【8】勇者王子の一日、午後はのびのびとお姫様? ごっこ

   


 育児? の参考にした本の中には、名もなき乳母マレーヌの単なる日記というものもあったが。あれが一番参考になった。スープで煮込んでしまえば苦手なセロリも克服。野菜が美味しく感じるマヨネーズのレシピ。アルトルトも大好きな、肉団子のトマト煮など、ありがたく真似させてもらった。やはり実践こそが黄金の定理であるな。

「ですから、午後はのびのびと自由に遊びましょう」

「遊んでいては、身体を鍛えることにならないのではないか?」

「お庭を駆け回るだけでも、十分にお身体を動かすことになります」

「そうか、では、ゼバスと遊ぶ」

「はい、悦んで!」

 おもわず大声で叫んでしまい。目を丸くしたアルトルトに、咳払いでごまかしたゼバスティアだ。


 午後は、鬼ごっこに、かくれんぼ。相手はゼバスティア一人だ。無邪気に笑い、追いかけてくるアルトルトを独占できるならば、魔王が児戯にも真剣になろうというものだ。

 実際は、かくれんぼで身を縮ませ、足を抱えて、いつまでも見つけてくれないアルトルトに、ま、まさか忘れられているのでは? とか不安になったりしていない! 

 「みつけた!」という声とアルトルトの輝く笑顔に、天からの救いか? と思ったことなど。

「ゼバスはむずかしいところにばかりに隠れるんだから」

 と唇をとがらせる可愛いお顔に、涼しい顔で「申し訳ありません」と謝りなから、内心『尊い! 尊すぎる』とデロデロになっていたわけだが。


 さて、最近アルトルトがハマっている遊びとは。

「極悪非道の魔王よ! 姫を返せ!」

 アルトルトが剣を向けているのは……。

 当然? 魔王役のゼバスティアではなく……。

 椅子に座った、大きなクマさんのぬいぐるみである。

「ていっ! やあっ!」

 かけ声も勇ましく、クマさんにきりかかるふりをして、魔王を倒した勇者は……。

「姫、ご無事でしたか!」

 と椅子とともに倒れたクマさんの、横に立つ……。

 姫役のゼバスティアに声をかける。

「ああ、勇者様、きっと助けてくださると信じていましたわ」

 ゼバスティアは胸の前でしおらしく手を組んで、感激の姫を演じる。

「姫、このアルトルトも、姫を必ず魔王からお助けすると、あなたへの愛に誓いました」

「うれしゅうございます、勇者様」

 片膝をついて騎士の礼を取るアルトルトに、身を屈めて手を伸ばすゼバスティア。その手をとって、甲にうやうやしく勇者は口づける。

 ゼバスティアの普段は蒼白い頬がいささか染まっていたのは、演技ではなく……。

────ああ、アルトルトのぷにぷにの唇が、わ、我の肌にぃいい!! 

 と頭は沸騰しそう、天にも昇るここちだったためだ。


 そして、後日。

「勇者と姫ごっこも、あきたな」

「では、次はどのように遊びをいたしますか?」

 腕を組んでむーんと考えこむアルトルトの愛らしさに目を細めながら、ゼバスティアは訊く。魔王の自分が姫役というのは、たしかにかなり抵抗はあったが、手の甲に口づけという“ご褒美”が無くなるのは残念だったと。

「僕は勇者だ」

「そこはお変わりになられぬのですな」

 たしかにアルトルトは勇者だ。それ意外はありえない……とゼバスティアは納得した。

 そういえば、最近“ゆうちゃ”ではなく“勇者”としっかり言えるようになったな、それもご立派です。トルト様と執事の心で思いつつ。

「ゼバスは“聖女”だ!」

「はぁ!?」

 アルトルトにぴしりとそのちんまりした指で指されて、思わず声をあげてしまったゼバスティアだったが……。

 その後、勇者と二人、“愛の力”によって、やっぱり椅子に座った、魔王くまさんを倒したのだった。

 二人で魔王を倒すときに、アルトルトの持つオモチャの剣を二人で握り合う、手のぷにぷにとした感触は素晴らしかった。

 魔王の自分がなんで“聖女”というのは、どうでもよくなった。


 たくさん遊んだ良い子の勇者は、そのあと、再びうとうとして、寝椅子ですやすやと眠る。

 そのあいだにゼバスティアは、夕ご飯の仕度をする。魔界の厨房で仕込みまで任せておいた料理をしあげて、ワゴンで運ぶ。

 例の無表情な王妃のメイドが運んでくる、毒入りの固いパンと野菜クズと肉のカケラ入りのスープは、受け取ったとたんに当然、魔法で炭にした。

 今日の夕ご飯は野菜と豆、雑穀入りのスープに、白身魚のムニエル、副菜は芋を丹念に潰したものに、ほうれん草とマッシュルームの炒め物。

 白身魚は三歳児でも食べやすいようにしっかり骨は取ってある。肉ばかりではなく、お魚もとらないとだ。

「トルト様、綺麗に食べることが出来ましたね」

「ゼバスの料理はソースまでおいしいから、全部食べられる」

「ありがとうございます」

 言葉のとおり、アルトルトは焼き立てほかほかパンでソースを綺麗にぬぐって、完食した。料理人としてはうれしい限りだ。

「デザートはリンゴのタルトにアイスクリームにございますよ」

「どちらも大好きだ!」

 よく学び、よく食べて、よく遊ぶ。

 本当に良い子に育っていると、ゼバスティアは目を細めた。




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