【19】銀の一角獣とお菓子の花車
「ふふふ、この程度の料理で腹が一杯になったなどとは言わぬであろうな?」
「もちろんだ!」と胸を張るアルトルトの姿に、ゼバスティアはニヤリと笑う。好き嫌いなくよく食べるアルトルトであるが、まだまだ四歳。その小さな身体に入る量は、執事ゼバスとして承知済みだ。
取り分けた料理もこれが本番のものが入るように、しっかりと調整した。
ゼバスティアはパチンと指を鳴らせば、玉座の間の黄金の両開きの扉が開く。
カツカツと蹄の音を鳴らして入ってきた子馬の姿に、アルトルトはその青空の瞳がまん丸となる。
「ユニコーン?」
「見た事はなかろう?」
アルトルトがこくりとうなずく。青銀色のたてがみに水晶の角が輝く子馬だ。さらにアルトルトは、その子馬の後ろに続くものに「わあっ!」と声をあげた。
それは小さなお菓子の花車。中央にはにはアルトルトの背丈ほどのケーキがそびえ立ち、その周りには色とりどりのキャンデーにマカロンにギモーヴがお花のように飾られている。
「すべて食べられるものだぞ。荷台も車輪も飴細工で出来ている」
「すごい、すごい、すごいぞ。王宮の宴でも見たことがない」
「ははは、魔王城ではこんなもの日常茶飯事の、茶菓子よ」
もちろん、そんなことはない。これはひと月も前からゼバスティア自ら完成図を描き、魔界でもとびきりの菓子職人達を集めて作らせたものだ。もちろん、飾りだけでなく、味も最上級。新鮮な乳に卵のケーキの土台に、大粒のベリーに南国の果物、極上のカカオもそろえた。
この日のお誕生日会に揃えた極上のケーキを、アルトルトは瞳を輝かせて食べ、そして、あのお菓子は食べきれないと悲しそうな顔をした。それも計算通り。
「ふはは、このような駄菓子好きなだけ持って行くとよい」
と当然用意していた黄金のリボンが飾られたカゴに、キャンデーにクッキーにギモーヴにマカロンを一杯に詰めてやる。
「ではさらばだ。来年こそ、お前を倒す!」
「ふはは! 楽しみにしているぞ!」
お菓子一杯のカゴを手に勇ましく転送陣へと向かう、勇者の首根っこを高笑いしていた魔王は「ちょっと待て」と掴んだ。もちろんそのままでは首が苦しいから、足下は魔法でふんわりと支えてだ。
「これも菓子の車を引く以外の役目などないから、持って行け!」
見かけ乱暴に放り投げつつ、丁寧に魔法で着地させたのは、ユニコーンの子馬の背の上だ。
「いいのか?」
「だから、そんな駄馬はもうここでは用がないと言っている」
駄馬どころか、それは天上の男神をひと博打で引っかけて取り上げた、駿馬の子馬ではある。そんなものなどおくびにも出さず、ゼバスティアはいらんものだとばかり、しっしっと手を振る。
ユニコーンの銀の瞳がこちらをギロリと睨んだが、そんなものは知らんふりをした。そして、ユニコーンこそ、こんなところなどいられるかとばかり、小さな勇者を背にとっとっと転送陣へと向かったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
最初で最後と思われた魔王討伐から、三歳の勇者が戻ってきたとき、王宮どころか王国中大騒ぎとなったものだ。
みな、怖くて口に出せずとも、継母王妃の凶行に眉を寄せ、幼い勇者が歴代の勇者のように、極悪非道の魔王によって、儚く消え去ると思っていたからだ。
だが、小さな勇者は無傷で戻ってきた。魔王は倒せなかったが、また一年後に再戦すると“約束”したと言って。
人々はこれに光を見出した。あの魔王と“引き分け”して生きて戻ってきたなど、魔王は生きてはいるが勇者もまた無傷。この小さな勇者はとてつもない力を持っているのではないか? と。
高まる民の期待に、あの継母王妃の殺意がさらに高まり、毎日、毒入りの食事が届けられる、きっかけともなったのだが。
そして、さらに一年後。
四歳になった勇者アルトルトは、また魔王城から戻ってきた。
カゴ一杯のお菓子と一角獣の背にまたがって。
魔王とはまた引き分けで、来年再戦すると彼ははきはきと応えたが、人々の注目を集めたのは、カゴ一杯のお菓子……ではなく、伝説の聖獣である一角獣の子馬だった。
魔王から勇者が“戦利品”として、持ち帰ったものだと、王宮は王国中にふれまわった。アルトルトが「魔王がいらないと言った」と正直に口を開いたのにもかからわずだ。
また、子馬の一角獣がかしこくも気難しく、アルトルト以外には懐かなかったこともだ。これぞ勇者の証だと周囲はさらに盛り上がる。
そんなある日。ちょっとした事件がおこった。
王宮の厩にて。石造りの立派なそれは、田舎の農夫ならば、ここもご立派な貴人の館かと思うほど豪奢なものだ。
朝食のあと、アルトルトは一角獣の子馬、リコルヌと名付けた……がいる厩に向かうのが日課になっていた。ゼバスティアも当然それに従う。
そこに突然突然、王妃ザビアがやってきた。アルトルトの存在など無視して、「これがあの一角獣ですか」とずかずかと近寄る。そして、後ろからついてきているカイラルを振り返り。
「さあ、あなたも触れてご覧なさい」
我が子の手を掴んで、無理矢理触れさせようとした。
大方、聖獣ユニコーンに認められたなら、カイラルも勇者の資格があるとでも、風潮したかったのだろう。しかし、勇者とは天上の神々の神託で定められるものだ。勝手な母親の意思で決められるものではない。
突然の王妃の暴挙に目を丸くして見ていたアルトルトが「リコリヌに不用意に触れるのは……」と声をあげたが遅かった。
無断に自分の身体に手を伸ばしてきた無礼に、リコルヌが無言で角を振りかざしてザビアを威嚇した。
これには当然ワガママ王妃が激怒した。尖った長い爪でリコルヌを指さし「この無礼な馬を始末しなさい!」と命じたが、さすがに聖獣だ。後ろに従えている従僕達も狼狽えるばかりだ。
そこに「母上」とおずおずと声をあげたのは、カイラルだった。
「聖獣様に勝手に触れようとしたのです。私が悪いのです」
「ごめんなさい」とリコルヌに頭を下げるカイラルに、リコルヌはアルトルトに向かい鼻先を押しつけた。それを撫でてやり、アルトルトは笑顔でカイラルに告げる。
「リコリヌはもう怒っていないって」
「よかった」
カイラルが謝罪したことで、怒りの持って行き所のなくなったザビアは、その手の扇をみしみしと折れそうなほど握りしめ。
「カイラル! 行きますよ!」
ドレスの裾を翻して去って行く。そのあとにカイラルが従いながらも、後ろを振り返って一瞬だけアルトルトに手を振った。アルトルトもまた手を振り返す。
あの夜会で踊って以来、カイラルは勇者である兄を密かに慕うようになった。ときおり、王宮内で顔を合わせると母の見えないところで、こんな風にこっそり手を振り合う仲となった。
そして、この事件以後、ザビアがアルトルトを射殺しそうな目で見る。その瞳の殺意の炎がますます深まったことはいうまでもない。
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