【12】高価なだけの衣では得られぬもの

   


 王妃の驚愕の表情に、アルトルトの後ろに控える執事、ゼバスティアは他の家臣たちのように頭を下げたまま、口の片端をひっそりとつり上げた。

 彼は、銀の懐中時計の蓋の裏側、魔鏡で控えの間の王妃の様子をすべてを見ていた。なかなか来ないアルトルトに焦れていらだった様子。そして、やっと来たと、みすぼらしい格好のアルトルトを勝手に想像して得意げに底意地の悪い微笑みを浮かべた顔を。

 前横に立つアルトルトの姿は、当然、普段着などではなく、この国の王太子にして、勇者に相応しきに盛装。

 プラチナの光沢のシャツの衿元や袖口や裾は、それ一つで城一つと同じ価値の、極上のレースで縁取られている。純白の袖無しのジレには常若の世界樹の意匠の、金モールの縁取り。

 大人ならば袖ありの上着が正式であるが、子供だからこその軽快さと愛らしさを狙った。半ズボンキュロットの下が、白いブーツなのも同じく。そのブーツの両わきの飾りベルトには、花の形の虹色水晶がキラキラと輝く。これも男の子であっても、幼い愛らしい時代にだけ使える特権だ。

 ジレの上には腰丈の軽いマント。マントの背にはこの国の紋章と、それを両わきから支える幻獣。一角獣とグリフォンが色とりどりのクリスタルと金糸銀糸の繊細な刺繍でほどこされている。そして、衿元を縁取る毛皮は、アルトルトの愛らしい白い顔を隠すような、大仰な高さではなく、その丸い頬を縁取るように調度よいもの。純白それは真珠の光沢で、彼のキリリと凜々しくも可愛らしい表情を照らし出す。

 マントの裾まで毛皮で縁取るような、ごてごてした余分な装飾などしない。幼児のちんまりした体型で、裾を引きずらせるような重い緞子の布など、それは現在の弟、カイラル王子の姿だが、まるで毛皮のマントに埋もれたお化けの仮装のようではないか。

 あくまで子供らしく快活に軽く、王太子として格調高く。まっ白な衣装の中で、リボンだけは唯一、アルトルトの瞳に合わせて、空色にしたのも遊び心だ。リボンの真ん中につけられたブローチは、濃い蒼に輝くダイヤモンド。

 品があり豪奢にしてやりすぎず、愛らしい兄王子の盛装と、高価なだけの衣とギラギラとした宝石に埋もれた、衣装の重さで生気のない表情まで加わった弟王子の盛装。

 さて、どちらが“勝者”なのか。衣装に勝ち負けなどないが、しかし、アルトルトの名が呼ばれて彼が広間にはいってきたときの、貴族達の反応で明らかだった。

 彼らは王太子の姿に目を見張り、そのご立派で愛らしい姿に、微笑みさえ浮かべるものもいた。思わず駆け寄り挨拶をしようとする者もいたが、それは王一家の入場の声に中断されたが。

 王妃はそんなアルトルトの姿を射殺しそうな目でにらみつける。広げた扇で顔の半分を隠したが、ゼバスティアの魔眼には、そんなものは遮蔽物とならない。

 真っ赤な紅で彩られた唇を悔しそうにぎりぎりと噛みしめる。そして周囲にしか聞こえない声で悔しげにつぶやく。当然、ゼバスティアの魔王の地獄耳にはしっかり聞こえていたのだが。


「レースも毛皮の量も少ない。宝石だって全部小粒じゃないのよ!」


 それは悔し紛れのひと言なのはあきらかだった。実際、王妃はこのあと真珠の光沢の毛皮を、そして珍しい蒼のダイヤモンドを、血眼になって探したそうだが、見つからなかったそうだ。

 当たり前だ。毛皮は幻獣の銀獅子のたてがみであり、蒼のダイヤモンドは魔界でしか採れない貴重なものだ。

 ギリギリとアルトルトを睨みつけていた王妃だが、プイと顔を背けて、別の人物に目配せした。

 その人物とはこの国の宰相であるジゾール公爵。ザビアの兄だ。王妃の兄としてこの国の国政を思うがままに握り采配している。

 彼はザビアの視線に素早く反応し、彼女達に近づくと、まず王であるパレンスに“軽く”挨拶をし、次にザビアの手の甲に口づけ、次に甥であるカイラルに跪いて、その両手をとって“丁寧”に言葉をかけた。

 他の廷臣達も、それにならうようにジゾール公爵のあとにつづいた。ザビアが勝ち誇ったかのように、執事ゼバス以外周りに誰もいないアルトルトを見る。

 今度はアルトルトを無視する作戦に出たか……と、ゼバスティアは『幼稚だ』と内心で思う。貴族のご婦人方によくある仲間外れの嫌がらせ。お茶会で招待しない。このような夜会で話しかけない。いかにも“お上品な”気取った人間どものやり口だ。

 たしかに王太子にして勇者のアルトルトに誰も挨拶に来ないとは、冷遇以外のなにもでもない。恐ろしい王妃ザビアと、権力者である兄宰相に遠慮して、廷臣達は彼らに従うしかないにしろ。

 とはいえ、それに付き合う義理はこちらにはない。大広間にぽつんとアルトルトを立たせておくのもだ。夜会への“出席”はして、父王からの命令は果たしのだ。

 ゼバスティアはアルトルトへと退出をうながす言葉をかけようとした。王より早く帰るなど、廷臣達には許されないことだが、王太子であるアルトルトならば非礼にはならない。なにより三歳の幼児なのだから。

 しかし、そのアルトルトに堂々と近づくものがいた。彼は黒いマントを翻し、その巨躯を折り曲げて、胸に片手をあてて小さな王子に挨拶をする。


「これは王太子殿下、お久しゅうございます」

「大叔父上! お会い出来て、このアルトルトも嬉しゅうございます」


 黒髪に黒い髭の壮年の美丈夫。

 アルトルトの言葉どおり、彼の大叔父である、ベルクフリート大公。つまりは先の王ゴドレルの弟。

 デュロワであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る