【18】力こそすべての魔王様の自慢話

   


「魔界は力がすべて。それは正しい。だからこそ、最強の我の言葉にみな従うのよ。身体に優れた鬼族オーガは我が魔軍の精鋭となり、魔術師や魔女は魔法の研究に、医学や薬草学の向上、ドワーフたちは採掘に強力な武器や美しい細工作りに精を出している」


 争いばかりで荒れた土地や建物は、ゼバスティアの指揮の元、みるみる復興したのはいうまでもない。


「あの食欲ばかりと思えるオークも、だからこその食への探求と無尽蔵の体力こそが取り柄よ。奴らは大地を耕し作物を育て、家畜を丸々と太らせる。料理も得意でな、食堂やパン屋、菓子屋の主人の大半はオークよ。我が魔王城の料理長もな」


 まあ、その料理長はこの頃「魔王様のほうがおでの料理より……」と調理場の隅で膝を抱えていることが多いが。それはともかく。


「力とはなにも争いに使うためのだけのものではない。それぞれの場所で発揮できる才のことよ。それを見極めて導くことが王の役目」


 ふんふん、我が王国すごいだろう! とこちらを見上げる勇者に、魔王は胸をますます張る。張りすぎてのけぞって、尖った形のよい顎が、天井からつり下がった赤い血の色のシャンデリアに向いていたりしたが。

 ゼバスティアの頭の中には、この王国に惚れ込んで大きくなって嫁いだ? 勇者との頭上。リンゴーンと響く大聖堂の鐘が頭に鳴り響いていた。魔界に大聖堂って、どんな神様が祝福するんですか? なんて配下のツッコミは、祝福の花びらが妄想に舞い散る魔王には届かない。


「……そうか、魔界は平和なのだな。それならば、人の国にも攻め入る必要がないほど、豊かなのか?」

「そうだ。人界になどにはこれっぽっちも興味などないわ!」


 わははとゼバスティアは笑い、ますますのけぞった。もたれ掛かった椅子がひっくり返りそうだが、そこは魔王! 絶妙な体幹で持ちこたえている。


「それでは人間と魔族が、戦う必要は無いのではないか? 勇者が魔王を倒す必要も……」

「ある! それはあるぞ!」


 のけぞっていた椅子をガタン戻し、ゼバスティアは叫んだ。椅子を鳴らすなど魔王として、まったく華麗でもなんでもなかったが、しかし、今は緊急事態だ。

 この可愛い可愛い勇者が魔王を倒しに来なくなるなど、お誕生日会が開けなくなるではないか! 記念すべき、第一回でそれっきりなるなど! これから百周年! いや、千周年だって目指したいのに! 


「我は極悪非道の魔王。たとえ塵芥の人界といえどすべてを手にしなければ、気が済まぬ。我は人界を狙っておるぞ! すべては我がものだ!」


 とくに勇者! お前のぷくぷくのほっぺも、口に含むと甘そうな蜂蜜色のふわふわ金の巻き毛も、青空の瞳もすべてすべて我のものよ! と大ヘンタイ……もとい、大魔王ゼバスティアは叫んだ。


「……そうだった。お前は極悪非道の大魔王。世界の全てを手にしないと気が済まないというのなら、僕は人々を守る勇者だ。絶対にお前を倒す!」

「ふん! それはまた来年な。来年のお誕生日パーティ……ではない、今度こそお前のその小さな身体を切り刻み、人界を絶望の淵にたたき込んでやる」


 青空の瞳でキッと睨みつけられて、ゼバスティアは満足してうなずいた。そうだそれでよい。また来年も楽しい楽しいお誕生日会にしなければ。


「……それに僕は王子として、グリファニアの民を守らねばならない」


 そうつぶやいたアルトルトの四歳らしくない寂しげな横顔に、ゼバスティアの細い眉がくい……とあがる。


「国のためだと大人達がお前に告げたのか? 我の爪先ひとつで弾かれそうな子供一人の肩に、国の命運を押しつける勝手な大人達の戯言など気にするな。お前は好きにすればよい」


 これはこの一年執事ゼバスとして、この小さな勇者の傍らにいたゼバスティアの本音だった。あの継母の王妃はともかく、父王も彼女の言いなり。他の家臣たちも彼女とその一族の権勢に追従するばかりだ。

 そんな王国など魔王として本気になれば、一夜で滅ぼしてしまえるが、そうしないのは人界の法にて継母の王妃を裁けという、北の魔女との契約があるからだ。

 ……破ればカエルゲコゲコの刑が待っている。


お祖母様グラン・マはなげかれていた。恐ろしい魔王討伐などに、僕を行かせたくないと」

「…………」


 父王の実母である王太后はアルトルトの三歳になる直前で亡くなっている。アルトルトは最大の保護者である祖母を失い、そこからあの継母王妃のザビアが露骨に彼の命を狙うようになった。


「僕はグラン・マに約束したのだ。お祖母様、泣かないでください。この勇者アルトルトが魔王を倒し、王国も民も守りますと」


 再びキリリとこちらを見る青空の瞳に、ゼバスティアは子供らしい真っ直ぐさだと思う。真っ直ぐであるが愚かな蛮勇だ。その腰にある小さな剣では、まだまだ魔王である自分を倒すことは出来ない。

 それでも、この小さな勇者が成長したならば、今度こそ千年倒せなかった魔王も倒れるかもしれない。それだけの光がアルトルトの中にはあった。

 その人の希望たる勇者を、たかが王位という目先の欲だけで殺そうとしている大人達の愚かさよ。


────いや、もっと愚かなのは、将来自分を倒すかもしれぬ、小さな光の芽も摘み取らず、こうして育てている我、自身か。


 ゼバスティアの胸には、また、今まで感じたことのないモヤモヤが広がる。千年生きて、感じたことのない感覚だ。せつない? 痛い? 苦しい? 我は魔王だぞ。この千年傷ひとつも負ったことなどない。

 さっき、この小さな勇者の小さな剣で、ぷすりと額に穴を開けられた? いや、あれは演技だったし、傷ではない。傷では。すぐに穴は塞いだし。

 それに魔王である自分とこの勇者は聖堂でリンゴーンするのだ。魔王である自分は倒されず、勇者の王国だってもちろん安泰だ。

 すべてめでたしめでたしではないか! とゼバスティアは胸のもやもやなど瞬時に忘れて、今度は頭の中の勇者とのあははうふふのお花畑に飛翔した。




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