【10】意地悪なお誘い

   


 ゼバスティアがアルトルトの執事として王宮に潜り込んで、毎日楽しくお世話したり、お世話したり、その足下に跪いて絹の靴下をはかせて、靴も履かせるのに幸福を感じたり。

 い、いや! 我は勇者を監視してるのだ! 

 とにかく半年ほど。

 離宮に珍しくも使者がやってきた。

 それは三日後の舞踏会に出るようにという“命令”だった。王の使いなのだ。王太子といえど、拒否権などない。

 祖母である王太后がと生きていた時代ならば、三歳の子供を夜会に出すなど、まだ早いと断固拒否しただろうが。


「アルトルト様、夜会に出られたことは?」

「ない。昼間の式典ならばお婆様と一緒に出たことがある」


 アルトルトははっきりと答えた。お婆様と一緒に……つまりは王太后が常に、彼の横にいたのだろう。

 あの継母王妃のザビアや、その取り巻きの悪意からアルトルトを守るためにだ。実の父のパレンスが頼りにならないのは、この王宮に半年もいればわかる。

 なにしろ、彼は王妃ザビアの言いなり。妻が不機嫌にぱちりとその手に持った扇を鳴らすだけで、びくびくと彼女の顔色をうかがうというのだから。王妃の影の侍従長なんて、不名誉なあだ名が王宮内どころか、世間でもささやかれているとか。

 ともかく王のとあれば、舞踏会の準備をしなければならない。

 衣装部屋に行き、ゼバスティアは「ふむ」とあごに手をあてた。その白い手袋で、くいと片眼鏡モノクルの位置を直して見渡す。

 部屋にはゼバスティアがあつらえた、アルトルトの衣装がずらりと並んでいる。シャツにジレにズボンキュロット、胸元を飾るリボンにブローチ、毎日その足下にひざまづいて、履かせる絹の靴下に、靴。

 いずれも魔界の職人に作らせた逸品ばかりだが、しかし、こんな“普段着”をそのままという訳にはいかない。

 夜会となれば盛装でなければ。

 一応“おうかがい”をたててみることにする。


「コレット、あとは任せます」

「はい」


 魔法人形のメイド、コレットにアルトルトの世話と警護をまかせて、ゼバスティアは、その足で離宮から王妃のいる本宮殿へと向かった。




「夜会とはいえ“身内だけの気楽”なもの。王太子殿下におかれては“そのまま”おこしくださいとのことです」


 王妃付きの従僕が偉そうな態度でそう告げる。ただ夜会の服装を訊くのに散々待たせた末に、この回答だ。

  ゼバスティアは「わかりました」と返事をし、王宮の使用人用の通路から裏庭へと出る。離宮へと裏道を歩きながら、胸元から懐中時計を取り出す。

 ぱちりと銀の蓋をあければ、魔鏡となっているその内側には、ゴテゴテと飾りたてられた金ぴかの閨房プドワールにて。「おほほほほ!」と高笑いする女の姿があった。

 その姿は“普段着”だというのに、肘が置けるほどパニエでふくらんだドレスに、ゴテゴテと飾り付けられたレースに宝石にリボン。高々と結い上げた髪にも縁取るように大粒の真珠。

 そして、オペラ座の舞台女優もかくやという、真っ赤な頬紅におしろいの厚化粧。

 これがこの王国の王妃とは情けないと、ゼバスティアはいつも見る度に思う。

 意地悪な継母王妃ザビアだ。


「“普段着”でいいと伝えたのね? この国の王太子で勇者が、大勢の臣下達がそろう夜会に、着たきりの姿で出てくるなんて」


 楽しみとばかり、香木の扇で口許をわざとらしくかくして、彼女はいかにも意地が悪そうに真っ赤な紅の唇をゆがめる。


「そんなみすぼらしい姿の長兄がいたならば、我がカイラルの愛らしくも聡明な姿が、余計に引き立つことでしょう」


 ぱちりと扇を閉じて、彼女がそれで指したのは、椅子に座り足をぶらぶらとさせる子供。父であるパレンスにそっくりの、茶色の髪に茶色の瞳。

 アルトルトの金髪に青空の瞳は聖女と讃えられた、先の王妃にして母ヴェリデ譲りのものだ。

 自分に似ている第二王子のほうを、父王であるパレンスはより気に入っている。……というのは、宮中の噂であるが、気に入るもなにも、ザビアの顔色をつねにうかがっている、あの侍従王にそんな意思などあるものか。

 さらなる宮中の噂では、王は自分に似ていない兄よりも、弟のほうを王位につかせたいと思っている……なんて話もある。そんな噂話を誰が流したやら、まるわかりだ。と、鼻先で笑うお粗末さだ。

 “聖女”と呼ばれ民に愛された王妃を母に持ち、さらには神々に選ばれた勇者たる、“王太子”であるアルトルトを退けるなど。弟王子を王位になんて望むのは、その母王妃ザビアとその取り巻きしかいないだろう。


「さあ、三日後の夜会に向けて、このわたくしの身を飾るドレスに宝石にリボンに、それにカイラルだって、立派に飾らないといけないわ。なにしろ、みすぼらしい兄に対して、輝かしい弟ですもの」


 やれやれ、計画した夜会の主役は、その“輝かしい弟”だというのに、自分のドレスに宝石選びのほうが先か。懐中時計の蓋をパチリと閉じながら、ゼバスティアは口の片端をつり上げた。

 そちらがそういうお考えならば、十分な“返礼”をしてさしあげなければならない。







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