【20】継母王妃の毒リンゴパイ

   



 本日も朝には、あの無表情なメイドが毒入りの不味そうなオートミール粥、昼には葛野菜のスープに固いパン(もちろん毒入り)が届けられた。もちろん、そんなものはゼバスティアの指パッチンで燃えあがり、用意した輝ける料理に入れ替わったが。

 ちなみに今日の本当の朝食は、三段重ねの黄金のパンケーキ、ソーセージ添え。数種の色とりどりのお豆の温かなサラダに、新鮮なベリーのヨーグルトの蜂蜜がけ。

 昼は、いつもの二人で作る、ふわふわパンに白身魚のフライ、半軸目玉焼き、チーズにたっぷりのレタスに紫タマネギ、ラディッシュを挟んだ、盛り盛りのサンド。それにジャガイモの冷たいスープだ。


「今日もゼバスは立ったままなのか?」

「アルトルト様のお作りになったサンドイッチは大変美味しいですよ」

「僕は好きな具を挟んだだけだ」

「それでもです」


 いつものやりとり。食堂からみる緑の芝生の庭には、小鳥が遊び、本当に穏やかな日だ。

 穏やか……と自分が考えたことにゼバスティアは、ふ……と思わず微笑してしまう。この魔王の自分が穏やかな日々が良いと考えるなど。


「今日のデザートはプラムのプディングにございますよ」

「ゼバスのプディングはなんでも大好きだ。クリームをたっぷりつけてくれ」

「かしこまりました」


 アルトルトとこんな日々が長く続けば……と思ってしまう。




 そして、午前の剣の稽古を終えたアルトルトが、そのサンドを口いっぱいに頬張り、口の端についたケチャップをゼバスティアがぬぐいぬぐいして、お世話してあげた、和やかに迎えた午後。

 執事ゼバスとして仕えて一年。一度もこの離宮など訪れたことのなかった、王妃ザビアが来訪した。


「まったく、いくら王太子、勇者アルトルト殿下とはいえ、王妃たるわたくしの出迎えもないなんて、どういうことなのかしら?」


 いきなりアルトルトの居室に現れた彼女は、嫌みたらしく赤い毒々しい紅に彩られた唇を開いた。一児を産んだとはいえ、あの馬鹿王……もといパレンス王を虜にした美貌は、まだ若く十分に美しいと言えるだろう。しかし、ゼバスティアから見れば、この厚化粧のアバズレである。

 しかし、そんな感情などおくびにも出さず、主人たるアルトルトが口を開く前に、執事ゼバスは胸に手を当てて優雅に腰を折った。


「申し訳ありません。殿下の執事として、大切なお客様のご来訪を気付きませんでした」

「まったくよ」

「ええ、この国で最も高貴でいらっしゃるご夫人が、まさか、先触れの使いもなく、下町の奥方が隣家を訊ねるようにお気軽にいらっしゃるなど、思いもよりませんでした」


 これにはゼバスティアの謝罪を勝ち誇るように眺めていたザビアの顔が、ぴきんとこわばった。

 高貴な王族同士、たとえ同じ王宮の敷地内でも訪ねるにも作法がある。要約するなら、先触れもなしにやってくるなど、庶民の付き合いか? という、最上級の嫌みとなる。


「ええ、もちろん王妃様は殿下のご母堂様にあらせられる。そのような仲に先触れなど不要という、温かなお心、この執事ゼバス、感動いたしました」


 ご母堂(継母)ザビアは続けての流れる様なセバスティアの美辞麗句に「そ、そうね」と返事をするしかなかった。口先だけだろうと、優しい母親と立てられれば反論しようもない。毎日、義理の息子に毒を盛っている時点で、温かどころか魔界の氷の洞穴より、冷え冷えしているのは確かだが。


「殿下、今日は殿下に贈り物があってまいりましたの」


 ザビアだが、勧められてもいないのに、さっさと居室の椅子に腰掛けた。小卓を挟んでアルトルトも遅れて腰掛ける。

 さて王妃と王太子とどちらが身分が上か? というのは、なかなかに難しい問題である。が、この場合王太子の離宮を訪ねた“客”である王妃が、アルトルトに椅子に勧められて、初めて腰掛けるべきではないか? と思うが、まあ、そんな礼儀など王妃様の頭にはカケラもないだろうな……とゼバスティアは無表情で、お茶の用意をする。

 もちろん、卓上で王妃の従僕が小さな包みを開く、その中身を横目でしっかり捕らえながらだ。


「この頃、城下で評判のリンゴのパイなのですのよ」


 たしかにそれは小さな円形のパイだった。飴色の照りがあり、毎朝のオートミールや固いパンより遥かに美味しそうだ。

 その分だけ、仕込まれた毒も遅効性でもなく、一口食べただけで昇天しそうな代物だと、ゼバスティアは一瞬で見破る。

 まったく、天人殺しの毒など、どこで手にいれたやら。

 さてどうしたものか? と二人に茶を出しながら、ゼバスティアは思う。王妃の連れてきた侍従は開いた箱ごと、小さなパイをずいっとアルトルトの前にだす。皿にも盛り付けずに、そのまま食べろと? 

 毒入りなのは明白だが、いつものように別の料理に取り替えるということは出来ない。王妃は「さあ、めしあがれ」と猫なで声で、毒入りパイをアルトルトが食べるのを見届けようと、爛々と目を輝かせて見ている。扇で隠した口許の、嫌らしい笑みも隠せていないぞ。

 魔法で仕掛けられた毒など消し去るのは、ゼバスティアには簡単なことだ。しかし、こんなものをみすみすアルトルトに食べさせるなど、口惜しい。


「ありがとうございます、母上」


 アルトルトはにっこり笑い礼を言い、続けた。


「では、母上も、このおいしいパイを一緒に、食べましょう」




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