【25】パンとスープの食卓

   


「これは前菜かな?」


 パレンスが狼狽えて訊ねる。


「いえ、これがアルトルト様の毎日の晩餐にございます」


 ゼバスは執事らしくうやうやしく答えた。本来ならば、執事が聞かれてもいないのに王に答えるのは不作法だが、それをゼバスティアはあえて無視して続ける。


「ちなみにご昼食もパンとスープのみ。ご朝食はオートミールの小さなボール一つにございます」

「なんと!」


 大仰に驚いてみせたのはデュロワだ。隣のパレンスをぎろりと見る。

「昼と晩はこんな固くて小さなパン一個に、覗きこめば目玉が映りそうな野菜クズのスープ。朝はオートミールのみとは。先ほどの陛下の前にあった、肉の塊の山とはえらい違いですな」


「い、いやこれは叔父上、私も知らぬことでして……」


 冷や汗をたらたらとかきながら、パレンスは「ザビア!」と狼狽えた声をあげる。


「こ、こ、これはどういうことだ!? 子供達の養育はすべてそなたに任せてあるはず!」

「わたくしは知りませんわ。それは王宮の大厨房より直接届けられるもの。なにか手違いでもあったのでしょう」


 ザビアは顔色一つ変えずにしらりという。彼女がそう答えるのは予想の範疇だ。


「王妃様におかれては、このお食事は大厨房より“直接”届けられるものだと?」


 しかし、やはり姑息な女狐は簡単に尻尾を出す。デュロワがその言葉尻を捉えて問いただす。


「ええ、わたくしは子供達に栄養あるものをと伝えました。それがどうしてこうなったやら」

「それで、これは料理人が勝手にしたことと? あなたには関わりがないと?」

「そう繰り返し申し上げているはず。しつこいですよ!」


 ザビアがそれがどうしたの? とばかり苛立ちを隠くさず、問い返した。そこに開きっぱなしだった食堂の扉から、あらたに二つの影が現れた。

 一つはデュロワの護衛の魔法鎧だ。タマネギ頭に丸い胴体の大きな甲冑、その前に腕を掴まれて突き出されたのは、無表情なメイド。

 彼女を見て、ザビアの顔色がすうっと白くなる。


「このメイドが、毎日、アルトルト殿下の食事を届けていたという。そうだな? 殿下の執事ゼバスよ」

「はい、王妃様付きのメイドだとお聞きしております」


 デュロワの言葉にゼバスティアは、胸に手をあててうやうやしく答える。


「わたくしは知らないわ! そんなメイドなど見たこともない!」


 ザビアが尖った声をあげる。デュロワは「このメイドが王妃付きがそうでないかは、調べればわかること」と続ける。それにザビアはワナワナと唇を震わせて。


「とにかく、誰付きだろうと、わたくしはそんな娘など知りませんからね!」

「お知りにならないのならば、私がこの娘をどうしようとご関係はありませんな」


 デュロワがそう続けて、アルトルトの席の前。そのスープの皿を取って、メイド娘の前に付きだす。


「このスープを呑み干せ」

「…………」


 娘は無表情に沈黙したままだ。デュロワは口を開く。


「なに、遅効性の毒だ。すぐには死にはせんよ」

「ど、毒だと!」


 叫んだのはパレンスだ。彼は驚愕の表情でザビアを見る。彼女が継子であるアルトルトをよく思っていなくても、そこまでの事をしていたとは……と想像もしていなかったようだ。


「わたくしは何も知りませんわ! なにも知りません!」


 ザビアはパレンスに向かい「知らない!」とその言葉しか“知らない”とばかりにくり返す。ついには、メイドを扇でさして。


「その娘が勝手にしたこと。わたくしはなにも知りません!」


 そう叫んだ。一介のメイドがどうして、この国の王太子に毒を盛るなどということが、“勝手”に出来るのやら。

 しかし。


「王妃様は本当にお知りになりません。すべて、わたくし一人がしたこと」


 娘がそう口を開いたのだ。これにはゼバスティアも軽く目を見開く。デュロワも「まことか?」と問いただした。


「王太子暗殺となれば国家反逆罪のうえに死刑。そなたが主犯であるならばな。誰かに命じられてやったというならば、その命も助かろう」

「いいえ、すべて、わたくしがいたしました」


 メイドはまったく表情を変えないまま答える。その様子こそが、いっそ不気味だった。


「なんのためにだ!? そなたには幼き殿下を害する理由などあるまい!」


 デュロワが恫喝するように声を張って、娘を問いただす。獅子のような咆哮に、パレンスが「ひぇ」と首をすくめ。ザビアも「キャア!」と可愛らしくない悲鳴をあげた。

 若いメイドは、そんな王と王妃とは対照的にまったく動揺することなく、デュロワを真っ直ぐに見た。


「王家への恨み!」


 娘はそう叫ぶと首に下げていた銀のロケットを取り出し、その中身を飲み込んだ。彼女の口からごほりと血が吐き出される。

 ゼバスティアは、とっさにアルトルトの目を自分の白手袋で覆われた手で隠した。が、アルトルトは瞬時にその手を払いのける。


「トルト様!」

「僕はこの者の最後を見届けねばならない!」


 アルトルトの頭を抱え込んで、無理矢理でも隠そうとしたゼバスティアの手が止まる。アルトルトの顔はこわばっている。しかし、血を吐き苦しむ娘の姿から目を反らさない。

 そこには勇者の……いやこの国の王子、将来、王となる者の覚悟があった。





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