とのことだった。
そこにザビアの侍従が、王の執務室に現れて、本日は晩餐を共にしたいとの言葉が告げられた。パレンスはアルトルトの書簡を机の引き出しにしまい込んで、それを承知した。
王の食卓。
後ろにカイラルを引き連れて、食堂に入ってきたザビアはうんざりとした顔をした。パレンスの前に並ぶ、鳥に豚、牛に羊の固まりの焼き肉の山を見てだ。
この王と王妃は普段は食卓を共にしていない。ザビア曰く。
「朝からぶ厚いベーコンにソーセージ、幾つものゆで卵があの人の口に消えていくのを見るだけで、こちらは明日の食事までしなくていいほど、お腹いっぱいよ」
だそうだ。ようするに、食生活の趣味の違いというべきか。
そんなザビアの席の前には、サラダにエビと野菜のゼリー寄せ、白身魚のグリルと美容によいとされているメニューが並ぶ。カイラルにも同じものが。
そのカイラルは、肉の塊を美味そうに頬張る父王パレンスをちらりと見る。が、母の鋭い視線が向けられて、大人しくサラダを口にした。普段から「お肉ばかり食べては、頭が脂に詰まって、お父様のように、ぼんやりした方になりますよ!」と言われているからだ。
家族らしい会話もない、無言の晩餐に「お待ちください!」と侍従の焦った声が響く。なにごとか? と全員がそちらに目を向けたときに、食堂の大扉が開いて現れたのは、黒髭の隻腕大公デュロワ。
「やあやあ、これは陛下も方々もおそろいで」
「ベルクフリート大公、いくらあなたでも、国王の晩餐の席にいきなり立ち入るとは失礼ではなくて?」
大きく目を見開き呆然としたままのパレンスはそのままに、ザビアがきつい眼差しを入り口に立つ大公に向ける。「いやいや」とデュロワは目をつり上げる王妃に、狼狽えもせず。
「その国王陛下の晩餐に、私は招待されたのですがな?」
「招待? あなたなどここに招いては……」
大公に向かって“など”とは、いくら王妃といえど失礼な物言いであるが、それに被せるようにデュロワは続ける。
「アルトルト殿下の晩餐に私は招かれたのです。陛下や王妃にも招待状が届いていると思いますが?」
デュロワの深緑の瞳にじっと見つめられて、パレンスが「ああ、ええ、確かに」と答える。それにザビアが『なんで正直に認めるのよ』とばかり顔をしかめる。
たしかに彼女のところにもアルトルトより「父上と母上にカイラルもいかがですか?」との招待状が届いていたのだ。これはいつものことで、だから普段は“うんざり”する大食漢の夫との食卓を別にしている彼女も、このときは王と晩餐を共にするのだ。
当然アルトルトと食事をさせないために。
「しかし、なにか行き違いがあったようですな。陛下とてうっかりと、アルトルト殿下とのお約束をお忘れになることもあるでしょう」
「あ、ああ、うっかり忘れていつものように夕餉をとろうとしてしまった」
パレンス王はそう答えて、手にしていたモモの丸焼きを残念そうに降ろした。
「では、アルトルト殿下の晩餐にまいりましょう。きっとこちらと変わらぬ、温かな料理を揃えてお待ちでしょうから」
「あ、ああ……」
デュロワにうながされて、パレンスは最近突き出てきた腹を、食卓につっかえながら立ち上がる。
「兄上のところに行くのですか?」
カイラルが嬉しそうな声をあげて立ち上がりかける。
「あなたはここに残りなさい」
「……はい」
即座にザビアに命じられ、彼はしょんぼりと席に戻った。ザビアは憤然やるかたないといって様子で席を蹴るように立ち上がり、先を行く男達二人のあとに続いていった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
本宮殿の裏にある離宮。
「父上、母上、大叔父上、よくぞいらしてくださいました」
ゼバスティアに案内された、パレンス、ザビア、デュロワの三人を、アルトルトが食堂にて迎える。四人で囲むのにちょうどよい円卓。その席のそれぞれに並ぶ二つの小さな皿に目を留めて、パレンスはギョッとする。
そこには、冷えた固いパン一つと、冷めた野菜クズのスープがあった。
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