【13】大公様といっしょ! 

   


 デュロワは別名隻腕公とも呼ばれている。

 彼の右の袖口から覗く手は、銀色に輝く機械義手だ。胸に片手をあてた指の滑らかな動きから、これを作ったのは魔界のコボルト族にも匹敵する、相当な技術者だと、ゼバスティアは内心でうなる。

 さらにはデュロワの後ろに立つ、大きなタマネギ。もとい、タマネギの形の頭に丸い胴体が雪ダルマのようにくっついた、手足がある甲冑。

 こちらも魔法人形と同じ仕組みの自動機械鎧だとゼバスティアは見抜いた。デュロワの護衛と従者を兼ねているのだろう。歴戦の騎士、十人分にも劣らない戦闘力と見た。

 それだけの情報をゼバスティアは一瞬で見てとった。そして、デュロワがじっと自分を見つめていることに気付く。

 その視線にゼバスティアは内心で軽く驚きながら、胸に手をあてて恭しく一礼をした。


「大叔父上、僕の執事のゼバスだ」

「執事? 執事が夜会に?」


 デュロワの疑念は最もだった。普通、使用人は宮廷舞踏会などに随伴しない。高位の王侯貴族の従者として許されるのは、騎士以上の貴族階級のものだ。


「特別に許してもらった。ゼバスは僕のなにもかもを世話してくれる、大切な執事だから」


 アルトルトの言葉に嘘はない。実際、彼は宮殿の衛兵にもそういって、ゼバスティアを伴った。

 そして“大切な執事”という言葉に、ゼバスティアの心は、ふわふわと浮き神々の国へと召されそうになった。いや、今は召されている場合ではない。

 目の前にいまだ自分を見るデュロワがいる。

 この大叔父はアルトルトの言葉に「そうか」とうなずきながらも、まだ納得していない表情であった。

 ゼバスティアにとっても、これは軽い驚きであった。モノクルのおかげで自分の容姿は平々凡々な執事ゼバスの姿となっている。さらには今宵の夜会では、そこに姿があっても他者が気にとめない隠蔽の暗示の魔法も、併用していた。

 そう、本来は執事を伴えない広間への立ち入りを、衛兵が許したように。この場にいる大公以外の者達が執事ゼバスの存在を風景のように気にとめないように。

 なのに、この男は自分を認識した。


「さあ、殿下。陛下とお話しにまいりましょう」

「はい、大叔父上」


 アルトルトの肩に手を置いて、デュロワがうながす。王太子と大公の歩みに、挨拶のために列を成していた貴族達が、左右に分かれて道を譲る。

 本来ならば、王に挨拶すべきは廷臣の序列第一位である大公だ。宰相で公爵とはいえ、ザビアの兄はそれを非礼にも飛ばしたことになる。

 そのジゾール公とすれ違うときに、デュロワはちらりと彼に視線を送った。金のボタンのせり出した腹が目立つ中年太りの、宰相は決まり悪そうに目を泳がせた。

 それだけで宰相閣下が、大公閣下を苦手としていることを、ゼバスティアは見抜いた。妹の威光を借りた姑息な官僚気質の男が、その豪胆さと生き様が顔に出ている男に敵う訳もないか。


「これは伯父上、おひさしぶりにございます」


 パレンス王もまた、大公が前に立ち片手に胸をあてて礼をすると、とたん視線を泳がせおどおどとした態度となった。どうも、この妻にいいなりの気弱な王も、叔父には弱いようだ。


「なかなか、顔見せ出来ない非礼、お許しを陛下。普段ははるか北の領地にいて、なかなか王都には出てこれませんゆえ。今回はアルトルト殿下が、初めて夜会にお目見えすると聞きましてな。これは田舎にひっこんでいる場合ではないと、飛んで出てきたしだいで」

「お久しゅうございます、父上。お会い出来て嬉しゅうございます」


 デュロワの前に立つ、アルトルトが口を開く。はきはきとした元気な声は、広間中に響いた。


「久しい……とは? アルトルト殿下は離宮にお暮らしと聞いていましたが、父君たる陛下とは同じ宮殿の敷地にいらっしゃるはず」


 デュロワがその眉根を寄せてパレンスを見る。パレンスは「いや、そのこれは叔父上……」としどろもどろに言いよどむが。


「父上は御政務にいつもお忙しいのです。晩餐はいつも、まつりごとのご相談のため宰相や大臣達ととっているとお聞きしています」


 アルトルトがそんな父を助けるかのように、またはきはきと言った。


「ほう、宰相と?」


 今度は傍らにいた宰相、ジゾール公爵が、デュロワの鋭い眼光でギロリと横目で見られて、冷や汗をかく。取り出したハンカチで、いささか後退した額をふきふきとしながら。


「陛下におかれましては、大変、ご政務熱心にございまして」

「なるほど、それで宰相である公を引き連れて、王妃や第二王子同伴のオペラ観劇中も、政の相談をしていたわけか?」


 王妃に第二王子との言葉に、今度は王妃ザビアがぎろりと大公を見る。そこには先の二人の後ろめたさなど微塵もなく、それがどうしたの? という表情だったが。

 「オペラ?」とアルトルトは首を傾げる。デュロワがその長身の腰を屈めて。


「殿下は王都の黄金の劇場にて、オペラを観たことはありませんか?」

「ありません。お婆様が、オペラは夜やるもので、良い子はもう寝ている時間だから、まだ早いと」


 アルトルトのお婆様、亡き王太后の言葉がもっともである。オペラの終幕時間など、たしかに良い子はベッドに入ってなければいけない時間。

 しかし、それを聞いても王妃ザビアは涼しい顔。というより、こんな会話いつまで続くの? とばかり、つまらなさげに扇をひらひらと動かしながら、そっぽを向いている。


「たしかに良い子は夜更かしせずに寝るのが仕事ですからな。ならば、昼間に劇団員を招き、オペレッタを私と観るなどいかがですか?」

「大叔父上と!? それは楽しみだ」


 アルトルトはニコニコと上機嫌だが、大公が屈めていた身を起こして、視線を向けたパレンス王と宰相は真っ青だ。

 毎夜の晩餐での政務の相談事など真っ赤な嘘。オペラ座で観劇をしていたのが丸分かりだからだ。しかも、アルトルト抜きで、第二王子カイラルまで伴って。


「たしかに私が昨日、王都に着いたときにも、数日前のオペラ座での“お出まし”は大評判でしたな。なにしろ、王妃が舞台上の歌姫ディーバより輝いていらしたとね。まるで、あのオペラ座の黄金のシャンデリアを逆様にしたような、まばゆきお姿だったと」


 この言葉に厚化粧で塗り固めた、王妃の顔がぴきりと凍りつく。その白粉にヒビが入る幻影をゼバスティアは見て、心の中でぷっと吹き出したほどだ。もちろん、顔は執事らしく涼しいものだったが。

 しかし、大シャンデリアを逆様にした姿とは、よくたとえたものだ。本日の王妃もまた、膨らんだスカートによって、小山の上に乗ったようであった。その身にまとう、ギラギラとした宝石は、たしかに揺れる燭台の光よりもまばゆい。


「まあまあ、大公閣下も、そのような馬鹿げた噂をお耳にするためだけに、凍える様な北の辺境より、わざわざ王都にいらしたのですか?」


 ザビアの言葉の裏の意味は、あんなクソ田舎から出てきて……という嫌みったらしい口調だったが。さらに。


「それに、滅多にこの宮殿にお顔をお見せにならない理由もわかりますわ。魔王に破れて片腕を失って敗走した、先代勇者様」




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